猿臂えんぴ)” の例文
片手を岸なる松柳にかけたるもの、足を団石だんせきの上に進め、猿臂えんぴを伸ばせる者、蹲踞そんきょして煙草を吹く者、全く釣堀の光景のまゝなり。
東京市騒擾中の釣 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
明智は云いながら、素早く宗像博士の前に近より、いきなり猿臂えんぴを延ばして眼鏡を叩き落し、口鬚と顎髯とをむしり取ってしまった。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
壁辰は、猿臂えんぴを伸ばして、娘の口をふさごうとした。お妙はよろめいた。ガタガタッ! と棚へぶつかって、皿小鉢が落ち散った。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
お綱は猿臂えんぴをのばして禅僧の襟首をとらえ、ずるずるとひきずって今度は真剣に古沼の中へ頭の方から押し込んでしまおうとしたのである。
禅僧 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
途端に、猿臂えんぴがぬッくと出て、腕でむずと鷲掴わしづかみ、すらりと開けたが片手わざはやいこと! ぴっしゃりとしめると、路地で泣声。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ふいに、工匠たくみ猿臂えんぴが、横へ伸びた。——気を失っていたはずの忍ノ権三が、まっ黒な血に塗られた顔をもたげて這い出しかけたのである。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今まお熊さへ出で行くと見るより、ただちに立つて後を追はんとするを、松島、忽如こつじよ猿臂えんぴを伸ばしてたもととらへつ、「梅子さん」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
片手を殺している竜之助は、一方の猿臂えんぴをのべて、お雪ちゃんの背後から、咽喉部へぐっと廻して締めるしかたをする。
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「おい、何をしているんだ。」と云いさま、サアベルの音と共に、巡査が現れ、猿臂えんぴを伸してわたくしの肩を押えた。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
むかしなら、それこそ猿臂えんぴをのばして、なんでもひったくったもんだが、これでも苦労をしたとみえて、なにか芸を
蝶の絵 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
いきなり仁右衛門が猿臂えんぴを延ばして残りを奪い取ろうとした。二人は黙ったままで本気に争った。食べるものといっては三枚の煎餅しかないのだから。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
と社長は猿臂えんぴを伸した。僕はもう少しで数珠で打たれるところだった。何うも仏教が荒行あらぎょうになって来ると思った。
人生正会員 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
揃って定食を食べながら、正宗壜を掴んだ猿臂えんぴをテーブルの空へ双方から高く差し渡して、あっちでもこっちでも「まあ」「まあ」と勧め合っています。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
露月はアッと叫びざま、虚空をつかんでうめいたが、呉羽之介は猿臂えんぴを伸して藻掻もがく相手を組伏せたまま、小刀逆手さかてにズバズバと細首をき切って了いました。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
彼は惘然ぼうぜんとして殆ど我を失へるに、電光の如く隣より伸来のびきたれる猿臂えんぴは鼻のさきなる一枚の骨牌かるた引攫ひきさらへば
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
ベナビデスが素早く猿臂えんぴを伸ばして、背後うしろの机の顕微鏡を取って投げ付けたのであった。顕微鏡はくるくると舞って後方の空檻からおりにドカーンと烈しい音をたてた。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
いいながらツツーと猿臂えんぴを伸ばしてちぢかまっている次郎吉の首根っ子をあわや掴まえようとした。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
今宵の記念としてこの文鎮を貰ってゆくのも悪くはあるまい——そう思って猿臂えんぴをのべた瞬間、置時計が高々と四時を打ちだした音に、彼はぎょっとして立ちすくんだ。
空家 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
大井久我之助は猿臂えんぴを伸して、一本の徳利を取りました。お染の演じた激情的な情景シーンに勇気をかき立てられたのでしょう、早くも大振りの盃に注いで呑もうとするのを
「黙れ黙れ卑怯者ひきょうものめが!」浪人者は威猛高いたけだかに叫ぶと一緒に猿臂えんぴを延ばし、相手の腕を引っ掴んだ。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
いまにも自分の身体に、赤外線男の猿臂えんぴがムズとれはしないかと思うと、恐ろしい戦慄せんりつが電気のように全身を走った。眼に見えない敵! そいつをどう防げばいいのだ。
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
猿臂えんぴを伸ばしてうしろの床の間の飾り弓を手にとる、弦を張る、一瞬の間に矢をつがえると
こぶしを挙げて丁と打ち猿臂えんぴを伸ばして突き飛ばせば、十兵衛たまらず汚塵ほこりまみれ、はいはい、狐につままれました御免なされ、と云いながら悪口雑言聞き捨てに痛さを忍びて逃げ走り
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そういながら、再び猿臂えんぴを延して、瑠璃子の柔かな、やさ肩をつかもうとしたが、軽捷けいしょうな彼女に、ひらりと身体を避けられると、酒に酔った足元は、ふら/\と二三歩よろめいて
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
如意で刄物を打落し、猿臂えんぴのばして逆におさえ付け、片膝を曲者の脊中へ乗掛のっか
