佩剣はいけん)” の例文
しかしとにかく、厳めしい佩剣はいけんの音が翌日山門を潜つたのは事実で、それは村の駐在巡査が一人の高等係を案内して寺を訪れたのであつた。
黒谷村 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
佩剣はいけんを、特にガチャガチャいわせて、近よりざま、振り上げた庸之助の手を掴んだ。俥夫は汗を拭き拭き、出来るだけ上手に弁明し始めた。
日は輝けり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
王倫は、佩剣はいけんへ手をかけた。しかし抜けない。いやそれよりもはやく、豹子頭ひょうしとうのその青額あおびたいが、低くどんと、彼の心窩みずおちの辺へぶつかって来た。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
中でも、責任のある住吉警察署の正木署長は佩剣はいけんを握る手もガタガタとふるえ、まるで熱病患者のように興奮に青ざめていた。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
まるで前の古藤の声とは思われぬようなおとなびた黒ずんだ声がして、がちゃがちゃと佩剣はいけんを取るらしい音も聞こえた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
たちまち見る詰襟白服の一紳士ステッキをズボンのかくしにつるして濶歩す。ステッキの尖歩々ほほ靴のかかとに当り敷石を打ちて響をなす事恰も査公さこう佩剣はいけんの如し。
偏奇館漫録 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
中佐のかん高い声と、佩剣はいけんの伴奏とが、電気のようにかれらの神経をつたい、かれらの心臓にひびき、かれらの全身をゆすぶっているかのようである。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
署長は佩剣はいけんの柄を握って先に降りた。それに岡埜老博士が続いた。同時に、背後に続いて来ていた自動車から、三人の刑事に護られて、西谷青年が降りた。
余りの恐ろしさに見物人がドロドロと背後うしろ雪崩なだれた。その背後うしろから佩剣はいけんの音がガチャガチャと聞こえて来た。
オンチ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
舗石の上に鳴ってる佩剣はいけん、多くの叉銃さじゅう、砲口を町の方へ向けて発射するばかりになってる、兵営の前の大砲、それらのものに彼は憎悪の念をいだいていた。
すると先方から一人の巡査が佩剣はいけんを光らせ、今一人洋服を着た紳士と連れ立ってこちらへ歩いてきましたが、洋服の紳士は私たちを見るなり、にこりと笑って
白痴の知恵 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
「御免下さい。」と外套がいとうを抱えたまま、ガチリと佩剣はいけんの腰をさばいて、かまちの板に背後うしろむきに、かしッと長靴の腰を掛ける、と帽子を脱いで仰向けにストンと置いて
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
日比谷の方面から、佩剣はいけんをがちゃがちゃいわせながら警官隊がかけつけた時は、群集を追っ払うのに三人の警官がしばらくかかりっきりにならねばならない程だった。
鉄の規律 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
ようやくの事一等の待合へ来て見ると約束をした人はだ来ておらぬらしい。暖炉の横に赤い帽子を被った士官が何かしきりに話しながら折々佩剣はいけんをがちゃつかせている。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
大尉は国家の存亡の時に当っても、なお自分の意地を捨てないで、独軍の侵入をよろこんでいるようなゼラール中尉を心から憎んだのである。彼は思わず佩剣はいけんつかを握りしめた。
ゼラール中尉 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
そこに集まっているのはいずれも天鵞絨ビロードや紋織りの衣服を着て、羽根毛はねげのついている帽子をかぶって、むかしふうの佩剣はいけんをつけている人びとばかりであるのに驚かされました。
村中湿りかへつて、巡査の沓音と佩剣はいけんの響が、日一日、人々の心に言ひ難き不安を伝へた。
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
遠くから、佩剣はいけんをがちゃつかせながら、やって来る巡査に気づいたらしい。逃げ足は早い。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
明治二十四年五月十一日、滋賀県の巡査津田三蔵なる者が、当時我邦に御来遊中なる露国皇太子殿下(今帝陛下)を大津町において要撃し、その佩剣はいけんをもって頭部にきずを負わせ奉った。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
そのうちに僕の眼前を、あの外套がいとうみたいな灰色の軍服をきたロシヤの将校たちの姿が、ちらちらしはじめた。それがあの空屋を出たり入つたりする。ポーチの敷石に引きずる佩剣はいけんの音もする。
夜の鳥 (新字旧仮名) / 神西清(著)
そして骨と皮ばかりの細い手で、怖々軍曹の佩剣はいけんに触れ革帯にさわり、たくましい腕に、そっと手をかけた。が、その手の甲にはらはらと落ちる生ぬるいものに、ぎょっとして見えぬ眼をしばたいた。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
その千にもあま跣足はだしの信者どもは、口を真黒に開いていて、互いのくびに腕をかけ、肩と肩とを組み、熱意に燃えて変貌したような顔をしていたが、その不思議な行進には佩剣はいけんの響も伴っていて
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
年の若い、まだやっと二十二三になったかならないかの巡査が一人、佩剣はいけんを鳴らせながらガタガタと現われて来た。その若い男は、卓の男がまだ笑っているのを見ると、自分もにこにこしながら
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
ことにメリー女王殿下の閲兵を受けるエンパイヤ・デー(帝国紀念日)の女軍観兵式にはアグネスは女士官として佩剣はいけんを取って級友をひきいた。級友は彼女を其の父の位の通りアグネス中尉閣下とはやした。
母と娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
しのびやかに歩く見まわり役人の靴音くつおと佩剣はいけんの音。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
