囲繞いにょう)” の例文
旧字:圍繞
ただ、どんなに多くの召使に囲繞いにょうせられても、母のない身のさびしさだけが、いわば唯一の淋しさだったということができましょう。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
四方岩石に囲繞いにょうされた彼の持ち城苗木城はその構えこそ小さくはあったがその巧妙なる縄張りによって難攻不落と称されていた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
けだし不可思議なるもの、深く考索すれば、吾人の生息せるこの世界の万象万事、四方上下を囲繞いにょうするもの、一つとしてしからざるはなし。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
還幸の鳳輦ほうれんをはなやかに百官の囲繞いにょうして行く光景が、物の響きに想像される時にも、太后は過去の御自身の態度の非を悔いておいでになった。
源氏物語:21 乙女 (新字新仮名) / 紫式部(著)
無学な漁夫と税吏みつぎとり娼婦しょうふとに囲繞いにょうされた、人眼ひとめに遠いその三十三年の生涯にあって、彼は比類なく深く善い愛の所有者であり使役者であった。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
時雨堂の者は、ちょうど、台風の中心にあるようなもの、見えない魔のかげ、感じがたい運命の気流が、尺前しゃくぜんへ迫り、寸前に囲繞いにょうしつつあるのだ。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、それを覆う千古の氷雪と、大氷河の囲繞いにょう。とうてい五百マイルの旅をして核心を衝くなどということは、生身なまみの人間のやれることではない。
人外魔境:08 遊魂境 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
不動瀑布は殷々いんいんとして遠雷のような音をたてているが、断崖峭壁しょうへき囲繞いにょうされているのでその本体を見ることが出来ぬ。
平ヶ岳登攀記 (新字新仮名) / 高頭仁兵衛(著)
彼の癇癖かんぺきは彼の身辺を囲繞いにょうして無遠慮に起る音響を無心に聞き流して著作にふけるの余裕を与えなかったと見える。
カーライル博物館 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そうしてこの考えを押し拡げて吾人ごじんの身辺を囲繞いにょうするあらゆる変化を因果をもって律しようという了見から何かその変化の原因となるものを考えたいので
物質とエネルギー (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
これより転出したようなは、ブリタニーの天主教寺の縁日に壁に掛けて僧が杖もて絵解えときする画幅で、罪業深き人の心臓の真中にある大鬼を七動物が囲繞いにょうていだ。
其処そこからは、村のとうげが、そのまわりの数箇すうこの小山に囲繞いにょうされながら、私たちの殆んど真向うにそびえていた。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
十何世紀を積み重ねた我々の信仰生活は、明治の代に移って俄然がぜんとして一変してしまった。神社仏閣の名と形は保存せられても、これを囲繞いにょうする人の境涯は昔でない。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
平一郎を囲繞いにょうする不可解な根深い煩いに圧倒されるには余りに彼の生命の力は若く強い。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
人間的にも文学的にも薄弱な少なからぬ若者に囲繞いにょうせられる結果をひき起している。
今日の文学の展望 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
無数の「大名物」が吾々を囲繞いにょうしていることを悟らねばならぬ。「大名物」の「きわめ」をあがめて、他の無銘の雑器に冷やかなのは、真に「大名物」の美を知らないからだと云ってよい。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
やがてリストが客人や門弟に囲繞いにょうされて、自作のロ短調のソナタについて長々と説明を始めた頃、ブラームスはへその緒を切って以来始めてすわった安楽椅子の心地ごこちのよさに誘われて
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
暫くベッドへ仰向けにてじっと天井を視詰みつめていたが、そうしていても、一方の窓からは富士の頂が、他の一方の窓からは湖水を囲繞いにょうする山々の起伏が、彼女の視野に這入って来た。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
けれども我われがいま直面している問題は、国家と国民ぜんたいの興亡に関するんだ、極めて強大な、然も端倪たんげいし難いほど複雑な意図をもって、西欧諸国の触手が我われを囲繞いにょうしている
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
余が大臣の一行にしたがいて、ペエテルブルクに在りし間に余を囲繞いにょうせしは、巴里パリ絶頂の驕奢きょうしゃを、氷雪のうちに移したる王城の粧飾そうしょく、ことさらに黄蝋おうろうしょくを幾つともなくともしたるに、幾星の勲章
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
私達の教室は八重桜の樹で囲繞いにょうされていて、三週間ばかり前には、丁度花束のように密集したやつが教室の窓に近く咲き乱れた。休みの時間に出て見ると、濃い花の影が私達の顔にまで映った。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
絶佳明媚ぜっかめいび山水さんすい粉壁ふんぺき朱欄しゅらん燦然さんぜんたる宮闕きゅうけつうち、壮麗なる古代の装飾に囲繞いにょうせられて、フランドル画中の婦女は皆脂肪あぶらぎりて肌白く血液に満ちて色赤く、おのが身の強健に堪へざる如く汗かけり。
浮世絵の鑑賞 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
(中世式の空想的なる、複雑なる建物に囲繞いにょうせられたる、砦の中庭。)
おくるものと送られるもの、——大勢の軍兵に囲繞いにょうされた左陣とお銀の一団は、こうして高原を東へ東へと半刻余り進んで行った。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
こんな時人目につかぬ貧しい生活であったならあんな扉の一枚くらい叩きこわしてでも! と、出るにも退くにも大勢の召使たちに囲繞いにょうせられている
