皆目かいもく)” の例文
その方だけに時間と根気を費しがちであると同時に、お隣りの事や一軒おいたお隣りの事が皆目かいもく分らなくなってしまうのであります。
道楽と職業 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私には皆目かいもく判らぬ。とにかく、私の中には色んな奇妙な奴らがゴチャゴチャと雑居しているらしい。浅間しい、唾棄だきすべき奴までが。
成すに至難だと仰せられ——また各〻の消息も、皆目かいもく知れないので、ふたたび河北の方へもどって行かれた。まったく一足ちがい——
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何処どこの生れだか、育ちなのか、誰の娘だか、妹だか、皆目かいもく分らんでございます。貸して、かたに取ったか、出して買うようにしたか。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
どうして斯樣な人が叔母の家を借りて居たのか、皆目かいもく私には解りませんでしたが、かく村の旦那衆がよく集るところではありました。
早いところ地上との通信連絡を回復しておかないと、気球がどこへ流れていったか、皆目かいもく手懸てがかりがなくなるおそれがあるのである。
空中漂流一週間 (新字新仮名) / 海野十三(著)
若い尼は皆目かいもく眼も呉れず頭をさげてひたすら歩いた。すれちがいに阿Qは突然手を伸ばして彼女の剃り立ての頭を撫でた。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
その証拠に、通りへ出ても、方角が皆目かいもくわからなかつた。どこをどう通つて、荻窪の家まで辿りついたか、翌朝になつて、まるで覚えがなかつた。
光は影を (新字新仮名) / 岸田国士(著)
かけたらしいんだが、あとから来たのは火事装束のお侍が五人——というんですけれど、さあ、なんのための斬り合いだか、そいつが皆目かいもくわからねえ
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
かみさま、うぞわたくしの一しょうねがいをおとどくださいませ……。わたくし女房奴にょうぼうめ入水にゅうすいするともうして、家出いえでをしたきり皆目かいもく行方ゆくえわからないのでございます。
乃公おれに商売のことが分るもんかね。第一算盤が皆目かいもく出来ない。一体彼の鬼瓦は乃公に何をさせると言うのだい?」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
ご存じのように道は、遠山三之進様の御屋敷まで真ッ直ぐに築地ついぢつづき、ほかに曲るところもそれるところもござりませぬのに、皆目かいもく姿が見えませぬ。
拙郎やつがれ皆目かいもくるはずなけれど、一昨年をとゞし病亡なくなりしぢやうさまの乳母うばが、常日頃つねひごろあそびにてのはなしなりといふ、おとしは十九なれどまだまだ十六七としかえず
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
どれが有名な竹生島ちくぶじまで、どれが沖ノ島で、どれが多景島たけじまだか、その辺の知識は皆目かいもくめくらなんですから、米友の風景観には、さっぱり内容がありません。
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
車を勧めに来た車夫のもの言いが皆目かいもく判らなかった。碧梧桐君の親戚の陸軍大尉(?)宇和川氏の家にともかく一応落着いて、二人は素人下宿を探しに出た。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
セットや装飾品のよしあしは彼には皆目かいもく見当がつかなかったが、それでも何かまぶしいような感じをうけた。
次郎物語:04 第四部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
するんだか、正義のためにとは云うんだけど、何が正義なんだかちっとも判らないし、第一敵が何処どこの国やら皆目かいもく見当がつかないんだから嫌になっちゃうんだよ
兵士と女優 (新字新仮名) / 渡辺温オン・ワタナベ(著)
手前、存じているだけのことは申し上げてしまいますが、文麻呂様は御自身でもかたく口をつぐんでおられますので、くわしいことは手前とても皆目かいもく存じませぬ。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
そして、手を盡して、ロチスターさまが、まるで世界中にまたとない貴重なものだつたかのやうに探したのに拘らず、その女のことは、皆目かいもく分らなかつたのです。
人格などと云うものは皆目かいもく持っていない者が、多うございまして、私の主人なども、使われている者の方が、愛想を尽かすような、いやしい事を時々、やりますので。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
しかし兵六さんとしては、若い娘のそんな気持など皆目かいもくわからず、ただただ浜子の将来を案じた。
雑居家族 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
この町へ来てもう三月みつき近くになる。終戦にはなつたが、このさき日本がどうなるのか分らないやうに、私達の身の振り方も、どうすればよいのか、皆目かいもく見当が付かなかつた。
野の墓 (新字旧仮名) / 岩本素白(著)
いずれに致せ、その日以来と申すもの、松王様の御消息は皆目かいもくわからずなってしまいました。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
水桶の中へ顔をつっこんだ時みたいに、皆目かいもく方角もわからないなんてこたあないんだけどね。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
