かんぬき)” の例文
馬耳は沓脱くつぬぎへ降り、戸にかんぬきをおろした。尨大な夜の深さが、馬耳の虚しい寂寥を漂白するために、ひえびえと身体を通過していつた。
(新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
あの葡萄酒ぶどうしゅや酒の豊富な貯えには、錠や、かんぬきや、秘密の穴蔵などは、あまり大して保護をしてくれる物にならないのが普通であった。
間もなく——もう雀の声が聞かれる頃、ガタン、蔵屋敷のかんぬきが鳴る、寝不足そうな仲間ちゅうげんほうきを持ってく、用人らしい男が出てゆく。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その平馬がいま打割羽織ぶっさきばおり野袴のばかま手馴てなれの業物わざものかんぬきのように差し反らせて、鉄扇片手に春の野中の道をゆらりゆらりと歩いて行くのだ。
平馬と鶯 (新字新仮名) / 林不忘(著)
と約束したが、やがて夜が明けると直ぐにかんぬきを外して、馬を出して、その背中に飛び乗って王宮の御門の処へ来た。門番は驚いて
猿小僧 (新字新仮名) / 夢野久作萠円山人(著)
前に言ったように、石段もなくすぐに会堂の広場に出られる食堂の戸口は、昔の牢屋ろうやの戸口のように錠前とかんぬきとがつけられていた。
窓は内部からしまりができていたし、入口の唯一のドアは内部から鍵がかけられ、鍵は鍵穴にさしたままで、その上かんぬきまでかかっていた。
探偵小説の「謎」 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
私がすぐさまかんぬきをさし、私たちは、船長の死体のある家の中にただ二人きりで、暗闇くらやみの中でちょっとの間はあはあ喘ぎながら立っていた。
ふと一等墓地の中に松桜を交え植えたる一画ひとしきり塋域はかしょの前にいたり、うなずきて立ち止まり、かきの小門のかんぬきうごかせば、手に従って開きつ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
それを実地に役立てさえすれば、大きい錠前をじ切ったり、重いかんぬきを外したりするのは、格別むずかしい事ではありません。
報恩記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「外から入る時は、手を突つ込んでかんぬきを外すだけですから、わけはありませんが、れないと呼吸がわからないから、ちよいと面倒ですよ」
自分の刀は腰にかんぬきに差し、それだけはよいが、どういうものか木綿のしごきで真中をキュッとしばった砥石を、肩から背中の方へ下げている
斬られの仙太 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
どうやらかんぬきを下ろしたらしい。サラサラサラサラと風が渡った。ポタポタと八重桜の花が落ちた。そのほかには音もなかった。
銅銭会事変 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
わしどもに寝室の扉にかんぬきを下させたり、またそれを、要塞のように固めさせるに至った原因というのは、けっして昨今の話ではないのですよ。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
日本人が正直であることの最もよい実証は、三千万人の国民の住家に錠も鍵もかんぬきも戸鈕も——いや、錠をかける可き戸すらも無いことである。
この扉を開くには、まず潜り戸の輪、懸金かけがねじょうはずして中に入ってかんぬきを除いて、それから扉を左右に開くようになっている。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
早速部屋の中にあった丸太棒をかんぬきの代りに扉にあてがったり、ありったけの椅子や卓子を扉の内側に積み重ねて入口のつっかい棒にしたりして
虎狩 (新字新仮名) / 中島敦(著)
再び、かぼそい手で、重いかんぬきをゆすぶる。閂はびついたかすがいの中できしむ。それから、そいつを溝の奥まで騒々そうぞうしく押し込む。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
家畜小屋のかんぬきのような、非美術的極まる留置室の扉が、此の上なく野蛮な音をたてて、ごりごりときしみながら開いた。
犠牲者 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
「どうぞお入りやして」といって、私のつづいて入ったあとをかんぬきを差してかたかた締めておいて、また先きに立って入口の潜戸くぐりをがらりとけて入った。
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
何処どこから手を出して掛金を外すのか、たゞ栓張しんばりを取っていか訳が分りません、脊伸せいのびをして上からさぐって見ると、かんぬきがあるようだが、手が届きません。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
その晩、夕飯をすますとドーブレクは疲れたと云って十時に帰宅し、いつになく庭のかんぬきを差してしまった。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
今にも窒息ちっそくせんず思いなるを、警官は容赦ようしゃなく窃盗せっとう同様に待遇あしらいつつ、この内に這入はいれとばかり妾を真暗闇まっくらやみの室内に突き入れて、またかんぬきし固めたり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