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
この暁には、一万三千の兵陣に囲繞いにょうされた総帥が、孤影わずか二箇の家臣とともに戦場を去ってゆくのである。そも主従の感慨はどんなであろうか。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わば理智が愛の周囲——それはいかに綿密であろうとも——のみを廻転し囲繞いにょうしている。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
四方の壁面は、ゴンダルド風の羽目パネルで区切られていて、壁面の上層には囲繞いにょう式の採光層クリアストーリーが作られ、そこに並んでいる、イオニア式の女像柱カリアテイデが、天井の迫持せりもちを頭上で支えている。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
従って彼を囲繞いにょうする妻子近親に対する彼の様子は幾分か誇大に傾むきがちであった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
(池沼、ニュムフェエ等に囲繞いにょうせられたり。)
どこにこの時までいたのであろう? 往来の人たちに気づかれないように、儒者ふうの老人を囲繞いにょうして、さっきから歩いていたのであった。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
で、雑人ぞうにんたちが落ちついた一番最後に、竹屋三位卿と啓之助とは、四国屋の提灯ちょうちん囲繞いにょうされて、送りこまれてきた。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかも、彼女は金に餓え、私は金に囲繞いにょうせられていたが、その時資本金八千六百万ペセタ、バルセローナ銀行頭取の欲しかったものは、金でもなければ名誉でもない。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
緩慢な、回顧的な生活にのみ囲繞いにょうされている地上の生活に於て、私はその最も純粋に近い現われを、相愛の極、健全な愛人の間に結ばれる抱擁に於て見出みいだすことが出来ると思う。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
御母堂の鼻はシーザーのそれのごとく、まさしく英姿颯爽えいしさっそうたる隆起に相違ございません。しかしその周囲を囲繞いにょうする顔面的条件は如何いかがな者でありましょう。無論当家の猫のごとく劣等ではない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
精霊の気が己を囲繞いにょうしていたこの室で
その中庭を囲繞いにょうして三つの城砦やぐらが立っていたが、三つとも巨大な角窓を中庭の方へ向けている。そして番兵が立っている。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
彼は、尊氏より一日おそく八幡やわたから入洛して、錦小路の自邸に入り、斯波しば、石堂、山名、桃井の諸将に囲繞いにょうされ、なんとしても、威風りんりんたるものがある。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いよいよオジュラノ高山を囲繞いにょうする大密林地域の測量もほぼ終わりかけて——ということは、やがて、私の志願した仕事も予定の約一カ年半の期間をほぼ終わりかけていた頃
令嬢エミーラの日記 (新字新仮名) / 橘外男(著)
館を囲繞いにょうしやや南寄りに甲府の条坊まちが出来ていた。東西五百三十間南北九百二間というのがすなわち条坊の総面積で、諸将の邸宅もここにあった。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
べつに馬出しと総曲輪そうぐるわを構え——これらを囲繞いにょうする外廓のまわりは、実に、六里余にわたっている。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やがて私は嫩葉わかばの森に囲繞いにょうせられたヴェランダへ出て、食後の煙草を楽しんだり、白菖マートルの生えた池のほとり逍遥さまよいながら、籐の寝椅子にもたれてうとうとと昨夜ゆうべの足りぬ眠りを補ったり
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
火を囲繞いにょうした五人の男女は、火の光を他へ洩らすまいとした。ピッタリ体を寄せ合った。彼らの火に向いた半面だけが、明るく華やかに照らされていた。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
もとへ引っかえして、築山つきやまの一かくから、れいの鉱山掘夫かなやまほりに使う山笛やまぶえというのをき立てると、たちまち、っ黒になるくらいな人数がワラワラとかれのまわりを囲繞いにょうしてあつまった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この本邸の建て方は、中央に九郎右衛門の部屋があり、その部屋の四面を囲繞いにょうして、廊下がグルリと作られてあり、その廊下の隅々に、四つの部屋が出来ている。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
河北四州の精兵百余万と、それを囲繞いにょうする文官、武将、謀士、また河北の天地の富や彼の門地など、抜くべからざる大勢力です。失礼ながらまだまだあなた如きは、そう彼の眼中にはないでしょう
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
宏大な建物を囲繞いにょうして、林のようにこんもりと、植え込みが茂っている庭であり、諸所に築山や泉水や、石橋などが出来ており、隔ての生垣には枝折戸しおりどなどがあったが
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
また数日前に安土を辞して上洛した徳川家康も泊って、大勢の案内衆や接待役に囲繞いにょうされながら歓待の幾夜かを過ごしたであろうなどということも——思うまいとしてもすぐ想像にのぼって来る。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その常磐木に囲繞いにょうされて、黒塗りの駕籠が中央にあるのは、岩といってもよさそうであった。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
と、それこそ、時の氏神うじがみ顕現けんげんのように、囲繞いにょうされていたのである。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)