ひぢ)” の例文
さて、奧樣は、眞白な左の腕を見せて、長火鉢のふちひぢを突き乍ら、お定のために明日からの日課となるべき事を細々と説くのであつた。
天鵞絨 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
媼は痩せたるひぢさし伸べて、洞門をおほへる蔦蘿つたかづらとばりの如くなるを推し開くに、外面とのもは暗夜なりき。濕りたる濃き霧は四方の山岳をめぐれり。
彼のひぢを支へるやうに、彼女はそつと手を差出した。二人が改札口へさしかかると、何処かで、パンパン……パンと物がはじけるやうな音がした。
双面神 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
と見れば、白いひぢが窓に現はれて、ついで愛くるしい顔がのぞき、生々とした二つの眼を栗色の髪の波だつあひだから静かに輝やかせながら、臂杖をついた。
翁の書を読みもて行けばあたかも翁に伴うて明治歴史の旅行を為すが如し、漢語まじりの難解文を作りひぢを振つて威張りし愚人も、チョンまげを戴きて頑固な理屈を言ひ
明治文学史 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
陽氣やうきさうにえるもの、にぎやかさうにえるものが、幾組いくくみとなくかれこゝろまへとほぎたが、そのなかかれひぢつて、一所いつしよ引張ひつぱつかうとするものはひとつもなかつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
才はつたなくして零落れいらくせり、槐葉くわいえふ前蹤ぜんしようし難く、病重うして栖遅せいちす、柳枝りうし左のひぢ
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
やめし故今は何方いづかた住居すまひ仕つるやぞんじ申さずとこたへにより其與市の疵は如何樣の大疵にて働き不自由になりたるぞといはるれば海賊共ひたひより口へかけ一ヶ所小鬢先こびんさきより目尻迄めじりまで二ヶ所左のうでよりひぢ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
蒲「三たびひぢを折つて良医となるさ。あれから僕は竪杖たてキュウの極意を悟つたのだ」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
色の白い、小柄な男は、剳青ほりもののあるひぢを延べて、親分へ猪口ちよくを差しながら
鼠小僧次郎吉 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
呉起ごきおのれそしりしもの三十餘人よにんころして、ひがしゑい(六五)郭門くわくもんで、其母そのははわかる。((己ノ))ひぢんでちかつていはく、「卿相けいしやうらずんば、ゑいらじ」と。つひ曾子そうしつかふ。
二人は Morois の沢辺さはべに出て、狩場をのがれた獣のやうに、疲れて眠る。二人の体はひぢの長さを隔てて地上に横はつてゐる。其真中には Morholm のつるぎが置いてあるのである。
魔睡 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
矢をつがへて、ひぢ張り
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
伏葦ふしあしひぢのひかがみ
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
かち色なる方巾はうきん偏肩へんけんより垂れたるが、きれまとはざるかたの胸とひぢとは悉く現はれたり。雙脚には何物をも着けざりき。
別当の手はげてゐた傘を殆ど無意識に投げて、八のひぢつかまへた。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
彼はあやふきをすくはんとする如くひしと宮に取着きて匂滴にほひこぼるる頸元えりもとゆる涙をそそぎつつ、あしの枯葉の風にもまるるやうに身をふるはせり。宮も離れじと抱緊いだきしめて諸共もろともに顫ひつつ、貫一がひぢみて咽泣むせびなきに泣けり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
ひぢいたみ。
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
友はにはかに我ひぢりて、人にも聞ゆべき程なる聲していはく。アントニオよ。あれこそ例の少女なれ、飛び去りたる例の鳥なれ、その姿をば忘るべくもあらず。
このり開きたる引窻より光を取れる室にて、定りたるわざなき若人わかうど、多くもあらぬ金を人に借して己れは遊び暮す老人、取引所の業の隙をぬすみて足を休むる商人あきうどなどとひぢを並べ、冷なる石卓いしづくゑの上にて
舞姫 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)