初音はつね)” の例文
それからまた、現在の二葉屋ふたばやのへんに「初音はつね」という小さな汁粉屋しるこやがあって、そこの御膳汁粉ごぜんじるこが「十二か月」のより自分にはうまかった。
銀座アルプス (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
初音はつねサンという人だ。先夫が病死して、子がなかったから、生家に戻っていた。まだ三十であった。すこぶるの美人であった。
発掘した美女 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
うぐいすは身をさかしまにして初音はつねを張る。余は心を空にして四年来のちりを肺の奥から吐き出した。これも新聞屋になった御蔭おかげである。
入社の辞 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
今年もいよ/\秋になつたと知るが否や、わたくしは今日か明日かと、夜毎に蟋蟀の初音はつねを待つのが例である。
虫の声 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
希代きたいの名木なれば「聞く度に珍らしければ郭公ほととぎすいつも初音はつね心地ここちこそすれ」と申す古歌にもとづき、銘を初音とつけたり、かほどの品を求め帰り候事天晴あっぱれなり
興津弥五右衛門の遺書 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
菜摘邨来由なつみむららいゆ」と題する巻物が一巻、義経公より拝領の太刀たち脇差わきざし数口、およびその目録、つばうつぼ陶器とうき瓶子へいし、それから静御前よりたまわった初音はつねつづみ等の品々。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
水仙すゐせんかを浮世小路うきよこうぢに、やけざけ寸法すんぱふは、鮟鱇あんかうきもき、懷手ふところで方寸はうすんは、輪柳わやなぎいとむすぶ。むすぶもくも女帶をんなおびや、いつもうぐひす初音はつねかよひて、春待月はるまちつきこそ面白おもしろけれ。
五月より (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
南枝なんし梅花うめは誘っても、片言かたこと初音はつねの声は、まだ稀にしか聞かれないが、野路や山路の雪が解けると共に、めっきりえ出してくるのが、今、天下にあまねき武者修行と称する客で
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
水戸さまは鼈甲べっこうの笠を冠ってお通いなされたと云いますが、伽羅は大した事で、容易に我々は拝見が出来んくらい貴い物で、一ぼくみょうと申しまして、仙台の柴舟しばふね、細川の初音はつねに大内の白梅しらうめ
「月夜に寝ほうけて鳴出なきいづる時は常の声ともことなりぬべし。今のなくは何かは異ならん。あれ見給へ、飛びゆく姿もさやかなるを」と指さゝれて、あはれこの子規ほとゝぎすいつも初音はつねをなく物になりぬ。
すゞろごと (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
くしこうがいも何処へやら」、「夏衣」、「初音はつね待たるる時鳥ほととぎす」、「ねやの戸叩く水鶏くいな」、「蚊屋の中」、「晴れて逢う夜」、「見返り柳」、などの刺激の強い表象が、春夏秋冬にはめて並べられている。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
年月をまつに引かれてる人に今日けふ鶯の初音はつね聞かせよ
源氏物語:23 初音 (新字新仮名) / 紫式部(著)
古歌に「ほととぎす、聞くたびごと初音はつねかな」
益子の絵土瓶 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
うぐいすの身をさかさまに初音はつねかな 同
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
初音はつねやさしきうぐひすよ
若菜集 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
今年もいよいよ秋になったと知るが否や、わたくしは今日か明日かと、夜毎よごとに蛼の初音はつねを待つのがためしである。
虫の声 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しかし津村の持ち出したのは、それとは別で、例の静御前しずかごぜん初音はつねつづみ、———あれを宝物として所蔵している家が、ここから先の宮滝の対岸、菜摘なつみの里にある。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
車夫は呼交わしてそのまま曳出ひきだす。米は前へ駆抜けて、初音はつねはこの時にこそ聞えたれ。横着よこづけにした、楫棒かじぼうを越えて、前なるがまず下りると、石滝界隈かいわいへ珍しい白芙蓉はくふようの花一輪。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あすは討入りという四月二十日の夜、数馬は行水を使って、月題さかやきって、髪には忠利に拝領した名香初音はつねき込めた。白無垢しろむく白襷しろだすき白鉢巻しろはちまきをして、肩に合印あいじるし角取紙すみとりがみをつけた。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それも初音はつねうぐひす
若菜集 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
またはかりごとなかるべからず、これたゞ初音はつねとりて、お香々かう/\茶漬ちやづるのならばことりよう。白粉おしろいかをりをほんのりさして、絽縮緬ろちりめん秋草あきぐさながめよう。無地むぢ納戸なんどほたるよう。
九九九会小記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
いつぞや初音はつねを試みたなり黙ってしまった蛼は、そういう晩から再び鳴きはじめて、いよいよ自分達の時代が来たと云わぬばかり、夜ごと夜ごとにその声を強くしその調子を高めて行く。
虫の声 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しかし初音はつねこうを二条行幸の時、後水尾ごみずお天皇にたてまつったと云ってあるから、その行幸のあった寛永三年より前でなくてはならない。しかるに興津は香木こうぼく隈本くまもとへ持って帰ったと云ってある。
「なるほど、ではそれが君の初音はつねつづみか」
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
目出度き甲寅きのえとらの年は暮れて新しき年もいつか鶯の初音はつね待つ頃とはなりけり。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
ちよツ、ちよツ……を初音はつねいた。
木菟俗見 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
と、初音はつねだね。……
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)