かかえ)” の例文
すると、ボーイは首肯うなずいて部屋を出て行ったが、間もなく等身大のわら人形をかかえて戻って来た。藁人形には不格好に胴衣チョッキが着せてあった。
火縄銃 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
『俚言集覧』には甲州の笹子ささご峠に矢立杉という名木あり、七かかえ半云々と見えている。笹子は国境ではないが郡内と国中とを隔絶する峠である。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
或日優善は宴会を催して、前年に自分が供をした今戸橋の湊屋みなとやかかえ芸者をはじめとし、山谷堀で顔をった芸者をもれなく招いた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
兎角とかく近頃の人間は、おかかえ儒者の邪説に迷い、風雅と言えば淡きをよしとし、気持を酔わせるほど色合の強いものを、俗だなぞとくさすがならいだ。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
ト珍らしく人声がして、くるまが来たでさ。しかも路が悪いんで、下町のかかえ車夫にゃあがきが取れなかったものと見えてね、下りて歩行あるいて来かかった。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あれはたしか文化四年四月の申渡もうしわたしとおぼえていますが、町奉行所の申渡書では品川宿じゅく旅籠屋はたごや安右衛門かかえとありますから、品川の貸座敷の娼妓ですね。
半七捕物帳:26 女行者 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
今食う米が無くて、ひもじい腹をかかえて考え込む私達だ。そんな伊勢屋いせやの隠居が心学に凝り固まったような、そんな暢気のんきな事を言って生きちゃいられん!
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
ヨウさんは稽古の日といえば欠さず四時半ごろに会社からおかかえの自動車でけつけ稽古をすますとそのままわたしを引留め贔屓ひいきの芸者を呼んで晩餐ばんさん馳走ちそうした。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
土岐の言葉に、急に自分の立場をはっきり思い起して、国太郎はたちますくむように頭をかかえてしまった。
白蛇の死 (新字新仮名) / 海野十三(著)
試みに新緑の谷間を遡って見玉みたまえ。最奥の部落を離れて間もなく水際に大きな葉を拡げた大木の梢に、白い花のむらがり咲くのを見るであろう。それは一かかえも二抱もあるとちほうの木だ。
渓三題 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
目附めつけその他役附老中の出馬、諸大名の固め、町火消、諸家おかかえ火消と繰出して、持場持場についたものだが、当今、城は宮城であり、何しろ議事堂の失火だからと、父ははなしてくれた。
玉屋小三郎かかえの遊女薄墨の後身であり、その間夫まぶだった大井久我之助の手許には、薄墨の書いた起請きしょうが十三通、外にとろけそうな文句を綴った日文ひぶみが三百幾十本となり、このまま諦めるにしては
石甃いしだたみを行き尽くして左へ折れると庫裏くりへ出る。庫裏の前に大きな木蓮もくれんがある。ほとんどかかえもあろう。高さは庫裏の屋根を抜いている。見上げると頭の上は枝である。枝の上も、また枝である。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
またわたくしをおかかえなすって下さるのね。
彼奴きゃつは伯爵令嬢花園京子を、不思議なやり方で殺害した。殺害したばかりではない。その死骸を小脇にかかえて、いずくともなく逃げ去った。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
こは山蔭の土の色鼠に、朽葉黒かりし小暗おぐらきなかに、まわり一かかえもありたらむえのきの株を取巻きて濡色のくれないしたたるばかりちりも留めずつちに敷きていたるなりき。
清心庵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
女の自転車と馬乗りとはその頃の流行なりしにや吉原品川楼よしわらしながわろうかかえ和鞍わぐらに乗りての遊山ゆさんまた新橋芸者しんばしげいしゃが自転車つらねて花見に出かけし噂なぞかしましき事ありけり。
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
此処では河が二股に岐れて中央に島が横たわり、島は細かい砂に蔽われて、二かかえもある大きなドロヤナギや川楊かわやなぎなどが鬱蒼と茂っているし、それに交ってつが白檜しらべや唐松などもありました。
日本アルプスの五仙境 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
これは仲の町の引手茶屋駿河屋とくのかかえ鶴が引かせられたより前の事である。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ためらっている間に、怪物は例の桜姫の人形を、菊の衣からスッポリと、引抜いて、小脇にかかえた。その拍子に鬘が落ちて、現われたのは、案の定、現代娘の洋髪。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
くれないあけぼの、緑の暮、花のたかどの、柳の小家こいえ出入ではいりして、遊里にれていたのであるが、可懐なつかしく尋ね寄り、用あって音信おとずれた、くさきざきは、残らずかかえであり、わけであり
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それに今のところかかえはいないし家の内はしんとしているから、つい耳をすまして聞く気になるのよ。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そこへ、これはどうしたことだ、一人の書生が、人の背丈せいたけ程もある、大きなワラ人形をかかえて入って来た。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
第一、多勢の客の出入に、茶の給仕さえ鞠子はあやしい、と早瀬は四辺あたりみまわしたが——後で知れた——留守中は、実家さとかかえ車夫が夜宿とまりに来て、昼はその女房が来ていたので。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
僕は例の御神燈にて駿河家のかかえ小しまといふ名まで既に知つたるこの土地の芸者なり。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
この化物が、小川の下手人だとすれば、被害者の死体をかかえていなければならないのに、怪物は身軽な一人ぽっちだ。では、死体はすでにどこかへ隠してしまったのか。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
この疲曳よぼよぼ盲者めくらたれとかす! 若い時には銭屋五兵衛ぜにやごへえかかえで、年中千五百石積こくづみを家として、荒海を漕廻こぎまわしていた曲者くせものなのだ。新潟から直江津ね、佐渡あたり持場もちばであッたそうだ。
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さて僕も富士見町ばかりでは所詮山の手の土臭く井戸の蛙のそしりもうしろめたしと思へる折から、神田連雀町かんだれんじゃくちょう金清楼の宴会にて、講武所こまかかえ小みつといへるが水を向けるをこれ幸ひと
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
老人は額の包みをかかえてヒョイと立上り、そんな挨拶を残して、車の外へ出て行ったが、窓から見ていると、細長い老人の後姿うしろすがたは(それが何と押絵の老人そのままの姿であったか)
押絵と旅する男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
小園を入れて三人いる筈のかかえはもう座敷へ行ったと見えて、一人もいない。
あぢさゐ (新字新仮名) / 永井荷風(著)
というのは、事件が起ってから、殆ど一昼夜を経過した、翌晩になって、やっぱりあの時と同じ様に、京子さんの死骸をかかえて走っているゴリラ男が発見されたのだ。何ということだ。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と見れば、同じ軒の下の右側の窓はこれまで閉めきってあったのが、今夜は明くなって、燈影ほかげの中に丸髷の顔が動いている。新しいかかえ——この土地では出方でかたさんとかいうものが来たのである。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)