よみがえ)” の例文
海岸の方へ降る路で、ふと何だかわからないが、優しい雑草のにおいを感じると、幼年時代のさわやかな記憶がすぐよみがえりそうになった。
苦しく美しき夏 (新字新仮名) / 原民喜(著)
もっとも稀には死人がおとむらいの最中によみがえって大騒ぎをすることもないではないが、それはきわめて珍らしいことで、もしそんなことがあれば
火葬国風景 (新字新仮名) / 海野十三(著)
何故と申しますに、十四年前の古い思い出がよみがえまむしまれた昔の傷がちょうどズキズキ痛むように痛んで参ったからでござります。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ほッと足許を踏み直した瞬間に、作左衛門はよみがえった声を高く上げた。大月玄蕃と必死に斬り結んでいた助太刀の武士はそれに応じて
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自分はF君に、この虫が再びよみがえると思うか、このままに死んでしまうと思うかと聞いた。もちろん自分にも分らなかったのである。
骨が伸びると云いたいほどの熟睡の後で、躯じゅうに快い力感がよみがえっているのを感じながら、虎之助は元気よく起きて洗面に出た。
内蔵允留守 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そういう素直なそぶりを見ると、キャラコさんの心に、むかしの友情がよみがえってきた。キャラコさんは、同感の微笑をして見せた。
キャラコさん:06 ぬすびと (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
まだ組合なんか無かった頃の、皆可愛かわいい子分達の中心に、大きく坐って、祝杯などを挙げた当時のことなどが、彼によみがえって来た。
(新字新仮名) / 徳永直(著)
ジャン・クリストフがふたたびよみがえるために死にゆく時、昼と夜、愛と憎悪、その力強き二つの翼ある神をたとうる歌が響いてきた。
そのあと、次郎の心には、そろそろとある不思議な力がよみがえって来た。むろん、彼に、十字架を負う心構えが出来上ったというのではない。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
復活の時彼らみなよみがえるとすればこの女は誰の妻たるべきでしょうか、七人ともこれを妻としたのですから。(一二の一八—二三)
この先生こそは、自分に比して偉人であるのみならず、自分にとっては大恩人であるということの記憶が、この際あざやかによみがえりました。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その名一世に鳴り響いた人々も、武勇のほまれ天下に高い人々も、またの間の戦争で死んで、ふたたびよみがえって来た兵士もいた。
イエス彼女に言いけるは、なんじの兄弟はよみがえるべし。マルタ、イエスに言いけるは、終わりの日の甦るべき時に、彼甦らんことを知るなり。
それでどうしても思い出せなかったが、ふとした機会でその名前が刈谷かりたに長太郎ということを知ったときに、六七年前の記憶が一度によみがえってきた。
夏の夜の冒険 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
彼の生涯の線に宝沢法人が顔を出したり消えたりしたいくつかの時代が、不思議な明瞭めいりょうさをもって彼の脳裡のうりよみがえってきた。
暴風雨に終わった一日 (新字新仮名) / 松本泰(著)
田万里、祖父江出羽守、伴大次郎——という名を耳にしたかの女のこころに、朧気おぼろげながら、恐ろしい思い出がよみがえってくる。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
青空の灝気こうきしたたり落ちて露となり露色に出てこゝに青空を地によみがえらせるつゆ草よ、地に咲く天の花よとたたえずには居られぬ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
たとえ現行の法律や民衆がいかに極刑を振りかざして迫ろうとも、妻のドローレスがよみがえりまた私が生き返ってくる限りは
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
そういえばかんかんと日の高くなった時分に、その家のしきいまたいで戸外に出る時のいうに言われない焦躁しょうそうがまのあたりのように柿江の心によみがえった。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
裂織さきおり」といって、古衣ふるぎぬを裂いて織り込む厚い布があります。すたれ物のよい利用で、見違えるようによみがえってきます。主として炬燵掛こたつがけに用いられます。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
ホン・ヌーフの土手には、アンリ四世の銅像がやがて据えらるることになっている台の上に、レディヴィヴ・ス(よみがえれる)という語が彫られていた。
ほんの煙草二三服の後、先刻さっきの微光はよみがえりました。たぶん二階の階子段はしごだんの上のあたりから、泥棒龕灯どろぼうがんどうに風呂敷を被せてこっちを照しているのでしょう。
一度めた迷夢は、たちまよみがえる。なんとなれば、雲は間もなく姿を現わし、彼方かなた、水面の波紋が消えて行くあたりに、また一つ雲が出て来るからである。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
そしてその想いの激しさは久しぶりによみがえった嫉妬の激しさであろうか、放心したような寺田の表情の中で、眼だけは挑みかかるようにギラついていた。
競馬 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