若いものなどは皆目かいもくいない広い邸だった。鼻の頭の赤い老臣が、フーフーと息を吹きながら、袴の裾で長い廊下を拭くように歩いていった。それが有名な国文の学者だといった。
「まるきり踪跡ゆくえが解らんのかい?」と重ねて訊くと、それ以来毎日役所から帰ると処々方々を捜しに歩くが皆目かいもく解らない、「多分最う殺されてしまったろう」としおれ返っていた。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
第一に「何か一つ書いて見たいとは思つたが、元来の文章下手で皆目かいもく方角が解らぬ。」
言文一致 (新字旧仮名) / 水野葉舟(著)
やれ、看護婦になっているのを見たの、やれ、めかけになったと云う噂があるの、と、取沙汰だけはいろいろあっても、さて突きつめた所になると、皆目かいもくどうなったか知れないのです。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
入れようとするんだ。だからコンナ事件にぶつかると皆目かいもく、見当が附かないんだよ
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
本人の顔は皆目かいもく袋の中へ隠れて、身にはけば/\しい友禅の振袖を着、足に白足袋を穿いては居るものゝ、折り/\かざす踊りの手振りに、緋の袖口から男らしい頑丈な手頸が露われて
幇間 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
あれは一体、何者なのか、皆目かいもく俺には分らないが、およその見当はついていた。一味の裏切り者の、あれは極秘の私刑リンチだったのではないか。そうとなれば、ヤミからヤミもおかしくはない。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
犯人の捜索は極めて秘密に、同時にこんな田舎いなかにしては厳重に行われた。場主の松川は少からざる懸賞までした。しかし手がかりは皆目かいもくつかなかった。疑いは妙に広岡の方にかかって行った。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
三日、四日、五日、七日、十日、……天南の行方は皆目かいもく知れなかつた。
ごりがん (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
政吉 心当りは皆目かいもくねえが、そんな気ぶりが見えたのか。
中山七里 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
誰が送ってきたのか皆目かいもく見当がつかなかったそうである。
抱茗荷の説 (新字新仮名) / 山本禾太郎(著)
そんなことについて、私は皆目かいもく見当がつかなかった。
皆目かいもく解らねえ」
合せたゞ吐息といきのみつきゐたりぬかゝる所ろへ管伴ばんたうの忠兵衞外より歸り來り居間へ至るに長左衞門は待兼まちかねたりし風情ふぜいにてオヽ忠兵衞かおそかりし和郎そなたは此家に長の年月つとめて居て今にては管伴ばんたうとまで用ゐらるゝで有る故に大事の/\一個息子ひとりむすこへ取るよめ吾儕等わしら三個みたり皆目かいもく見ず和郎にまかした今度の一けんそれを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
私には皆目かいもく判らぬ。とにかく、私の中には色んな奇妙な奴等がゴチヤ/\と雜居してゐるらしい。淺間しい、唾棄すべき奴までが。
あっしは、あの侍と若い女が、法月というのかお綱という女か、国者かどこの者か、皆目かいもく、そんなことだって知りゃしません。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのうちに博士がどこにいるやら、実験台がどこにあるやら、はては自分の蟇口がまぐちがどこにあるやら、皆目かいもく分らなくなってしまうというようなわけで
たしかに江戸の水を使っているとの目安以外、富五郎の所在はそれこそ天狗の巣のように皆目かいもくあたりが立たなかった。
行き先も居どころも皆目かいもく分りませぬゆえ、もしや不了簡でも起したのではないかと、打ち案じておりましたところへ、人違いの心中者が届きましたゆえ
それは、しかし、かれには皆目かいもく見当がつかなかった。また、かれは、全国の軍隊が真二つに割れ、敵味方になって弾丸たまをうちあう場合のことを想像してみた。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
……これじゃ、方角も何も皆目かいもく分ったもんじゃないね。……大体、我々はこれで確かになよたけの家の方向へ進みつつあるのかい? 清原。……本当に確かなんだな?
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
いづれに致せ、その日以来と申すもの、松王様の御消息は皆目かいもくわからずなつてしまひました。
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
それと、この屋敷での暴女王、お銀様の姿が見えません——それともう一つ、このごろ厄介になっている不思議な勘のいい、おしゃべり坊主の行方も皆目かいもく知れないのであります。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
深い思いやりで父親の枕もとに坐っていると、いねの発病当時を皆目かいもく知らない実枝は、母親のあの不自由さを自然のもののようにさえ思って過してきたことに今さらのように気がついた。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
第二にそれを書いた人と小林との関係がどうなっているのか皆目かいもく解らなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「何だい、今のは。もっとゆっくり言って呉れないと皆目かいもく分らない」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)