叱責しっせき)” の例文
文楽や歌舞伎かぶきに精通した一部の読者の叱責しっせきあるいは微笑を買うであろうという、一種のうしろめたさを感じないわけにはゆかない。
生ける人形 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
祭壇に近い人々は、さすがに振向きもしなかった。が、会葬者のほとんど過半が、此無遠慮な闖入者ちんにゅうしゃに対して叱責しっせきに近い注視を投げたのである。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
村重様が中国から信忠卿にいて帰るや否、安土へ召されて、信長公から烈しいご叱責しっせきをうけたとか面罵めんばされたとかいうことです。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お美代は、磯五に叱責しっせきされて、しおしおと台所口のほうへ帰って行ったが、着物を濡らすまいとして、裾を引き上げて歩いていた。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
と激しく叱責しっせきされたが、その時に乳母が眼を真赤にらして、オイ/\泣声を上げたので、野村は之は大へんな事が起ったのだなと思った。
クリストフは疾風のように飛び込んで彼の両腕をとらえ、憤然と彼を揺すぶりながら、激しい叱責しっせきの言葉を浴びせかけ始めた。
しかも渠は交番をでて、路に一個の老車夫を叱責しっせきし、しかしてのちこのところに来たれるまで、ただに一回も背後うしろを振り返りしことあらず。
夜行巡査 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ミミイ嬢はタヌの叱責しっせきに廉恥心を感じ、一せき、五合余りの牛乳と一〇〇グラムのバタを嚥下えんかして、山のように積んだ臓品のそばで自殺してしまった。
それよりも青年が今までに見たこともないような、はげしい叱責しっせきを加えている姿といった方が、この場の光景にふさわしい言葉だったかも知れません。
棚田裁判長の怪死 (新字新仮名) / 橘外男(著)
数か月にわたる議論と懇願こんがんと、叱責しっせき慰撫いぶとが続いた後、父親もとうとうわが子の熱心に動かされずにはいなかった。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
弓矢奉行などがじかに呼びつけられる例はまれなことなので、丹後守は叱責しっせきされるものと思ったのであろう、平伏した額のあたりは紙のように白かった。
日本婦道記:箭竹 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
聞くにたえぬ叫声や叱責しっせきなどにみちた家庭にいる時分から、彼女の真髄ともいうべき秘密をなしていたに相違ない。
弁信は、火の方におもてを向けながらこう言いましたけれど、それはお銀様の狼狽ろうばいを、叱責しっせきするの言葉でもありません。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
深遠さを装い、実は皮相にのみ止まり、原因にさかのぼることなく結果をのみ考察するこの一派は、半可通の学説の高みから、街頭の騒擾そうじょう叱責しっせきする。
親父おやじには絶えずおこられて叱責しっせきされ、親戚しんせきの年上者からは監督され、教師には鞭撻べんたつされ、精神的にも行動的にも、自由というものが全く許されてなかった。
老年と人生 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
科学というものは、整理された常識なのである。もっともこんなことをいっては、この方面の議論をしておられる一部の文学者の叱責しっせきを買うかも知れない。
科学と文化 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
宰相は、新クレムリン宮をあとにするに際して、委員の一人をしてネルスキーに叱責しっせきの言葉を伝達せしめられた。
今日民間に見るところの、天狗憑てんぐつきのごときこれなり。例えば、ある寺の小僧が和尚の叱責しっせきをこうむりて、夕刻家より追い出だされ、自ら行く所を知らず。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
そして、厳しく自分を叱責しっせきする眼付きで端座し、間髪を入れぬはやさで再び静まりを逆転させた。見ていて梶は、鮮かな高田の手腕に必死の作業があったと思った。
微笑 (新字新仮名) / 横光利一(著)
しかし、今日どこにでもある東京のにぎりを真似まねしたいかがわしいものは、江戸前が残念がる。みだりに「江戸前寿司」と看板に標榜ひょうぼうする無責任さは叱責しっせきせねばなるまい。
握り寿司の名人 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
たいていのご婦人ならばそういって、少なくも右門の失礼至極な無作法を叱責しっせきするはずなのに、ところが青まゆのそれなる彼女にいたっては、いかにも奇怪でありました。
が、結局、あとからはなにを言ってもはじまらない。これらパッカアの失態にたいする叱責しっせきのすべては、いわばあふれた牛乳の上に追加された無用の涙にしかすぎなかった。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
艶子はやっと気づいた様に、低い叱責しっせきの声と共に、握られた手を引込めて、併しまだ逃げ出そうともせず、鉛筆を動かしていた。その調子が、妙にやわらかく、すきだらけに見えた。
その復讐ふくしゅういなかそこまでは知らないが、人夫の一人の労働の割合に賃金が不足だというて、前夜白井に叱責しっせきされた男が、今朝になって急に病気になったから帰えるといい出して
平ヶ岳登攀記 (新字新仮名) / 高頭仁兵衛(著)
しかし、かれにそそがれる目つきは、なかばは卑しげなものを見下すひかりで、なかばは、こういう界隈はあなたがたのくるところでないという叱責しっせきさえも加わっているようであった。