少しずつ少しずつよみがえらせながら見せている夢だと思われるから、事によると、まだなかなか醒めないかも知れない。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
新しい感覚をもち新しい問題をもって対するのでなければ古典も生きてこないであろう。すべて過去が活かされ、伝統がよみがえってくるのは現在からである。
如何に読書すべきか (新字新仮名) / 三木清(著)
その時に、信一郎の頭の中に、青年の最後の言葉が、アリ/\とよみがえって来た。『時計を返して呉れ』と云う言葉の、語調までが、ハッキリと甦って来た。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
まだ家族のものは、床を離れぬ早朝であったので、一同その声にハッと眼をさましたが、久しく忘れていた、いまわしい記憶が、ふと心の隅によみがえって来た。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
今やおのれを忘れて宇宙のうちによみがえらんとあこがれると、至るところに無限無辺の生を見出したのであった。
わたしの資格証明書も、記入事項も、覚書も、『よみがえる』という一行の文句にすっかり含まれているのです。その文句はどんなことでも意味することが出来るのです。
二十年前の船場せんばの家の記憶があざやかによみがえって来、なつかしい父母の面影が髣髴ほうふつとして来るのであった。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
佐々木は、眼を異様に光らせて近づく景季を見てはっとした、途端にこの男が執拗に生食を所望したということを思い出し、また生食を与えた時の頼朝の言葉がよみがえってきた。
しかしここでは——未開の曠野こうやにわけ入り、騒々しい新たに人間の往来する土地から、時と場所を隔ててしまったこの一団には、神々の体している意味はよみがえって導いていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
私はすぐ寝巻ねまきの上から外套をひっかけて、すぐ外へとびだした。夢の中をうろついているような気持である。数時間前、妻から聞いたきんの猫の話が、私の頭の中によみがえってきた。
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
折々云いつくせない光の波がよみがえって来て私をつつむために、きつく胸に手を当てながら。
「いっそこの女を手に懸けたら!」と、途中で考えたことがふたたび彼の心によみがえってきた。「そうだ、ここまで追詰められては、俺もこの女を道伴侶みちづれにするほかに救われる道はない。 ...
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
ありとあらゆる、どんなこまかい事柄ことがらまでもはっきりとこころそこよみがえってるのでした。
彼らはナザレのイエスが、旧約聖書の内に神の約したキリストであり、神の子であり、そうして人間救済のために多くの苦難を受け、十字架につけられ、三日目によみがえったことを信ずる。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
北支事変の風雲急なる折柄、殊にその記憶がまざまざとよみがえって来るのである。
はなしの話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
いま、わすれていた記憶きおくがすっかりよみがええってきた。これから、もっと、もっと、きたへさしてゆくとわたしのいった理想りそう土地とちられるのだ。しかし、わたしちからは、もうそこまでゆくことができない。
がん (新字新仮名) / 小川未明(著)
父逝いて幾年、晩秋がめぐりきて、夕陽が赤城の山襞を浮き彫りにするとき、私の眼には白川狐が、餅を食べている姿がよみがえる。白川狐は、いまもなお赤城の山襞に、永遠の生を続けているであろう。
わが童心 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
よみがえった語が、彼の人の記憶を、更に弾力あるものに、響き返した。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
渠は男のよみがえりたるかと想いて、心も消え消えに枝折門まで走れり。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もう冷え切って居りますから、いくら呼んでもよみがえりは致しませぬ。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
無礼者、六郎の耳にはその声がまたよみがえって来た。
頼朝の最後 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
すると勇敢なる日本男児はすぐよみがえった。
おさなき灯台守 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
そう感じると、わしの前に、あの牢獄の切窓から、闇のゆかへ、一尺ほど映した太陽のように——救いの光がくわっと胸へよみがえって来た。
茶漬三略 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
数日まえからおぼろげには聞いていた騒音が、いまはっきりと記憶の表によみがえり、唯事でないという感じがかれを呼び覚ましたのだ。
荒法師 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
吉之丞は、自分がいまどこにいるのかよくわからなかったが、さらしに包んだ枕元まくらもとの葉茶壺を見ると、それで、いっぺんに記憶がよみがえった。
呂宋の壺 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)