周章あわ)” の例文
が、気持ちがせかせかして周章あわててばかりいた。人が一といっている時自分が二といっているようだ。何かあやまちをしそうな気がした。
御身 (新字新仮名) / 横光利一(著)
「ハイ」と云ったが、周章あわてて止め、「ご迷惑でないようでございましたら、その手箱はもう少々お預かりなされて下さいますよう」
大捕物仙人壺 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
今竜が見え次第大声でその竜肉をいたいと連呼よびつづけよと耳語ささやいて出で、竜を呼び込むと右の通りで竜大いに周章あわて、袋を落し逃れた。
我家うちの旦那が急に気がちがって、化物ばけものだ化物だと云って、奥様も、坊様ぼっちゃまも斬りました、どうか早く来てください」と周章あわてて云った。
通魔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
お関は周章あわてて前をかき合せて恭の顔色をうかがいながら下を向こうとした時、土間の方で誰かが案内をたのんで居るのが聞えた。
お久美さんと其の周囲 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
それは今、硬直している者の腰の辺から、破れた布切を解いてきて、周章あわてて自分の腰に巻きつけたばかりであるが、すまし込んでいる。
不周山 (新字新仮名) / 魯迅(著)
表へ出れば、表門からであろうが、勝手口からであろうが、待ち構えている渡辺刑事に直ぐ見つかってしまう。そう周章あわてるに及ばない。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
あいつらが周章あわてて騒いでるうちに家を飛び出しましたよ。跣足はだしですよ。そして最初裁判所だと思って飛び込んだのが海軍省でしてね。
豆腐買い (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
周章あわてて着物を押しかぶせてやったが、押しかぶせてやってもやっても、わざとするもののように、その着物を引きはいでしまう。
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と雪江さんが不審そうにかおを視る。私はいよいよ狼狽して、又真紅まっかになって、何だか訳の分らぬ事を口のうちで言って、周章あわてて頬張ると
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
一軒えりゃそいつが食ってくだけ、みんなが一杯ずつおまんまの食分が減るように周章あわてやあがって、時々なんです、いさくさは絶えやせん。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼はみずから、それに気がついた時、驚きと羞恥とのために周章あわてて眼を他に転じた。しかし彼女は、そんな事を露ほども感じなかった。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
慶三は耳を済ます間もなく、障子の音荒く立出たちいでる気色に周章あわてて物蔭にひそむと、がらりと格子戸を明けて外へ出たのはかの葉山である。
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ところがこの周章あわて者は僕の声などてんで耳に這入らないらしく尚も一散に弾となり水平線の向ふ側へ飛び去りさうに見えたものですから
土足のあとをみつけて吃驚びっくりし、周章あわてて座敷の主人を起すと同時に茶の間の茶箪笥を調べたんですが、海水浴へ送るつもりで
あやつり裁判 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
と言ったら、周章あわててしまいこんでしまったけれど……寛子は思い出したように急に立ちあがると、泥いじりしている啓吉へ
泣虫小僧 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
そして、俯伏したままの野本氏を後目しりめにかけてすっと座敷から出た。何も知らぬ婆やが周章あわてて、彼の下駄を直しに出て来た。
恐ろしき錯誤 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その頃はマダ葵の御紋の御威光が素晴らしい時だったから、町名主は御紋服を見ると周章あわてて土下座どげざをしてうやうやしく敬礼した。
「そんな訳のものじゃないよ」と云った津田は、自分の上に寸分の油断なくえられたお延の細い眼を見た時に、周章あわてて後を付け足した。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
周章あわててはがそうとすると、「無茶したらあかんぜ」ハガキをもったまま、台所へ行き金盥の水の中に浸して、切手をはがして戻って来ると
青春の逆説 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
ハッとして思わず前身を曲げて聞き耳を立てたところへ、手間どった丘田医師が洋服に着換えてヌッと出てきたので、これには私も周章あわてた。
ゴールデン・バット事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
我が一行の扮装いでたちは猿股一つの裸体はだかもあれば白洋服もあり、月の光に遠望すれば巡査の一行かとも見えるので、彼等は皆周章あわてて盆踊りを
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
ついさっき、お供のお人が周章あわてて、駈け込んでおいでだから、どうしたのかと、親方さんにうかがったら、なあに何でもない。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
弟の眼は、秘密が露見した時に人がする眼であり、まあそんなことを云つて呉れてはと、周章あわててゐる私を見た時に、弟の眼はタジ/\とした。
亡弟 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
「貴郎、そんな事をして若しそれが、万一母さんの為に悪い事だったらどうしましょう」ビアトレスは周章あわてて押止めた。
P丘の殺人事件 (新字新仮名) / 松本泰(著)
にべなく言ひ捨て立んとするに周章あわてし十兵衞、ではござりませうなれど、と半分いふ間なく、五月蠅、喧しいと打消され
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
