倉皇そうこう)” の例文
お祖父さんというのは東京より地方へ先きに広がった大杉の変事を遠い郷里の九州で聞いて倉皇そうこう上京した野枝さんの伯父さんである。
最後の大杉 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
「これが世間へ洩れようものなら、どんな大事が起ころうもしれぬ。早く手当をしなければならない」——で倉皇そうこうとして家へ帰った。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
けれど返書の文意だけでは余りに簡に過ぎると思ったか、使いの者が倉皇そうこうとして起ちかけると、なお、ことばをもって伝言をたのんだ。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
種々問いただされてはよけいなあやまちを重ねるのみと、栄三郎は倉皇そうこうとして忠相を離れ、逃げるように露地の奥へ消えていった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
医者も、牧場主も、商人あきんども青くなって、倉皇そうこうとして馬車から降りて行った。そして最後に私が降りかけた時、私は睦じげな囁きを聞いた。
薔薇の女 (新字新仮名) / 渡辺温(著)
水すましが慌てたように水面を舞ったり、小さな青蛙が飛んだり、爪の赤い蟹が倉皇そうこうとして逃げたりしたが、食用蛙の姿は見えなかった。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
如何なる事と心驚きながら父は倉皇そうこう出で行きたるに、南無三なむさん内の客人が御国法を犯し外国船に乗り込まんとして成らず自首したりとの事にて
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
実は八丁堀といった啖呵たんかがものをいったとみえまして、通りすがりの伝馬船が倉皇そうこうとしながら舳先へさきを岸へ向けましたので
と僕は話し続けたが、斯ういう倉皇そうこうの際に佳人を発見して来るのだから、菊太郎君の言う通り、その方面だけは胆が据っているのかも知れない。
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
尼提にだいはこう言う如来にょらいの前に糞器ふんき背負せおった彼自身をじ、万が一にも無礼のないように倉皇そうこうほかみちへ曲ってしまった。
尼提 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
細君は喧嘩を後日に譲って、倉皇そうこう針箱と袖なしをかかえて茶の間へ逃げ込む。主人は鼠色の毛布けっとを丸めて書斎へ投げ込む。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
孔明は事実すでに死んでいるのであるが、司馬仲達は誤って孔明のなお生くると聞くや、倉皇そうこう軍を収めてげ去った。
ヤング卿はこうして倉皇そうこうと逃げかえって、危く一命を完了した。なまじ進めば、北は瞬時に人をむ危険な流沙地域。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
翌朝、筮師を召して其のを判ぜしめた。害無しと言う。公は欣び、賞として領邑りょうゆうを与えることにしたが、筮師は公の前を退くと直ぐに倉皇そうこうとして国外に逃れた。
盈虚 (新字新仮名) / 中島敦(著)
大伴ノ御行、土間の外に立っている二人を突き飛ばさんばかりの勢いで、倉皇そうこうとして、左方へ逃げ去る。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
藤井氏は今しこの室にありしかど、事務員に用事ありとて、先刻出で行かれたり、いでや直ちに呼び来らんとて、倉皇そうこうって事務室に至り藤井をば呼べるなるべし。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
倉皇そうこうと取って返し、最初倒れた際に、そこにおっぽり出した包みもの、それは、その中のものは白雲の遠眼鏡を以てすれば、当然なにか船頭小屋の中に有合わせた
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
大正十二年九月一日、高橋秀臣君は埼玉県下へ遊説に往っていたが、突如として起った大震災の騒ぎに、翌二日倉皇そうこうとして神田錦町の自宅へ帰ったが、四辺あたりは一面の焼野原。
千匹猿の鍔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
倉皇そうこうの際わずかに前半の一端をうかがひたるのみに御座候得そうらえども錦繍きんしゅうの文章ただちに感嘆の声を禁じ得ず身しばしば自動車の客たる事を忘れ候次第忙中かへつてよく詩文の徳に感じ申候。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
もうあといくばくもない短い月日の流れの、倉皇そうこうとして過ぎ行くけはいを感じるのであった。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
珍、何人を尋ぬべきやと問うに、今汝が射たと似た者を見ば、やにわに射殺せと教えた。珍、倉皇そうこう別れ、帰って、冤家の姓名を知らねば誰と尋ぬべきにあらず。思い悩みて七日食わず。
これを待たずして倉皇そうこう二大法典を発布したのは、いささか憲法実施の始より帝国議会を軽視したる如き嫌いがないでもないが、その実は法典編纂が治外法権撤去の条件となっておったので
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
叫喚あっと云ってふるえ出し、のんだ酒も一時にさめて、うこんなうちには片時も居られないと、ふすまひらき倉皇そうこう表へ飛出とびだしてしまい芸妓げいぎも客の叫喚さけびに驚いて目をさまし、幽霊ときいたので青くなり
枯尾花 (新字新仮名) / 関根黙庵(著)
夫妻はインドにいられなくなり、倉皇そうこうとしてヨーロッパへ帰った。
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
倉皇そうこうとして逃げるように引き取って行った。
