坦々たんたん)” の例文
それは至極坦々たんたんたる日常生活のうちのものだ。たとえばきょうの文化の日を茶の間で家族して笑いさざめけるなどは幸福の一つだろう。
文化の日 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
数千年来、数億の人々がかためてくれた、坦々たんたんたるたいらかな道である。吾人ごじんが母の胎内たいないにおいてすでに幾分か聞いて来た道である。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
ですから新しさがないのは当然ですが、さりとて古さへのためらいや、疑いもないので、必要な雑器として坦々たんたんと作っているのです。
多々良の雑器 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
戸外には氷のような月光があふれていた。その月光の中の坦々たんたんたるアスファルト道を、一匹の猛虎もうこが、まるで奇怪なまぼろしのように走っていた。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
巨木うっそうと天地をおおうとりました、蘆葦ろい茫々ぼうぼうとしげれることは咫尺しせきを弁ぜざる有様、しかも、目の極まる限りは坦々たんたんとした原野つづき
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
橋の向こう側には、坦々たんたんたる広い道路みちでも開けておればまだしも、真の闇だったらどんな気持がすることでしょうか。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
キャラコさんは、ひろい茅原かやはらのなかに点綴てんてつするアメリカ村の赤瓦あかがわらを眺めながら、精進湖しょうじこまでつづく坦々たんたんたるドライヴ・ウェイをゆっくりと歩いていた。
キャラコさん:04 女の手 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
しかし、東南を望めば、天王寺、茶臼山ちゃうすやま高津こうづの宮、下寺町しもてらまちの寺々に至るまで、坦々たんたんたる徳川時代の家並である。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
自動車は御成おなり街道の電車の右側の坦々たんたんたる道を、速力を加えて疾駆しっくしていた。万世橋迄は、もう三町もなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
本道の方は崖が崩れてとても通れまいということだったのである。しかし意気込んでかかったわりには急な坂は短く、すぐに峰づたいの坦々たんたんたる道へ出た。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
翌日、南加サウスカルホルニア大学で、ていを借りられるとのことで、練習に行きました。金門湾をまわって、オオクランドに出て、一路坦々たんたん、沿道の風光は明媚めいびそのものでした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
けっきょく貴郎あなたの歩いている道は、ロマン・ローランのせりふでは無いが、薔薇の花で飾られた、坦々たんたんたる大道ではありませんねえ。いやひどく困難な道です。
二つの作品 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
坦々たんたんの如き何げんはばの大通路を行く時も二葉亭は木の根岩角いわかど凸凹でこぼこした羊腸折つづらおりや、やいばを仰向けたような山の背を縦走する危険を聯想せずにはいられなかった。
二葉亭追録 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
会者、鳴雪、碧梧桐、五城、墨水、麦人、潮音、紫人、三子、孤雁こがん燕洋えんよう、森堂、青嵐せいらん三允さんいん竹子ちくし、井村、芋村うそん坦々たんたん、耕雨。おくれて肋骨ろっこつ、黄塔、把栗来る。
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
二人の送って来てくれたところは、村境むらざかいとみえて、そこには夕暗にもしるく、大きな自然石を並べた橋が架かって、橋の向うはもう坦々たんたんたる村道になっているのです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
バスは、天井に大きな弾痕だんこんのあるロシヤ軍の将校集会所を振りだしに、山へ登つて、坦々たんたんたるドライヴ・ウェイを上下しながら、主防備線づたひにぐるぐるめぐつて行く。
夜の鳥 (新字旧仮名) / 神西清(著)
右門の坦々たんたんたること清らかな水のごとき心の広さに、あれほど意地のくね曲がっていたあばたの敬四郎も、ぐんと胸を打たれたものか、かつてない神妙さをもって口を開きました。
ご辛抱なさると、それから後は習い性となって、行路坦々たんたん、ご自習が苦になりません
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
京都に着いて三日目に、高尾たかお槇尾まきのお栂尾とがのおから嵐山あらしやまの秋色を愛ずべく、一同車をつらねて上京の姉の家を出た。堀川ほりかわ西陣にしじんをぬけて、坦々たんたんたる白土の道を西へ走る。丹波から吹いて来る風が寒い。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
そこまでは約八里、そんなに遠いほどの道ではないのに、途中、平湯峠というところが少々難所だけで、あとは坦々たんたんたる道、馬も駕籠かごも自由に通るとのことだから、やっぱり、万事は高山まで。
大菩薩峠:30 畜生谷の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
あんなにも、幾昼夜の難所、虎や毒蛇にも襲われて登って来たものが、くだりとはいえ、坦々たんたんと平地を歩むような愉しさである。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
