玄人くろうと)” の例文
右頸筋に、下から突き上げた傷は、ささくれた肉を盛り上げて、ほとんど長方形に見えるのは恐ろしいうちにも玄人くろうとの眼をひきます。
(なるほど孔子は音楽の理論には長じているだろう。しかし、実際楽器を握っての技術にかけては、何といっても自分の方が玄人くろうとだ。)
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
なるほど、商売人は料理の玄人くろうとである。しかし、玄人はいろいろの条件において料理をする。第一に値段を考えて料理をするであろう。
味覚馬鹿 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
「いや、本気です。現代の婦人美は、玄人くろうとからすっかり素人しろうとに移りましたね。今の十七八歳から二十歳はたちまでのお嬢さんの美しさは……」
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
比較的に見るとき、レディにはそのナイーヴさ、素純さ、処女性の新鮮さにおいて、玄人くろうとにはとうてい見出されない肌ざわりがあるのだ。
学生と生活:――恋愛―― (新字新仮名) / 倉田百三(著)
こんな単純な金庫など、その道の玄人くろうとは、鍵がなくても、文字盤の組合せを知らなくても、何の造作もなく開くことができます。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
女がなかなかのあだものであるだけに、またその道の玄人くろうとだけにあぶないものだ——先方があぶないのではない、こちらがあぶないのだ。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
葭町よしちょうの「つぼ半」という待合の女将おかみで、名前は福田きぬ、年は三十そこそこの、どう見たって玄人くろうとあがりのシャンとした中年増なんです……
あやつり裁判 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
四人とも骨牌では玄人くろうとの方であったし、その秘密を明かしてくれれば叔父や父ばかりでなく、僕にだってまんざら悪いことではないのだが
作る次第を見ていると、玄人くろうとの技となって始めて充分な細工になることが分る。これも並々ならぬ修業の仕事である。かけだしでは出来ない。
樺細工の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
当時京橋西紺屋町に住んで玄人くろうと専門の稽古、色の白い上品な白髪の老師匠、稽古は相当やかましく、お弟子は大抵へとへとになって引き下る。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
今それをアニリン染料せんりょうの紫にくらぶれば、地色じいろ派手はででないから、玄人くろうとが見ればっているが、素人しろうとの前では損をするわけだ。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
「その道の玄人くろうと多勢おおぜいかかってわからんことがお前などに判ってたまるもんか。まあ危ない仕事には手を出さん方がいいね」
少年探偵呉田博士と与一 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
上手な玄人くろうととなると実にふわりと軽くあてがった弓を通じてあたかも楽器の中からやすやすと美しい音の流れをぬき出しているかのように見える。
「手首」の問題 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
番組を白眼にらんで賭け馬の選択にかかろう——と言ったって、ナオミ・グラハム夫人は兄が賭人ブッキイをしているのでいろいろ玄人くろうと予想テップが貰えるけれど
お前さん達玄人くろうとは、肉からはいって精神へ抜ける。そこで初めて救われる。そいつの手助けをするものが、恋しい懐しいという『恋心』だからな。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
仲麿は作歌の素人しろうとなために、この差別があるともおもうが、抒情詩の根本問題は、素人しろうと玄人くろうとなどの問題などではない。よって此歌を選んで置いた。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
武蔵は、その彫りに向って、技巧を心得ている玄人くろうとではない。また、賢い逃げ道や、上手らしい小刀のあとをつけて誤魔化ごまかしてゆく方法を知らない。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
常に春琴を弟子に持っていることをほこりとして人に吹聴ふいちょう玄人くろうと筋の門弟たちが大勢集まっている所でお前達は鵙屋のこいさんの芸を手本とせよ〔注
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「では、雷には玄人くろうとの旦那には、雷が手玉に取れるとでも云うのですかネ。そんなことがあれば、仕事の上に大助かりだね。教えて貰いたいものだ」
(新字新仮名) / 海野十三(著)
踊の玄人くろうとにしろその心のいやしさをその巧妙な手振りではおおいかくせぬものがあろう。だから、これは教養だ、人だ。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
玄人くろうとらしくれた調子で経文の説明を聞かせたりするのは反感が起こることでもあって、昼間は公務のために暇がない薫のような人は、静かなよいなどに
源氏物語:47 橋姫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
主人 玄人くろうとはまあ素人しろうとより芸術のことを考へさうだね。しかしそれも考へて見れば、実は五十歩百歩なんだらう。
続野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
私はこれを願いとし、これを初心としたいと思っているので、いつも不断に初心にかえることを努めるのである。古寺巡礼の玄人くろうとにはなりたくないものだ。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
