渾然こんぜん)” の例文
ことごとく音楽と結び付いて渾然こんぜんたる一大総合体を形作り、楽劇の形式において芸術の最高位に置かるべきであると信じたのである。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
かく渾然こんぜんたる作品を得ることは困難でござりますという意味を概略あらまし陳述して、若井兼三郎の作家に対する好意を御披露に及んだ所
その境地では、おそらく、芸術と生活との対立が解消されて、両者の渾然こんぜんとした融合ゆうごうが、実現されることになるのではあるまいか。
「ヴェニスに死す」解説 (新字新仮名) / 実吉捷郎(著)
それはやがてもりあがって勝ち誇った歓喜の叫びとなり、渾然こんぜんとした調べはいよいよ高く、ひびきの上にひびきをつみかさねていった。
その境地では、おそらく、芸術と生活との対立が解消されて、両者の渾然こんぜんとした融合ゆうごうが、実現されることになるのではあるまいか。
仏弟子ぶつでしの法業とが、渾然こんぜんと、一つものになって、一韻いちいんかねにも、人間のよろこびが満ちあふれているように洛内の上を流れていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もし充分の時日があって趣向が渾然こんぜんとまとまれば日本第一の名作が来年一月の『ホトトギス』へあらわれるのだが惜しい事です。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
この子供の顔の中で渾然こんぜんと融合してそれが一つの完全な独立なきわめて自然的な顔を構成しているのを見て非常に驚かされた。
自画像 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
奴婢族をぬかした四階級の人は、ある一つの思想のもとに、渾然こんぜんと融和されていた。一口に云うと「高踏主義」であった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
けだし古来、生は食にあるか性にあるか、と論ぜられるけれど、性食渾然こんぜんとしたところに人生があるのではあるまいか。
香魚と水質 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
少なくともこの殿堂の渾然こんぜんとした美しさの一つの要素となっているだけでも、この像に底力がある証拠ではなかろうか。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
二世紀三世紀と遡れば、ほとんどすべては一系統である。私はあの宋代や、ゴシック時代の渾然こんぜんたる万般の統一について語る必要はないであろう。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
しかしそのために五目飯や三題噺さんだいばなしのようなことにはならず、渾然こんぜんとして一体になっているのが、この句の手際であろう。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
およしん化物ばけものといふものは、何處どこ部分ぶぶんはなしても、一しゆ異樣いやう形相げうさうで、全體ぜんたいとしては渾然こんぜんしゆまとまつたかたちしたものでなければならない。
妖怪研究 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
「アヴァタアル」とか「クレオパトラの一夜」とかいう短篇も、ジョオジ・ムウアなぞがかたじけながるように、渾然こんぜん玉のごとしとは思われなかった。
仏蘭西文学と僕 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
渾然こんぜんと漲りわたっていた果もない夢幻的空想は、今ようようその気まぐれな精力と、奇怪な光彩とを失い、小さい宝杖を持ち宝冠をいただいた王様や女王様
地は饒なり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
さいわいにして親方はさほど偉大な豪傑ではなかった。いくら江戸っ子でも、どれほどたんかを切っても、この渾然こんぜんとして駘蕩たいとうたる天地の大気象にはかなわない。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
前に「球皮きゅうひ事件」という題で書いたことがあるので略するが、先生の科学者としての頭と眼、芸術家としての勘、愛国の至情などが渾然こんぜんとして一体となり
カステラや鴨南蛮かもなんばんが長崎を経て内地に進み入り、遂に渾然こんぜんたる日本的のものになったと同一の実例であろう。
銀座 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そこに日満支も各自の特色と技能を発揮し、有機的に結合して、政治に、経済に、ゆるぎなき秩序を形成し、渾然こんぜんたるところの、東亜の文化が生まれるのである。
日本的童話の提唱 (新字新仮名) / 小川未明(著)
私もそれを好まぬことはなかった。しかし、一度にもっと渾然こんぜんとしてしかも純粋でさわやかな充足を欲した。
桃のある風景 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その次に載っている桑田の小説「闖入者ちんにゅうしゃ」だって、渾然こんぜんとしてまとまった小品だ。あいつのきびきびした筆致を見た時、俺は桑田にだってとてもかなわないと思った。
無名作家の日記 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
万華鏡まんげきょうを見るように、花やかに、眼もあやに入り乱れながら、渾然こんぜんとした調和を保っているのである。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
私は再び繰返くりかえすが、海洋美と山岳美と渾然こんぜん融和して、大風景を形作る雲仙のごとき名山を知らない。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
いろんな種類の人間が、その特徴を渾然こんぜんと発揮した場合だけ勝利が可能だったことなど……。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
彼の場合には、その思慮や判断があまりにも渾然こんぜんと、腕力行為の中に溶け込んでいるのだ。
