ながし)” の例文
水木は、如何にも懐しそうに、そういって、ドアーをばたんと閉めてから、赤燈のかげで、水を測っては、白い器の中に、ながし始めた。
魔像 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
我が越後にも化石渓あり、魚沼郡うをぬまこほり小出こいでざい羽川はかはといふたに水へかひこくさりたるをながししが一夜にして石にくわしたりと友人いうじん葵亭翁きていをうがかたられき。
時によると、表を、新内しんないながしが通った。ヴァイオリンの俗謡が響いた。夜分は、客を呼ぶ女の声が聞えることもあった。
溺るるもの (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
お妙は玄関わき、生垣の前の井戸へ出て、乾いてはいたがすべりのある井戸ながし危気あぶなげも無くその曲った下駄で乗った。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ながしもとの大笊の中にはきざんだ切干きりぼしが水を切ってあり、沢庵桶たくあんおけからたくあんを出しかけていたところと見え、ぬかの中からたくあんが半分ほど顔を出している。
顎十郎捕物帳:13 遠島船 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ながし申さんと云へば彼の旅人は否湯も宜加減かげんなり決てかまふべからずと云ながら此方を見返みかへり不※お花の顏を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
味が温かで静かで、時にはほんのりと「ごほん」と呼ぶ桃色のが中に浮びます。この白釉で長方形の深めのながしを作りますが、信楽以外には決してない品であります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
御米およねはあるうらにゐる下女げぢよけるよう出來できたので、井戸流ゐどながしそばいたたらひ傍迄そばまでつてはなしをしたついでに、ながしむかふわたらうとして、あをこけへてゐるれたいたうへ尻持しりもちいた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
洗場あらいばながしは乾く間のない水のために青苔あおごけが生えて、触ったらぬらぬらしそうにひかっている。そして其処には使捨てた草楊枝くさようじの折れたのに、青いのや鼠色の啖唾たんつばが流れきらずに引掛っている。
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
我が越後にも化石渓あり、魚沼郡うをぬまこほり小出こいでざい羽川はかはといふたに水へかひこくさりたるをながししが一夜にして石にくわしたりと友人いうじん葵亭翁きていをうがかたられき。
聞分ききわけもなく織次がそのたもとにぶら下った。ながしは高い。走りもとの破れた芥箱ごみばこ上下うえしたを、ちょろちょろと鼠が走って、豆洋燈まめランプ蜘蛛くもの巣の中にぼうとある……
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
白、黒、飴、黄、緑、青など、これらのものがあるいは地色になったり、ながしの色になったりします。こういう品物を台所なり食卓なりに置くと、花を活けているのと等しいでありましょう。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
御米はある日裏にいる下女に云いつける用ができたので、井戸流いどながしそばに置いたたらいの傍まで行って話をしたついでに、ながしむこうへ渡ろうとして、青いこけの生えているれた板の上へ尻持しりもちを突いた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
けれども…………愛吉は、女房の藍微塵あいみじんのを肩に掛けて、暗くなった戸外おもてへ出たが、火の玉は、水船で消えもせず。湯のうちで唄も謡わず。ながしで喧嘩もせず。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と目笊はながしへ。お蔦は立直って腰障子へ手をかけたが、どぶの上に背伸をして、今度は気構えて勿体らしく酸漿ほおずきをクウと鳴らすと、言合せたようにコロコロコロ。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
鹿の子の見覚えあるしごき一ツ、背後うしろ縮緬ちりめんの羽織を引振ひっぷるって脱いでな、つまを取ってながしへ出て、その薬鑵の湯をちまけると、むっとこう霧のように湯気が立ったい
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ふたと別々になって、うつむけにひっくりかえって、濡手拭ぬれてぬぐいおけの中、湯は沢山にはなかったと思われ、乾き切って霜のようなながしが、網を投げた形にびっしょりであった。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
不思議な人を二人見て、遣切れなくなってこのうちへ飛込んだ。が、ながしの笛が身体からだささる。いつもよりはなお激しい。そこへまた影を見た。美しい影も見れば、可恐おそろしい影も見た。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
八郎は、すぐ前の台所へ出て、ながしに立ったお悦の背後うしろから、肩越しに覗込のぞきこんでいたが
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ながしところに、浅葱あさぎ手絡てがらが、時ならず、雲から射す、濃い月影のようにちらちらして、黒髪くろかみのおくれ毛がはらはらとかかる、鼻筋のすっととおった横顔が仄見ほのみえて、白い拭布ふきんがひらりと動いた。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
路傍みちばたに石の古井筒があるが、欠目に青苔あおごけの生えた、それにも濡色はなく、ばさばさはしゃいで、ながしからびている。そこいら何軒かして日に幾度、と数えるほどは米を磨ぐものも無いのであろう。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、やつこまへながしつた。
銭湯 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
八郎はながしの窓からゆびさして
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)