女中は、倉皇そうこうとして下って行った。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ふたりは倉皇そうこうとして引きかえした。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
靱負は倉皇そうこうとして起った。
入婿十万両 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
右馬介が倉皇そうこうと立去ったあと、入れかわりに、師直はのッそり藤夜叉のそばへ来て、むざんな、白い襟あしの俯っ伏せを見おろしていた。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
菊路とのうれしい恋の語らいが漸く済んだか、なぜともなくパッと頬を赤らめながら、倉皇そうこうとして這入って来たのを眺めると、指さして言いました。
けれども譚は話半ばに彼等の姿を見るが早いか、ほとんかたきにでもったように倉皇そうこうと僕にオペラ・グラスを渡した。
湖南の扇 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
同じ文字のことにたずさわってながらこんなに立場が違うのはどういうわけであろうと倉皇そうこうのあいだに考えてみた。
仇討たれ戯作 (新字新仮名) / 林不忘(著)
いやわしもガッカリした。そうしてひどく悲観した。と云ってどうもうっちゃっては置けない。で、私は一学を連れ、倉皇そうこうとして出て来たのだ。……そこで私は一学を
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
倉皇そうこう土倉氏の寓所に到りて、その恩恵に浴するの謝辞をべ、旅費として五十金を贈られぬ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
倉皇そうこうとして直ぐ帰って来たら何うだったろう? 山下さんは俊一君の心掛を買ってくれたろうか? いや、興奮しきっていたから、青筋を立てゝ、不都合をなじったに相違ない。
嫁取婿取 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
鈴木松塘は房州那古なこの家から出府し倉皇そうこうとして板橋駅に来ったが恋々として手を分つに忍びず、そのまま随伴して美濃に赴いた。古人師弟の情誼じょうぎはあたかも児の母を慕うが如くである。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
京子はぎょっとして学生を見たが、突発的な衝動めいた羞恥しゅうち心が、一種の苦悶症となって京子を襲った。倉皇そうこうとしてそむけた京子の横顔から血の気が退いて、顔面筋の痙攣けいれんかすかに現われた。
春:――二つの連作―― (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
彼の同僚は、彼の威勢にあっせられて唯々いいたり、彼の下僚は、彼の意を迎合して倉皇そうこうたり、天下の民心は、彼が手剛てごわき仕打に聳動しょうどうせられて愕然がくぜんたり。彼は騎虎きこの勢に乗じて、印幡沼いんばぬま開鑿かいさくに着手せり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
一学は倉皇そうこうとして
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その武蔵は今、倉皇そうこうと、もと来た道の方へ駈け戻って行ったが、すでに事件が伝わってから半刻ほども経た後のことである。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
倉皇そうこうとしながら参向すると、一言もむだ口をきかないで、ただじいっとばかり伊豆守の顔を見守ったものです。
オルガンティノは飛び上るが早いか、アビトの両腕を拡げながら、倉皇そうこうとこの鳥を逐い出そうとした。
神神の微笑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
与吉をうながして、縁の直下までつれていっておいて案内の若侍も倉皇そうこうと退出した。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
大正五年七月九日先生のいまだおおやけにせられざるに先立ち馬場孤蝶ばばこちょう君悲報を二、三の親友に伝ふ。余倉皇そうこうとして車を先生が白金しろかねていに走らするに一片の香煙既に寂寞として霊柩れいきゅうのほとりに漂へるのみ。
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
とばりの裾から倉皇そうこうと退がって行った取次の武士は、陣外にたたずんで案内を待っている上総介へ、主君のことばを、そのまま、伝えるしかなかった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
倉皇そうこうとしながら土の埃の街道ににじり出て、かしらも低く平伏したのを小気味よげに見下ろしながら、わが退屈男はやんわりと皮肉攻めの搦手からめてから浴びせかけました。
彼は倉皇そうこうと振り返る暇にも、ちょうどそこにあった辞書の下に、歌稿を隠す事を忘れなかった。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ふしんに思ったが、倉皇そうこう客間きゃくまへとおした。そこで、ってみた一学という人は、なるほど、温雅おんが京風きょうふうなよそおいをした、りっぱな人物であった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
僕は二十八になった時、——まだ教師をしていた時に「チチニウイン」の電報を受けとり、倉皇そうこうと鎌倉から東京へ向った。僕の父はインフルエンザの為に東京病院にはいっていた。
点鬼簿 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
慌てふためきながら君公の乗物近くへ駈け戻っていったかと見ると、ぴたりと駕籠がとまって、倉皇そうこうとしながら道中駕籠の中から降り立ったのは、一見して大藩の太守と覚しき主侯しゅこうです。