やがて手探りでかんぬきをおろすと、少し安心して、衣嚢かくしから小さな懐中電燈を出して四辺あたりを照らしたが、闇を貫くその燈影ほかげは、胸の動悸に震えてちらちらした。
空家 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
かんぬきに錠がかけてなく、引くとすぐ開いたのに、Hさんはちよつと小首をかしげたやうな様子でした。……
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
門の扉のいただきより表と裏に振り分けて、若人のれ髪を干すやうにかんぬきの辺まで鬱蒼うっそうと覆ひ掛り垂れ下るつる葉の盛りを見て、たゞ涼しくも茂るよと感ずるのみであるが
蔦の門 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
また細君のみと子夫人が、背中の上の方にかんぬきのかかった薄鼠色の看守服の良人を門口まで送って出て
睡蓮 (新字新仮名) / 横光利一(著)
家の中は豪奢な感じが全然なくて、ハイランド出身の先生の好みが、火炉の山家風な姿や、戸のハンドルやかんぬきに金属を使わず全部木で作ったような所によく出ていた。
かんぬきが外れた。戸が引かれた。上の姉の綱手が上り口に立って、手燭をかざしていた。深雪が
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
重吉は夢中で怒鳴った、そして門のかんぬき双手もろてをかけ、総身の力を入れて引きぬいた。門のとびらは左右に開き、喚声をあげて突撃して来る味方の兵士が、そこの隙間すきまから遠く見えた。
そして私の襟髪えりがみつかんで、地べたをずるずると裏門のところまで引きずって行って、門の外に突き出したかと思うと、荒々しくかんぬきを掛け、自分はさっさと庭の方へ歩いて行った。
半蔵はその会所の見回りを済まし、そこに残って話し込んでいる隣家の伊之助その他の宿役人にも別れて、日暮れ方にはもうとびらを閉じかんぬきを掛ける本陣の表門のくぐをくぐった。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
わたしは国家を代表する者ども以外の誰からもわずらわされることはなかった。わたしの書類を入れてある机以外には錠もかんぬきももたず、掛金または窓にさす釘一本ももっていなかった。
然し彼女は家庭がたとへ工場の如く大きな牢獄でないとしても一層堅固な戸とかんぬきを有してゐることを学ぶのである。家庭はどんなものでも脱れることが出来ない忠実な番人を持つてゐる。
結婚と恋愛 (新字旧仮名) / エマ・ゴールドマン(著)
そして彼はしきりに、西部地方で起きた盗難事件のことを話し、滑稽なほど昂奮して、どうしても私たちも二三日のうちに、窓や扉へ丈夫なかんぬきをつけなくてはならないと主張するのでした。
入院患者 (新字新仮名) / アーサー・コナン・ドイル(著)
その間からお酒にむな焼けのしている皮がはみだすのを、招き猫のような手附きで話をしながら、時々その手で、衣紋えもんを押上げるのだった。羽織のひもかんぬきのように、一文字に胸を渡っていた。
表門が閉された……裏も脇も、通用口も、みんな厳重にかんぬきが入れられた。
三十二刻 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
堀尾君は相手を引っ張り込むが早く、門を締めてかんぬきを下してしまった。
負けない男 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
外へ出るには鉄のかんぬきがあって、外から鉄の閂に錠が下してある。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
門に青錆びたかんぬきのいたさ。十字にかけた罪障の烙印……
希臘十字 (新字旧仮名) / 高祖保(著)
「すると、かんぬきが外れていたというんだな」
到れば長きかんぬきは引かれず、其戸閉されず
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
「そうだろう、俺がかんぬきおろしたからな」
淫売婦 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
例えば雷電らいでんかんぬきとでもいう。
メフィスト (新字新仮名) / 小山清(著)
小頭にかんぬきをかけさした。
坑鬼 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
かんぬきぬけば夏海なつうみ
全都覚醒賦 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
一方の厚戸のかんぬきはずすと、仏具入れの長櫃ながびつがある。位置が変だ。二人がかりで横へ移す。——と、たしかに下へ降りられる穴倉の口。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あわてふためいた老人は、何を考える暇もなく、いきなりかんぬきをはずして板戸をひらき、火焔をみ消すために、室内にけ込んだ。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
自分の刀は腰にかんぬきに差し、それだけはよいが、どう言うものか木綿のしごきで真中をキュッとしばった砥石を、肩から背中の方へ下げている。
天狗外伝 斬られの仙太 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
表門、裏門、くぐりの戸、そいつを押しても見たけれど、内からかんぬきでも下ろされているのか、貧乏ゆるぎさえしなかった。
染吉の朱盆 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)