幻影の都市 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
けれども、どうにも、気が重い。私は口が下手へただから、そんないかめしい役所へ出て、きっと、へどもどまごついて、とんちんかんのことばかり口走り、意味なく叱責しっせきされるであろう。
春の盗賊 (新字新仮名) / 太宰治(著)
幼時、煙草畑の草取りがいかに苦しかったか、一晩中、叱責しっせきされ、土間に立たされていて、蚊に責められた思い出なぞを私に語ったこともある。男や金のことでも、時々、嘘をついていた。
野狐 (新字新仮名) / 田中英光(著)
屡〻しばしば自分の夢のなかにまで現はれたこともある。自らの乱行にものうく疲れはてた彼の夢の中で、この微笑は彼をやさしく叱責しっせきした。あの微笑だ。彼はそれがモナ・リザの微笑であることに気づいた。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
両親の機嫌きげん見る見る変りて、不孝者よ、恩知らずよと叱責しっせきしたり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
‘かれの眼は常に論者の怯懦けふだ叱責しっせきす。’
呼子と口笛 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
傷は、日にましてくなって行ったが、お信も、それを心にむらしかった。兄に対して、何か、悔悟かいごと、叱責しっせきを、恟々おどおどと待つ気ぶりも見える。
無宿人国記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
うそをついてるときには嘘にたいする叱責しっせきをひどく怒ったくせに、今はその叱責の色を母の眼の中に見つけようとした。そのうちにもはや疑えない時が来た。
我子の嫁には鬼のごときも、他人の妻には仏のごとく、動物憐護を説く舌は、かえって奴婢ぬひ叱責しっせきせずや。乞食に米銭をなげう仁者じんしゃ、悩める親に滋味を供せず。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
前に言ったとおり、本来ジルノルマン氏はマリユスを偶像のように大事にしていた。ただ彼は、叱責しっせきと時には打擲ちょうちゃくさえ交じえる自己一流の仕方で愛していた。
女性が男性を弄ぶと貴君方男性は、ぐ妖婦だとか毒婦だとか、あらん限りの悪名を浴びせかける。貴君などは、眼の色を変えてまで、叱責しっせきなさろうとする。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
それが小者の口から城中へ知れたので、かれは直政に呼びつけられてきびしく叱責しっせきされた。
青竹 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
警官たちの冷淡な身振りのなかに、無言の叱責しっせきがこもっているのを、サト子は感じる。
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
初代の変心へんしん気遣きづかう理由は少しもなかったからである。初代も今はたった一人の母親の叱責しっせきをさえ気にかけなかった。彼女は私以外の求婚に応ずる心など微塵みじんもなかったからである。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それを折悪おりあしく来かかったTコオチャアに見つけられ、みんなはその場で叱責しっせきされたばかりでなく、Tさんは主将の八郎さんに告げたので、八郎さんがまたみんなを呼びつけて烈火れっかのようにいか
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
それが自分への叱責しっせきであった事は温かい慈愛のそうの中に秋霜しゅうそうのようなきびしい素振りを時々見せたのでも考えられた。
梅颸の杖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかしそういう抵抗のために、人々はいっそう激しく意地悪くせがんだ。あまり彼の反抗が横着になると、両親の叱責しっせきまで加わって、ほおを打たれることさえあった。
マリユスが目の叱責しっせきを彼女に与え終わるか終わらないうちに、一人の男がその道に現われた。
『お前は時計を返すために、あの夫人にいたがっているのではない。時計を返すのを口実として、あの美しい夫人に逢いたがっているのではないか。』と叱責しっせきに似た声を
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
それは「どうしてあなたはそうお悪いんですの」という、やわらかな叱責しっせきで幕があく。
季節のない街 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
相川操一氏が、珠子を失った恨みをもこめて、三笠探偵を叱責しっせきするように云った。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「余の儀でもありませんが、じつはこの清高、鎌倉へ召喚めしよばれて、このたび、きついご叱責しっせきをうけて帰りました」
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
最も辛辣しんらつ叱責しっせきも、これほど残忍ではなかったろう。クリストフはもう手段がないのを覚った。
要するに彼は、手紙のことについては少し心苦しい点があって、マリユスの叱責しっせきを恐れていた。でその苦境をきりぬけるために、最も簡単な方法を取って、ひどいうそを言った。
叱責しっせきするように訊ねた。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
という叱責しっせきが、家臣菅屋すがや九右衛門、長谷川竹はせかわたけの両人からおごそかにここへ沙汰され、楽屋中の者は、色を失って、打ちふるえながら詫び入っていたところなのである。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)