眼の届く限り、坦々たんたんたる一直線の大道路、そのはる彼方かなたの空に、大気の中のクラゲのように、ポッカリと浮き上がったアド・バルーンが小さく眺められた。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
すぐきたりだれたりは致しません。坦々たんたんとただ仕事を致します。禅でいう「事なき」仕事となります。反復が退屈になる場合は、自分と仕事とが二つに別れる時であります。
益子の絵土瓶 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
靴屋くつやが靴を作り、桶屋おけやが桶を作るように、黙って自分の仕事を、忠実にやってゆけばよいのです。だが、私どもの人生の旅路は、坦々たんたんたるアスファルトの鋪道ではありません。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
左手の地下道は相当広く、よく坦々たんたんとならされております。これは名古屋城西丸へ、通じている道でございましょう。それに反して右手の地下道は、狭くて険しゅうございます。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
すべてこれ等の汽船は坦々たんたんたる道路のごとくこの海原を航行しているのである。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
この点に意を留めたなら世間でかれこれいう勝敗しょうはいなどのために心を動かすことなく、勝っても笑わず、負けても泣かず、勝利のために誇らず、敗北はいぼくのためになげかず、心つねに平々坦々たんたんとして
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
その面は、かりに知性の西欧化が実現されようとも、必ずしもそれで飜訳の道は、のんきに葉巻でもふかして行けるほど坦々たんたんたる道にはなるまいという真理を、悲しいかな物語っているのである。
翻訳の生理・心理 (新字新仮名) / 神西清(著)
目というものがあっても、ここでは、目がなんの役にも立たない暗黒界、けれど、足もとは坦々たんたんとたいらであるし、両側は岩壁いわかべの横道なし。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
坦々たんたんたる大道が、会場の行き止りの「産業塔」まで一直線に、何の邪魔物もなく続いている。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
お婆さんの描く土瓶絵、一日に千個も坦々たんたんと描き、何もかも忘れて描き、自分も忘れ、描くことも忘れて描くその画境は、誠に一念相続のその法境と、一脈相通じるもののあることを感じます。
益子の絵土瓶 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
「……いや。筒井殿には、来会の意志がないのでしょう。さもなくば、大和郡山やまとこおりやまからここまでの坦々たんたんたる道、かように時遅れるわけはございませぬ」
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平易なしかも確実な道、これが工藝に与えられた大道である。否、これのみが許された唯一の大道である。すべての者が歩み得る坦々たんたんたる公道である。これにも優る感謝すべき神の用意があろうか。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
坦々たんたんたる街道とちがい、折所せっしょの多い山道である。進撃先鋒しんげきせんぽうは、続々、動き出したが、意の如く進めない。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
眼が明いているうちは、なし難い道を踏もうとし、踏みすべってはもだえたが、今では、すべてが一色の盲目、坦々たんたんとして易行道をこうして歩いていますのじゃ……ははは
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もし人の一生に、その多岐たきなる迷いと、多難なる戦いとがなく、坦々たんたんたる平地を歩くようなものであったら、何と退屈な、またすぐ生き飽いてしまうようなものだろう。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
坦々たんたんの大道を望むようなうなずきであった。秀政はすぐこれを秀吉の各部将に達し、また自身の先鋒隊にも貝触れを出して、まもなく、きのうの通りな序列で行軍を起した。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今川家の将士らは、むしろ坦々たんたんとした道の無聊ぶりょうに、武装の気懶けだるさを思うくらいだった。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ここらの山や森などは、ほとんど、坦々たんたんたる芝生しばふの庭をかけるようなものだろう。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
行くときには坦々たんたんと走れた道が、わずかなまに、全面、畦草あぜぐさの土塊だの石コロに変ってしまい、約半キロもそれが続いている。——一体これはどうしたことか? 一時は立ち往生のほかなかった。
随筆 私本太平記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして一乗寺村までは、道も坦々たんたんとしていて、まず本道といっていい。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
坦々たんたんたる山陽の道にんで、ふと、そんなことでも思い出したか。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
山路やまじけわしさはあるが、道は坦々たんたん無人むじんきょうをすすむごとしだ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
坦々たんたんたる自分の家の庭でも歩くようにじのぼって行く。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)