呑気のんき)” の例文
旧字:呑氣
思いきっていって、それで、借金をたのもうと思ったのだが、房次はそれほどせっぱつまっているとも知らず、呑気のんきなことをいった。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
「あなたって子は、ずいぶん呑気のんきな、阿呆あほったらしい子でしたがねえ、ええ、かなり大きくなったって、何だかぼんやりしてたわ。」
「そう呑気のんきじゃ困りますわ。あなたは男だからそれでようござんしょうが、ちっとは私の身にもなって見て下さらなくっちゃあ……」
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「あああきれた。あそこを見なよ。このさわぎのなかに呑気のんきな顔をして将棋をさしている奴がいるぜ。ホラ、あそこんとこを見てみろ……」
空襲警報 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ジャックリーヌは、呑気のんきな楽しいとき——初めはいつもたいていそうだったが、そのときには、叔母おばへほとんど注意を向けなかった。
本当にいつになったら、世間のひとのように、こぢんまりした食卓をかこんで、呑気のんきに御飯が食べられる身分になるのかしらと思う。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
そこへ男が呑気のんきな顔して断りに来た。「いくらなんぼなんでもさくらんぼう三粒で頬を叩かれたので一生の運命を極めてしまってはね」
さくらんぼ (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「まあ、人様のもので、義理をするんだよ、こんな呑気のんきッちゃありやしない。串戯じょうだんはよして、謹さん、東京こっちは炭が高いんですってね。」
女客 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
元来呑気のんきな連中の事とて、発車時間表もよくは調べず、誰言うとなく十時にめておったのだ、とにかく約二時間待たねばならぬ。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
思うておるのに、呑気のんきらしゅう不義のたわむれに遊びほうけておるとは何のことか! 見苦しい姿見とうもない! 早々に両名共追放せい!
老中の眼鏡 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
「そんな呑気のんきなんじゃないよ、兎も角も、石井の内儀お通が通善時代尼寺で行い済まして居た頃の噂を、精一杯かき集めてみたよ」
大雅たいがは余程呑気のんきな人で、世情に疎かった事は、其室玉瀾ぎょくらんを迎えた時に夫婦の交りを知らなかったと云うのでほぼ其人物が察せられる。」
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
失業だの生活難だのという複雑深刻ふくざつしんこくなる社会経済のなかった時代だから、何といっても呑気のんきなもので、御書院番の椅子——じゃアない
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
まだ一家の主婦でない若い女のひとはそんなことには娘時代の呑気のんきさでうっかり過したかもしれないが、今日は、主婦でない女のひとも
そのあげくが和作はやはりの寄宿学校で独逸ドイツ語の授業のほかに、少年寮の図書係といふ呑気のんきな役目を世話してもらふ事になつたのである。
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
若い時から家族の為めに働きつゞけて来た男は、体の自由だけでも、どんなにか呑気のんきだつた。少々の窮迫位は何んでもなかつた。
乞食の名誉 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
そこで、さすが呑気のんきな道庵主従も騒ぎ出して見ると、二人の寝た行燈あんどんの隅に置手紙がしてあります。それを読んだ道庵が大きな声をして
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「よし、よし、それでいいんだよ。有難う」呑気のんきな挨拶だ。私は今の物音を聞きつけて、誰か来やしないかと、ビクビクものでいたのに。
何者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「拙者にしてからがそのつもりでござる」秦式部片手で棹をあやつり、両眼で杯を睨みながら、さも呑気のんきらしくしゃべり出した。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
が、瀬川はもう何も言わなかった。窓わきの壁からヴァイオリンをとって、低い窓のかまちに腰掛けて、さも呑気のんきそうに弾き始めた。
末期になると、病に平気になり、呑気のんきになり、将来に向つていろいろの計画などを立てるやうになるが、依然として鋭い神経を持つてゐる。
結核症 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
翌朝になると、彼等はたのこのこと、馬の糞のように集まって来て、箱の前に呑気のんきな顔を列べて、愛書家の群を待っている。
愛書癖 (新字新仮名) / 辰野隆(著)
しかしちょっと気を変えて呑気のんきでいてやれと思うと同時に、その暗闇は電燈の下では味わうことのできないさわやかな安息に変化してしまう。
闇の絵巻 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
開通当時は汽車の方も呑気のんきだった。時間も間違う代わりに五厘出しても一銭出しても、信濃町までの切符をくれた、お客は大半子供だった。
四谷、赤坂 (新字新仮名) / 宮島資夫(著)
昔らしい呑気のんきな話である。私の中学校は籠球にかけてはその頃の中等野球界の和歌山中学のやうな地位を占めてゐたのである。
