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峡
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かい
ふりがな文庫
“
峡
(
かい
)” の例文
旧字:
峽
その夜、李陵は
小袖短衣
(
しょうしゅうたんい
)
の
便衣
(
べんい
)
を着け、誰もついて来るなと禁じて独り幕営の外に出た。月が山の
峡
(
かい
)
から
覗
(
のぞ
)
いて谷間に
堆
(
うずたか
)
い
屍
(
しかばね
)
を照らした。
李陵
(新字新仮名)
/
中島敦
(著)
昼の雲が、静かな
峡
(
かい
)
のあいだを、ふわりと漂っていた。母も妻も子も、また家もない自分の境遇と似ている雲を、彼は、じっと見ていた。
親鸞
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
美濃
(
みの
)
寄りの
峡
(
かい
)
は、よけいに取れますが、その
方
(
かた
)
の場所はどこでございますか存じません——
芸妓衆
(
げいしゃしゅう
)
は東京のどちらの
方
(
かた
)
で。
眉かくしの霊
(新字新仮名)
/
泉鏡花
(著)
ともかくも、こうして、あっけなく岩倉村を素通りした机竜之助は、敦賀街道を北に向って進み行くと、行手の山の
峡
(
かい
)
から、人が一個出て来ました。
大菩薩峠:41 椰子林の巻
(新字新仮名)
/
中里介山
(著)
汽車は勿論そう云う
間
(
あいだ
)
も半面に朝日の光りを浴びた山々の
峡
(
かい
)
を走っている。「Tratata tratata tratata trararach」
お時儀
(新字新仮名)
/
芥川竜之介
(著)
▼ もっと見る
去年の出水には、石狩川が
崖上
(
がけうえ
)
の道路を越して鉱泉宿まで来たそうだ。
此
(
この
)
窄
(
せま
)
い山の
峡
(
かい
)
を深さ二丈も其上もある泥水が
怒号
(
どごう
)
して押下った当時の
凄
(
すさま
)
じさが思われる。
みみずのたはこと
(新字新仮名)
/
徳冨健次郎
、
徳冨蘆花
(著)
東越
(
とうえつ
)
の
閩中
(
みんちゅう
)
に
庸嶺
(
ようれい
)
という山があって、高さ数十里といわれている。その西北の
峡
(
かい
)
に長さ七、八丈、太さ
十囲
(
とかか
)
えもあるという
大蛇
(
だいじゃ
)
が
棲
(
す
)
んでいて、土地の者を恐れさせていた。
中国怪奇小説集:03 捜神記(六朝)
(新字新仮名)
/
岡本綺堂
(著)
幾重
(
いくえ
)
にも折り重なった
遥
(
はる
)
かな山の
峡
(
かい
)
から吉野川が流れて来る。
吉野葛
(新字新仮名)
/
谷崎潤一郎
(著)
峡
(
かい
)
は葉洩れの日のわかさ、風も
霞
(
かす
)
みて
第二邪宗門
(新字旧仮名)
/
北原白秋
(著)
みるまにちょうど三、四十人、
蔦
(
つた
)
のかけ
橋
(
はし
)
を
踏
(
ふ
)
みわたって、あたかも
落花
(
らっか
)
の
散
(
ち
)
るように、咲耶子のいる向こうの
峡
(
かい
)
へ
馳
(
か
)
けてくる!
神州天馬侠
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
神業
(
かみわざ
)
と思うにや、六部順礼など遠く
来
(
きた
)
りて
賽
(
さい
)
すとて、一文銭二文銭の青く錆びたるが、円き
木
(
こ
)
の葉のごとくあたりに落散りしを見たり。深く山の
峡
(
かい
)
を探るに及ばず。
一景話題
(新字新仮名)
/
泉鏡花
(著)
まだこの
関路
(
せきじ
)
の
峡
(
かい
)
では、胆吹も、松尾も、南宮山も見えないと見るが正しい、しかし、それらの山の方角を指し、
裳
(
もすそ
)
をとらえたと見れば、当らずといえども遠からぬものがある。
大菩薩峠:33 不破の関の巻
(新字新仮名)
/
中里介山
(著)
まだ
七刻
(
ななつ
)
を過ぎたころ、
黄昏
(
たそがれ
)
には間のある時刻だが、剣山の高所、陽は遠く
山間
(
やまあい
)
に蔭って、
逆
(
さか
)
しまに
射
(
さ
)
す日光が
頂
(
いただき
)
にのみカッと
赫
(
あか
)
く、谷、
峡
(
かい
)
鳴門秘帖:05 剣山の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
西南
(
せいなん
)
一帯の海の
潮
(
しお
)
が、浮世の波に
白帆
(
しらほ
)
を乗せて、このしばらくの間に
九十九折
(
つづらおり
)
ある山の
峡
(
かい
)
を、一ツずつ
湾
(
わん
)