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
林冲に翻弄ほんろうされるのが甘美でさえあった。気づいたときは、手にさいごの一剣もなく、林冲の猿臂えんぴにかかって、鞍の上からむしりとられていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
女はワナワナと慄えて、立っていられないために地面へすくんでしまおうとした時に、竜之助は右の猿臂えんぴを伸ばして、女の首筋を抱えてしまいました。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
うしろからは案内役の運転手が、恐ろしいいきおいで押込む、中からは運転手台の助手が猿臂えんぴを延ばして引ずり込む、不意を打たれて、抵抗のすきがなかった。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そこにあるものを猿臂えんぴを延ばして引き寄せてせわしく一まとめにして床の間に移すと、自分の隣に座ぶとんを敷いて、それにすわれとあごを突き出して相図した。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
百人長は猿臂えんぴを伸ばして美しき犠牲いけにえの、白きうなじ掻掴かいつかみ、そのおもてをばけざまに神崎の顔に押向けぬ。
海城発電 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
大井久我之助は猿臂えんぴを伸ばして、一本の徳利を取りました。お染の演じた激情的な情景シーンに勇氣をかき立てられたのでせう、早くも大振りの盃に注いで呑まうとするのを
折あらば秘かに金を盗もうとする人士の存在を知悉し、客席から猿臂えんぴをのばしてハムマーで運転手を殴つたりピストルをぶつぱなす人士の存在を疑つてゐるわけではない。
総理大臣が貰つた手紙の話 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
船長ノルマンは猿臂えんぴをのばして、水夫竹見の襟髪えりがみをぐっとつかんだ。怪力だ。竹見はそのままひっさげられた。足をばたばたしたが、足の先に、どうしても甲板かんぱんがさわらないのであった。
火薬船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
お蘭どのは猿臂えんぴをのばして、煙管きせるの熱い雁首を、いきなり百の野郎の頬っぺたに押しつけたものだから、百の野郎が
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
陳応の馬が、竿さお立ちになった。趙雲は猿臂えんぴをのばして、その襟がみを引っつかみ、陣中へ持ち帰って訓戒を与えた。
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
怪物の触手しょくしゅの様な猿臂えんぴがニュッと延びて、芳江の柔い頸筋を掴み、ねばっこい力強さで、彼の身近に引寄せた。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
百人長は猿臂えんぴを伸ばして美しき犠牲いけにえの、白きうなじ掻掴かいつかみ、そのおもてをばけざまに神崎の顔に押向けぬ。
海城発電 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
と、とたんに童子は猿臂えんぴをのばして、大納言の鼻さきを、二本の指でちょいとつまんだ。
紫大納言 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
飛退く女の帯際を猿臂えんぴを延してむんずとつかんだ偽家光。
がんりきはこんなことを言って、さて猿臂えんぴを伸ばして稲荷の扉の中へ手を入れて、何物をか引き出そうとしました。
とたんに、息をひそめて、死骸そのもののように、地上に俯ッ伏していた老先生は、いきなり、猿臂えんぴをのばして、怪美人玉枝の袖をグイとつかまえた。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
洋服が突然猿臂えんぴを伸ばして——全くえんぴという感じだった——太った男の手をとった。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「どッこい。」驚いて猿臂えんぴのばし、親仁おやじ仰向あおむいて鼻筋にしわを寄せつつ、首尾よく肩のあたりへ押廻して、手をくぐらし、掻い込んで、ずぶずぶとながれを切って引上げると、びっしょり舷へ胸をのせて
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と答えるまでもなく、立ちあがった木隠こがくれが、やらじと猿臂えんぴをのばしたので、きもをとばしたおの大九郎、にげみちをうしなって無我夢中むがむちゅうに松のこずえへ飛びついた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
飲みかけた茶碗を下へ置いて、つと猿臂えんぴを伸ばして、その蓋をいったん宙に浮かせ、それから横の方へとり除けて、座右の真向まっこうのところへ上向きに置いたのです。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
彼はそこで必死に誰かを呼ぼうとしたが、追いついて来た自斎の猿臂えんぴが、ムズと彼の帯際を引っ掴む。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこで、白雲が、いきなり猿臂えんぴをのばしたのは、この青二才をなぐろうとしたのです。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「かッ!」とばかり、目のくらむような気当きあてと一緒に、猿臂えんぴのばしにふりつけてきた岩砕がんさい太刀たち
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と言って、猿臂えんぴをのばしてその猫をかいつかんで、おのれが膝の上にきのせたままで
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
もうこれまでだとなると、彼は猛然と捨身になって右肩の上に発矢はっしと刃を受けるや否、横に飛び退いて身を沈め、猿臂えんぴ伸ばしにピューッと新九郎の足許を地摺りにすくった。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)