木の都 (新字旧仮名) / 織田作之助(著)
諸君が呑気のんきであったため、またはよく見当を付けなかったために鹿を殺すことが出来なかったとしたら、諸君が悪いのだと。
戦争中、そんな余裕は無いように思われるが、併し昔の戦争は、呑気のんきなところもあるから、そんな事があったかも知れない。
姉川合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
東国、北国の源氏が虎視眈々こしたんたんと都に目を向け、牙をみがいているというのに、これは余りにも呑気のんきな、時局認識に乏しい平家の有様であった。
散々に酔ひつぶされた二人の客を残して、皆んなで引揚げて来たのだつたが、呑気のんきものの木山は、戸締りもしないで、ぐつすり寝込んでゐた。
のらもの (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
(津島は宗教哲学を専修していたのである)窪田自身も卒業期ではあるが、これでは自分の呑気のんきをもって他を律するわけには行かないと思った。
競漕 (新字新仮名) / 久米正雄(著)
我々の生活は旅行中だけが呑気のんきで極楽だのに、その旅行中さえこんなに緊張していなければならないなんて、考えてみると情けなくなっちまう。
妖影 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
呑気のんきそうに口をポカンといた親父の口もとを眺めて「咳が出なくなったから楽だろう」なぞと思ったりしているのが何となくバツが悪かった。
鉄鎚 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「世帯を持つ」と云うようなシチ面倒臭い意味でなしに、呑気のんきなシンプル・ライフを送る。———これが私の望みでした。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
用もないのに小路こうじ々々の果までを飽きずに見歩いた後、やがて浅草あさくさ随身門ずいじんもんそとの裏長屋に呑気のんき独世帯ひとりじょたいを張っている笠亭仙果りゅうていせんかうちへとやって来た。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
こちらの世界せかいてもすべては修行しゅぎょう次第しだいで、呑気のんきあそんでいたのでは、けっして力量ちからがつくものではないようでございます。
波波なみ/\いださかづきを前にし、それ等の音楽を聞きながら皆呑気のんきに夜を徹する。一種の特色ある菓子麺麭ぱんや軽い幾ひんかの夜食を取る事も出来るのである。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
いわゆる人が見て戦争の危い事を知るよりは、むしろ戦争というものはこんな呑気のんきなものか、一つやって見たいという位の面白味おもしろみを感ずるです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
おばあさんは、もうの上目鏡を買ふこともなくなつたので、広いお部屋で、呑気のんきに、新聞がよめることになりました。
おもちや の めがね (新字旧仮名) / 村山籌子(著)
昨日に限つて、原町の家に宿とまらずにゐた自分が悔いられた。母にお金を貰つて、好い気になつて、呑気のんき放埒はうらつにすごした昨夜の自分が悔いられた。
イボタの虫 (新字旧仮名) / 中戸川吉二(著)
若くて禿頭の大坊主で、いつも大きな葉巻をくわえて呑気のんきそうに反りかえって黙っていたのはプリングスハイムであった。
ベルリン大学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
何か別な極めて呑気のんきな私の性格位にしか映っていないし、時々ビーヤホールなどで大気焔きえんを挙げられる彼には、私の気持に立ち入り得る筈がなく
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
博士は、低過蒸気機関の前で、椅子いすに腰かけたまま、こくりこくり居眠りしている、呑気のんき赤髯あかひげの機関士の前に立って
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
「栄坊さんは呑気のんきでいいなあ。松つあんは足が棒になるほど探しまはりました。さあ、もう帰りませう。お父さんやお母さんが心配してゐますよ。」
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
十七といっても一男は、両親のお蔭で中学校へ通わせてもらっている幸福な少年たちのように、呑気のんきではなかった。
秋空晴れて (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
ふみ 太鼓判だかどうだかしらないけど、お見合いに来て介添人かいぞえにんと将棋を始めるなんて随分呑気のんきな人もあるものね。
女の一生 (新字新仮名) / 森本薫(著)
久しい歳月を経た後、大和古寺を巡り、結構な美術品であるなどと見物して歩いているのは実に呑気のんきなことである。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
それからまだ雀と正月ということも考えているのだが、あんまり呑気のんきだから正月がもう二つもある年の話にしよう。
“馬鹿野郎ッ、なんにも知らねえで呑気のんきそうに、手前てめえ達はまごまごしていると、みんな亡ぼされてしまうんだぞ”
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
といったのでは、呑気のんきとも好奇とも思われようが、いったい考証というようなものは、前後の問題から切離してみたら、まったく気狂じみたはなしである。
咸臨丸その他 (新字新仮名) / 服部之総(著)
しかし、リップ・ヴァン・ウィンクルは、いわゆるおめでたい人間の一人で、間のぬけた、呑気のんきな性質だった。