にして、奥まで迎いに来ぬ内は、いつまでも村人は、むこう
向
(
むき
)
になって
春昼
(新字新仮名)
/
泉鏡花
(著)
山の
峡
(
かい
)
や、湖面に
打浸
(
うちひた
)
された山脚の山から、
海嘯
(
つなみ
)
のように音が起って来ました。
大菩薩峠:32 弁信の巻
(新字新仮名)
/
中里介山
(著)
黙々と働いている唖の
水汲男
(
みずくみおとこ
)
が、妙な物を抱えて、こっそりと裏門から高麗川の谷間へ降りて、やがて
奥秩父
(
おくちちぶ
)
へ通う
峡
(
かい
)
の奥へ逃げこみました。
江戸三国志
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
丁
(
ちょう
)
どいまの
曲角
(
まがりかど
)
の二階家あたりに、屋根の
七八
(
ななやっ
)
ツ
重
(
かさな
)
ったのが、この村の中心で、それから
峡
(
かい
)
の方へ
飛々
(
とびとび
)
にまばらになり、
海手
(
うみて
)
と二、三
町
(
ちょう
)
が
間
(
あいだ
)
人家
(
じんか
)
が
途絶
(
とだ
)
えて、かえって
折曲
(
おれまが
)
ったこの
小路
(
こみち
)
の両側へ
春昼
(新字新仮名)
/
泉鏡花
(著)
それが山の
峡
(
かい
)
と、山の脚との間から、絶えず襲い来るもののように聞えるけれども、その風と波とは、少しもこのところまで押寄せては来ないで、ただその真白い
搗
(
つ
)
きたての餅のような一重ねのみが
大菩薩峠:32 弁信の巻
(新字新仮名)
/
中里介山
(著)
山の五合目
虚無僧壇
(
こむそうだん
)
とよぶところ、
暗緑色
(
あんりょくしょく
)
の
峡
(
かい
)
を
隔
(
へだ
)
てた向こうと、
丸石
(
まるいし
)
を
畳
(
たた
)
みあげた
砦
(
とりで
)
の
石垣
(
いしがき
)
、
黒木
(
くろき
)
をくんだ
曲輪
(
くるわ
)
の
建物
(
たてもの
)
らしいのがチラリと見える。
神州天馬侠
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
「
地蔵菩薩
(
じぞうぼさつ
)
祭れ、ふァふァ、」と
嘲笑
(
あざわら
)
って、山の
峡
(
かい
)
がハタと手拍子。
悪獣篇
(新字新仮名)
/
泉鏡花
(著)
その時またもや、山の
峡
(
かい
)
と、山脚とから
大菩薩峠:32 弁信の巻
(新字新仮名)
/
中里介山
(著)
朝の
陽
(
ひ
)
が、ゆらゆらと
峡
(
かい
)
のあいだから
射
(
さ
)
してくると、つよい
気高
(
けだか
)
い
香気
(
こうき
)
が
水蒸気
(
すいじょうき
)
のようにのぼって、ソヨとでも風があれば、
恍惚
(
こうこつ
)
と
酔
(
よ
)
うばかりな
芳香
(
ほうこう
)
が
鼻
(
はな
)
をうつ。
神州天馬侠
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
「
洲
(
す
)
の
股
(
また
)
の
御前
(
ごぜん
)
も、山の
峡
(
かい
)
の婆さまも早かったな。」というと
悪獣篇
(新字新仮名)
/
泉鏡花
(著)
、グングンと
峡
(
かい
)
へはいッて行った所だよ。だが、それよりもッと分りいいのは、この入間川の水に
沿
(
そ
)
って、何処までも何処までも、流れの
上
(
かみ
)
へゆくとそこが高麗村さ
江戸三国志
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
と
峡
(
かい
)
の
婆
(
ばば
)
が
邪慳
(
じゃけん
)
である。
悪獣篇
(新字新仮名)
/
泉鏡花
(著)
「いや、挑戦はいたしませぬ。が、先頃からしばしば敵の小勢が、ひがし谷の
峡
(
かい
)
ふかく入り込み、しきりに味方の水ノ手を探るらしい様子ゆえ、追っ払ッていただけに過ぎません」
私本太平記:07 千早帖
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
彼方此方
(
かなたこなた
)
で百足隊の伝令たちが、こう告げわたり馳け廻りしているまに、はや先陣山県三郎兵衛の隊、その他の部隊が、
峡
(
かい
)
を出る雲のように動き出したが——時すでに遅かったといえる。
上杉謙信
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
峡
常用漢字
中学
部首:⼭
9画
“峡”を含む語句
山峡
海峡
峡谷
峡間
峡湾
谷峡
峡水
峡中
小峡
黒部峡谷
峡路
巴峡
津軽海峡
峡口
峡山
甲山峡水
紀淡海峡
峡田
峡東
宗谷海峡
...