要塞地ようさいちの様子も玄人くろうと以上ださ。それを集めにかかってみた。思うようには行かんが、食うだけの金は余るほど出る
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
こと玄人くろうとになるとすずめ頬白ほおじろを撃つていたずらに猟の多いことを誇るやうなことはせぬやうになり、おのずからその間に道の存する所の見えるのも喜ぶべき一カ条である。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
事変が起ったとき文学の玄人くろうとは、玄人界の打開という面からのもさくとして、ルポルタージュを見直しましたが、今やその段階はもっと進んだと思います。
それよりも、そのまま地上にいるのを撃つ、つまり玄人くろうとの猟師のいわゆる「人殺し」をやったほうがいい。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
それが此の時代に於いては動かすべからざる格言モットーとして何人なんぴとにも信ぜられていた。劇場内部のいわゆる玄人くろうとは勿論のこと、外部の素人もみんなそう信じていた。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「まあ、知れるまで知らないことにしようよ。あいつに玄人くろうとのやることはめったにわかりゃしないから。」
売春婦リゼット (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「祝儀? 貰ってもいね。玄人くろうとを呼べば、三十円包むところだ。特別をもって、二十円に負けてやる」
冠婚葬祭博士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
この時代の一流の玄人くろうと作家はみな、同じような社会的不遇の中で、歌だけに心を傾けていたのであった。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
而已のみならず、乙姫様が囲われたか、玄人くろうとでなし、堅気かたぎでなし、粋で自堕落じだらくの風のない、品がいいのに、なまめかしく、澄ましたようで優容おとなしやか、おきゃんに見えて懐かしい。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その中に彼女は惡魔の憎惡の調子やまつたくひどい言葉に私の名前を混へ時折叫ぶのです——どんな玄人くろうとの淫賣婦だつて、あの女以上の汚い言葉を使ひはしないでせう。
またその作品をまじめな玄人くろうとにも興味深いものとするような、なにかある神経的な効果である。
玄人くろうとから見れば素人しろうとは不粋である。自分に近接している「町風まちふう」は「いき」として許されるが、自分から疎隔している「屋敷風」は不意気である。うぶな恋も野暮である。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
そんなら、又他の小説家や、彼の會社の連中などが夢中になる程、玄人くろうとの特徴も頂けなかつた。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
たまに玄人くろうとの女に接することがあっても、後の感銘は実に索漠たるものだった。殊に家庭に於てはそれが甚しかった。そのために私の家庭には、冷かな風が流れ込んできた。
或る男の手記 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
けれども玄人くろうとは、大きな字で地図の端から端までひろがっているような名を選ぶのだ。
玄人くろうとでいた頃、あの二人が張り合っていたそうでござりましてな、売ったお武家さまは、腰本治右衛門とかおっしゃるお歴々、売られたお方は湯島とやらの町絵師とかききました。
即ち玄人くろうとと素人、芸術と批評、実際と理想……と、そうした裏と表の両面からふるいにかけて選み出されたものはキット内容の充実した……舞台表現として成功した曲にきまっている。
能とは何か (新字新仮名) / 夢野久作(著)
これら本職のやり方を見ていて、僕は素人しろうと玄人くろうとの釣り方の差をはっきりと知った。
魚の餌 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
あらしまめし羽織はおりを引っ掛けて、束髪そくはつに巻いていたが、玄人くろうと染みたいきな女だった。
けれども決して玄人くろうとの間ではそんなものでない。いかに大きくっても薬にならんのはごく安いです。この宝鹿ほうろくという鹿はどこに多く居るかというと、チベットの東南部に最も多く居るです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
男にう前は、かならずこうした玄人くろうとっぽい地味なつくりかたをして、鏡の前で、冷酒ひやざけを五しゃくほどきゅうとあおる。そのあとは歯みがきで歯をみがき、酒臭い息を殺しておく事もぬかりはない。
晩菊 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
大体素人しろうと玄人くろうととは、どれだけの差があるのかというと、これはなかなかややこしいもので、小さい時から絵が好きで絵を描いているうちに勝手に上達して本職となってしまった人もあれば
玄人くろうとだって別に神さまじゃありませんよ、全く! なんだってわざわざご馳走ちそうを口の傍まで持ってきてもらいながら、素通りさせる必要があります? 僕はすてきな本を二つ三つ知っています。
おまけに儲けたって仕様がないから今までの財界の玄人くろうとがみな尋常一年生になっちゃったんだ。現に新東が焦げつき相場でじっとしたままだよ。それが証拠じゃないか。上げも下げもならんのだよ。
厨房日記 (新字新仮名) / 横光利一(著)
いずれは玄人くろうとあがりと思われる白粉焼けした顔をしかめて言った。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
残余の聴衆は交響詩に退屈しきって、玄人くろうと筋の決議に雷同した。