妾が偶然に行き合わせた時に、周章あわてて隠しちゃったんですけど、そのハンカチにあの人の口紅のアトが残ってベタベタ附いているのが見えたわ
二重心臓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「豊世——お前は私のことばかり心配なように言うが、自分のことも少許ちと考えてみるが可い——そうまたお前のように周章あわてることは無いぞや」
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
係は周章あわてて、スウィッチをひねったり、機械をせわしく動かしたりした。が、それッ切りだった。もう打って来ない。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
そこは少し離れてはゐたが、だん/\に危険が迫つて来て、皆んなは早くも周章あわててゐた。やがてヴエスヴイアスのごく間近で大火焔が破裂した。
道臣は盃を下に置き、千代松は眼鏡も帳面も算盤も一所に懷中ふところぢ込んで、京子の枕元へと急いだ。お駒は立つたり坐つたり、ただ周章あわててゐた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
一人は、今、自分が伏していた所へ、弾丸がきて、土煙の上ったのを見ると、周章あわてて四つ這いに、引下った。
近藤勇と科学 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
もし再発したならば周章あわてないで、人のいない室に静かにねかせて鎮静するのを待つがいいと言われました。
織田徳川勢の追撃急な上に、勝頼主従の退却も、しかも滝川に橋が沢山ないのであるからすこぶる危かった。余り周章あわてて居るので、相伝の旗を棄てたままにした。
長篠合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
その時周章あわてたところで仕方がありませんから……あなたは信じて下さいましょうが……あの田舎の優しい母親をこちらへ呼び寄せて一つ家に住みたいのです。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
はっと吃驚びっくりして下をむいたとたんに二人の警官はすばやくピストルを取り出し形勢逆転する。仮面の男は周章あわてて逃げ出す。二人はあとを追いかける。舞台空虚。
探偵戯曲 仮面の男 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
すると木樵はだんだんぐるっと円くまはって歩いてゐましたがいよいよひどく周章あわてだしてまるではあはあはあはあしながら何べんも同じ所をまはり出しました。
土神と狐 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
「御免下さい。」と蓮葉はすはのような、無邪気なような声で言って、スッと入って来た。そこに腰かけて、得意先の帳面を繰っていた小僧は、周章あわてて片隅へけた。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それがこちらを睨んだように思われたので周章あわてゝ戻ろうとして足元の芥箱ごみばこつまずくと、それに驚いて屋根へ駈登った白斑しろぶちの猫に、かえって貞之進の方が驚かされた。
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
中田は、ぶつぶつと悪口あっこうつぶやきながら、顔をそらすと、ハッキリしたあてはないのだが、どうやら駅らしい方へ、どんどん歩き出した。それを見た男は、急に周章あわてたように
自殺 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
しかし、そう云ってしまうと彼女は何だか怖ろしい気がしたので、周章あわててこう附け加えた。
初雪 (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
チヨンは周章あわてゝ与兵衛の肩に這上つて、えりの所にピツタリかしらを押しつけてゐるのです。
山さち川さち (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
「ま、待て、待てと言ったら、少し待ってくれ!」と、小平太はすっかり周章あわててしまった。「そういちがいに言われても、わしにはお前を手に懸けることはできそうもないわい」
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
「氷が溶けるのは、当然ではないか。周章あわててはいけない」老博士は、人々をかえりて、こういましめるが、刻々に迫る死を怖れて、人々は、なおも、右往左往して悲鳴をあげている。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
『間違いだったんですよ。周章あわて者が、人殺しだなんて云い出したもんで——。大騒ぎになっちゃいましたんですが——。なあにね、急病で死んだんですよ。何んでもなかったんです』
耳香水 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
がそれは、その時九州が空襲されたため、少し周章あわてて警報が出たのだった。
昔の店 (新字新仮名) / 原民喜(著)
ですから貴方は、それが僕を刺戟するのに気がついたので、すぐに周章あわてふためいて云い直したのでしょう。けれども、その復誦には、今も云った韻律法を無視しなければなりませんでした。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
たけ高い彼の身體を包んだ外套は、氷柱こほりばしらのやうに眞白だつた。私は、まつたく、周章あわてゝしまつた。そんな夜に、雪に閉ざゝれた谷からお客があらうとは、殆んど思つてもゐなかつたのだから。
このひびきに動顛どうてんして関内まづ待つてくれよと、半分頭りかけしを周章あわて立さはぎ天井の板の厚き所はないかと逃廻り脱捨し単羽織ひとへばおりの有程引かぶり、桑原桑原と身を縮めかた隅に倒臥たふれふしたるをかしさ
雷談義 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
溺れる者を救はうとする、といふよりも、自分自身溺れんとして周章あわてふためいてゐる者のやうな、一種本能的な懸命なものが感ぜられた。私はそれに圧倒されて、身動きも出来なかつたのであつた。
乳の匂ひ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)