一朝いっちょう)” の例文
種彦は菱垣船ひしがきぶねや十組問屋仲間の御停止ごちょうじよりさしもに手堅い江戸中の豪家にして一朝いっちょうに破産するもののすくなくない事を聞知っていた処から
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
何が僕を一朝いっちょうにして豹変ひょうへんせしめたか、そのキッカケは、大学三年のときに、省線電車「信濃町しなのまち」駅の階段を守ったという一事件に発する。
階段 (新字新仮名) / 海野十三(著)
一世紀半の鎌倉文化も、北条一族のキラ星も、一朝いっちょうにみな瓦礫がれきと化してしまうのである。太平記くらいたくさんな人が死んでゆく小説もない。
随筆 私本太平記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
抜きたるものとのみ存候いしも三年の恋一朝いっちょうにさめてみればあんな意気地いくじのない女に今までばかされて居ったことかとくやしくも腹立たしく相成あいなり候。
歌よみに与ふる書 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
しかるに今その敵に敵するは、無益むえきなり、無謀むぼうなり、国家の損亡そんもうなりとて、もっぱら平和無事に誘導ゆうどうしたるその士人しじんひきいて、一朝いっちょう敵国外患がいかんの至るに当り
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
かけ春琴の美貌が一朝いっちょう恐ろしい変化を来たしたらあいつがどんなつらをするかそれでも神妙にあの世話の焼ける奉公を
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
お前も親を思わぬではなかろう、一朝いっちょう国のためと思い誤ったが身の不幸、さぞや両親を思うであろう、国に忠なる者は親にも孝でなくてはならんはずじゃ
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
つまり君に一朝いっちょう事があったとすると、君は僕のこの助言をきっと思い出さなければならなくなるというだけの事さ
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
盆のかどままの行事はすでに成人が重きを置かぬようになった土地でも、彼らは一朝いっちょうにしてその模倣もほうを中止しなかったのみか、むしろその中の最も面白かった部分を残して
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
かくては所詮しょせん、我わざの進まむこと覚束おぼつかなしと、旅店の二階にもりて、長椅子ながいす覆革おおいかわに穴あけむとせし頃もありしが、一朝いっちょう大勇猛心をふるひおこして、わがあらむかぎりの力をこめて
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
雨後うごたけのこに似て立ち並び始めたバラック飲食店の場銭ばせんと、強請ゆすりとで酒と小遣こづかいに不自由しなかった習慣は一朝いっちょうにして脱することが出来ず、飲食店の閉鎖、恐喝きょうかつ行為の強力な取締りと
刺青 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
それを仲買人なかがいにんが買って地下室に入れ、数日も置くとはじめて黄色にじゅくするので、それからそれが市場の売店へ氾濫はんらんし一般の人々を喜ばせたものだったが、一朝いっちょうバナナの宝庫の台湾が失われた後は
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
多年の因習、一朝いっちょうに一洗することは不可能であるとしても、新興国の当路者がここに意を致すことなくんば、富国はともあれ、強兵の実は遂に挙がるまいと思われる。(昭和8・1「文藝春秋」)
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
諸国を潜行していた頃からすでに「——河内の住人、楠木多聞兵衛正成くすのきたもんびょうえまさしげなるものこそ、一朝いっちょうのさいには、頼みにおぼし召してしかるべきもの」
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
親友もなんじを売るべし。父母ふぼも汝にわたくしあるべし。愛人も汝を棄つべし。富貴ふっきもとより頼みがたかるべし。爵禄しゃくろく一朝いっちょうにして失うべし。汝の頭中に秘蔵する学問にはかびえるべし。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一朝いっちょう幕政府の顛覆てんぷくに際して、生徒教員もたちまち四方に散じて行くところを知らず、東征の王師、必ずしも開成校を敵としてこれをほろぼさんとするの意もなかりしことならんといえども
学問の独立 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
崇拝してゐる間は誠に歌といふものは優美にて『古今集』はことにその粋を抜きたる者とのみ存候ひしも、三年の恋一朝いっちょうにさめて見れば、あんな意気地いくじのない女に今までばかされてをつた事かと
歌よみに与ふる書 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
一同は種彦たねひこの語った最前の話に百年の憂苦を一朝いっちょうにして忘れ得た思い。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しかも敵国の目前でする仕事だし、一朝いっちょう雨でも降り続けば木曾川と洲股川の両大河は氾濫はんらんして、忽ちそこらは洪水となってしまう地形でもある。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いわゆる君公には容易に目通めどおりもかなわざりし小家来しょうけらいが、一朝いっちょうの機に乗じて新政府に出身すれば、儼然たる正何位・従何位にして、旧君公と同じくちょうに立つのみならず、君公かえってじゅうにして
徳育如何 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
けれどこんな御生活の許へも、一朝いっちょう、吉野の軍令が来れば、宮は征夷府大将軍として馬上兵甲のあいだにし、即刻、庵を立たねばならなかった。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