その石も巨大なるブッきや、角の取れない切石や、石炭のかすのような「つぶて」で、一個一個としては、咸陽宮かんようきゅうの瓦一枚にすらかないものであるが、これが渾然こんぜんとして
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
闇の濃いところやうすい所が渾然こんぜんとある方向に動いたような気がした瞬間、いつか複写で見た事のある古い絵が忽然こつぜんとして眼前に浮んで来た。——川があって古い木橋がかかっている。
風宴 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
この日ごろ、ことにこの四、五時間の、出口もないような悩ましさと不安は、すっかり彼を圧倒しつくしたので、彼はこの新しい、充実した渾然こんぜんたる感情の可能性へ飛び込んでいった。
デリケートな曲線を描いて、オンモリとふくれ上った、両側の肘掛け、それらのすべてが、不思議な調和を保って、渾然こんぜんとして「安楽コンフォート」という言葉を、そのまま形に現している様に見えます。
人間椅子 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
むろん奈良朝における経文の流布や、仏師の彫塑ちょうそ的手腕、芸術的表現力も見逃しえないのであるが、それらを渾然こんぜんと融合せしめ導いて行った力は、天平の人生苦悩と、そこからの祈念である。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
それらの音響と人いきれが渾然こんぜんとして陽炎かげろうのように立ちのぼりそう……。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
一首の綜合がそのために渾然こんぜんとするのである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
撥無はつむして、渾然こんぜんとして一如となる
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
この演奏はあまりにも瑰麗かいれいであり、ワインガルトナー風に隠健であるが、その代り渾然こんぜんたる完璧かんぺきの出来で、この精神的内容の熾烈しれつな曲を
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
これが時の精錬器械にかかって渾然こんぜんとした一つの固有文化を形成するまでには何百年待たなければならないことか見当もつかない次第である。
沓掛より (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
朽葉の古法衣ふるごろもに、そこらで付けた鉋屑かんなくずをそのまま、いよいよこの東国の土と人間とを、その姿のうちに渾然こんぜんと一つのものにして無造作に歩いてきた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とりもなおさず双方がしっくりと合って互いに客となり主となり渾然こんぜんとして一つの感じとなっているのであります。
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
渾然こんぜん一つになっていない。心で一生懸命で手がまだ怠けている。こういう状態を多くの女の芸術家が経ているし、男も70%まではこれで一生を終るのね。
木板画は春信以後その描かれたる人物は必ず背景を有しここに渾然こんぜんたる一面の絵画をなす、然らざれば地色じいろの淡彩によりてよく温柔なる美妙の感情をいざなへり。
浮世絵の鑑賞 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ああいう緊張した、一ぶのすきもない踊りが、あれほど渾然こんぜんと踊れるということは、パヴローヴァの技がいかに驚嘆すべきものであるかの明白な証拠だと思う。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
司馬遷しばせん個人としては、父の遺嘱いしょくによる感激が学殖・観察眼・筆力の充実を伴ってようやく渾然こんぜんたるものを生み出すべく醗酵はっこうしかけてきていた。彼の仕事は実に気持よく進んだ。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
釣った鮎を手に握ると、父の愛がよみがえる。地下の父と、鮎とが渾然こんぜんとしてしまうのである。
楢の若葉 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
海の上で知り合いになった夢のような女、大雨の晩の幌の中、夜の都会の秘密、盲目、沈黙———凡べての物が一つになって、渾然こんぜんたるミステリーのもやうちに私を投げ込んで了って居る。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
半分は花野はなののごとく明らかである。そうして三四郎の頭のなかではこの両方が渾然こんぜんとして調和されている。のみならず、自分もいつのまにか、しぜんとこの経緯よこたてのなかに織りこまれている。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ルネツサンス以後いごろんずるにらない。しかるに東洋方面とうやうはうめんとく印度いんどなどはすべてが渾然こんぜんたる立派りつぱ創作さうさくである。日本にほんではあま發達はつたつしてなかつたが、今後こんご發達はつたつさせようとおもへば餘地よち充分じうぶんある。
妖怪研究 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
のみならず先生の小説や戯曲は大抵は渾然こんぜんと出来上つてゐる。
自己完成と衆生済度との、渾然こんぜん融和ゆうわした象徴でもあった。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
渾然こんぜんたるメロデーを奏でるようつくられてある。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
連句には普通の言葉で言い現わせるような筋は通っていないが、音楽的にちゃんと筋道が通っており、三十六句は渾然こんぜんたる楽章を成している。
映画時代 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)