いつもの綸巾りんきんではなく、頭には華やかな簪冠さんかんをいただいている。衣はあくまで白く、佩剣はいけん珠金しゅきんが夜目にも燦爛さんらんとしていた。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「こらッ」と大喝一声だいかついっせい、塀のかげから佩剣はいけんを鳴らして飛びだしてきた一人の警官! 帆村のくびっ玉をギュッとおさえつけた、帽子が前にすっ飛んだ。
人造人間事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その笑いのあと、かれはほかの来賓たちのほうは見向きもしないで、くつ拍車はくしゃ佩剣はいけんとの、このうえもない非音楽的な音を床板ゆかいたにたてながら、だんにのぼった。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
その時にわかに路地の内が騒しくなった。溝板どぶいたの上を駈け抜ける人の跫音あしおとにつづいて巡査の佩剣はいけんの音も聞えた。
花火 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
非番巡査まで非常召集され顎紐をかけ脚絆をつけた連中が内庭と演武場に充満して佩剣はいけんをならしている。
刻々 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
犬田博士の話の切目を待兼ねていた司法主任が、多少の興奮気味に佩剣はいけんつかを引寄せた。
S岬西洋婦人絞殺事件 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
水路はところどころ隧道トンネルになっていたが中腰になればくぐり抜けることができた。物音はだんだん高くなって人の話声や佩剣はいけんのがちゃがちゃいう音が手にとるように聞こえてきた。
動物園の一夜 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
と銀河を仰ぎ、佩剣はいけんの秋蕭殺しょうさつとして、かささぎのごとく黒く行く。橋冷やかに、水が白い。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼は、新しい襟章えりしょうも、佩剣はいけんも、一向いっこう嬉しくないのである。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
司令官の側に、先刻さっきから一言も吐かないで沈黙のぎょうを続けていた有馬参謀長が佩剣はいけんをガチャリと音させると、「よオし、読みあげい」と命じたのだった。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それは、許褚きょちょ徐晃じょこう于禁うきん李典りてんなんどの錚々そうそうたる将星ばかりだったが、すべて甲冑をつけず、佩剣はいけんのほかは、ものものしい武器をたずさえず、きわめて、平和な装いを揃えていた。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
森閑しんかんと雨戸をとざした兇行の家……深良ふから屋敷を離れた草川巡査は、もうグッタリと疲れながら、町から到着した判検事の一行を出迎えるべく、佩剣はいけんつかを押え押え国道の方へ走り降りて行った。
巡査辞職 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
きっと円い竹の皮のかさかむえりに番号をつけた柿色かきいろ筒袖つつそでを着、二人ずつ鎖で腰をつながれた懲役人が、制服佩剣はいけんの獄吏に指揮されつつ吹倒された板塀をば引起ひきおこし修繕しているのを見たものです。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
巡査は、ずるりと靴をずらして、佩剣はいけん鞘手つかに居直ったのである。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
不意に掛けられた怪しい歎願の言葉が終るか終らないうち、背後でガチャガチャと、警官の佩剣はいけんが鳴った。
深夜の市長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
恐々こわごわと逃げッ尻を揃えて李逵りきのいる一室をうかがってみると、なんと李逵はそこらにあった革梱かわごりのふたを引っくり返して、緑袍りょくほうの知事の官服を出してすっかり着込み、腰に革帯かくたい佩剣はいけんを着け
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
佩剣はいけんつかをガチャリと背後に廻して、悠々と白樺の林の外へ歩き出した。
戦場 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
巡査部長は、佩剣はいけんを左手で握って、裏口へ飛びこんでいった。帆村もそのまま一行の後に続いていった。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
うかと、柄を握っていた孔秀は、あっと、鞍から身を浮かして、佩剣はいけんへ片手をかけたが、とたんに、関羽が一すると、彼の体躯は真二つになって、血しぶきとともに斬り落されていた。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
編上靴あみあげぐつをシッカリとからみ付けて、勝手口から佩剣はいけんを釣り釣り出て来ると、国道とは正反対の裏山に通ずる小径こみち伝いにサッサと行きかけたので、表通りで待っていた一知青年は、慌てて追っかけて来た。
巡査辞職 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
帆村が不審を起しているところへ、当の大川主任は佩剣はいけんを握ってトントンと飛びこんできた。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そこへ、ずかずかと、弁喜が佩剣はいけんを鳴らして歩いてきた。そして普浄ふじょう和尚へ
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ガチャリガチャリと鳴る軍医大佐の佩剣はいけんの音をアテにして……。
戦場 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そのレッドの銅鑼ごえに奥の方から役人ワイトマンが佩剣はいけんのベルトを腰に締めつけながら
軍用鼠 (新字新仮名) / 海野十三(著)
すると、帳外のを、誰かコツコツと叩く者がある。蒋幹は息をころしていた。やがて佩剣はいけんの音が入ってきた。周瑜の腹心の大将らしい。しきりにゆり起して、何かささやいている声がする。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)