閑雲野鶴かんうんやかくを友に、世外の隠士となり澄してはいるが、一朝いっちょう、旧主斎藤家の危急存亡の時とあれば、いつでも、陣頭に立つであろうとの世評もあるし
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お心はうれしいが、いざ一朝いっちょうのせつは、この河内、大和は王軍にとってたいせつな穀倉の地、また後詰うしろまきのお味方の地。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
時を一つに、比叡と並び立つならば、六波羅ごときは一朝いっちょうに圧倒し去ろう。さりとて、このさい叡山に帝の遷幸せんこうを見ずあっては、山門の気勢をごう。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし何もかもが一朝いっちょう瓦礫がれきとなるような戦も珍しくない世に、それの正本などがただしく伝えられるはずもない。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……しかし年を経て、彼の勢力が駸々しんしんと諸州に根を張るようにでもなったすえには、一朝いっちょうには仆せますまい。なぜなら前に北条の仆れたてつを見ておりますから
その頃まで、木下家の系図という物もあったらしいが——一朝いっちょうにして、焼いてしまった。祖父さんは、事を起す前に、領主に襲われて、討死してしまいなすった
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一たん敵味方とめあった人間の心に入ったヒビは、しょせん、そう一朝いっちょうには元のひとつになれないものだという経験もしてきたあげくの再分裂であったのだ。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しょくと同盟して、魏の洛陽らくようかんとし、曹操の建業も一朝いっちょうかとあやぶまれていたようなときである。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「なれぬと思うて嘲弄ちょうろうするな、不肖ながら秋山大助、今でこそ足軽を致しているが、一朝いっちょうことある場合には」
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
東野勝って西野に一敗をきっすれば、きのうの田楽狭間でんがくはざまはむしろ笑うべき一朝いっちょう夢花醒散むかせいさんとなってしまう。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たとえ主と名のつく信長を一朝いっちょうに討つも、われも御民みたみ。信長も御民。弓矢の精神こころになど変りのあるべき。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かれが、畢生ひっせい心血しんけつをそそいで描いた、安土城内のたくさんな作品は、もう一つも、見ることはできない。一朝いっちょうの兵火に、ことごとく、灰となっているではないか。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一朝いっちょうの日に備えている——と、廉子がいちいちつき刺す言は、帝のお胸をばえぐらずにおかなかった。
「常々、そうありがたく思えばこそ、おたがいながの困苦をも困苦とせず、艱難かんなんを楽しみとして、これまでお家を護り合って来た。それを一朝いっちょうにと思うと残念でならぬ」
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし六波羅常備の探題以下、千余の東国武人は、一朝いっちょう、こんな際のために置かれてあるものだ。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この一朝いっちょうに死なんか、余りにも残念なのだ。つがえては切って放つ一弦いちげん一弦の弓鳴りはその憤りを発するに似ている。しかもそのっるもほつれ、弓も折れようとしていた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし二十年来世上の通り名、一朝いっちょうにしてはあらたまらぬ。——左様、その猿で思い出した。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一朝いっちょうのばあいに会しては、疑わしいほどもろい平家的性格が、随所に表面化されてくる。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
世はあしたに夕べも分らない乱脈さだった。どこのたれがいつ仮面をぬぎ、またいつ寝返るやらも計りしれない。勝敗も一朝いっちょうには信じられず、人間同士もすべて狐たぬきの化かしあいだ。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
持たれて、三人の和子の父君だ。御幸福にはちがいない。しかし、武門の常、べつな日のお覚悟もなくてはならぬ。正季ですら、一朝いっちょうの心構えはしています。それを、無用なものへ血道を
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「信義の問題です。この播磨はりまにおいて、織田方の与党として、つとにかくれもない御当家が、荒木村重の謀叛むほんに組し、一朝いっちょうにして織田方を寝返り打ったとありましては、武門の信義はすたれましょう」
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一朝いっちょう、ここの攻略となった場合には、どうするが最善の策かと日頃から工夫をめぐらしておりましたので、いささかそれが今日に役立ち、もはやあの京極曲輪だけは、この藤吉郎の手に一兵も損せず
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それを、一朝いっちょうの戦略的方針から、捨てて顧みなかったら
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
興亡の流転るてん一朝いっちょうの悲喜のとおりではありませぬ
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)