まよひ)” の例文
盛遠は、まよひがさめて出家するのぢや。俺は、最愛の妻を失うて、いな最愛の妻に、不覺者と見離されて、墨のやうな心を以て、出家するのぢや。
袈裟の良人 (旧字旧仮名) / 菊池寛(著)
戀せる今をまよひと觀れば、悟れる昔の慕ふべくも思はれず、悟れる今を戀と觀れば、昔の迷こそ中々に樂しけれ。戀ほど世にいぶかしきものはあらじ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
此男は Hartmannハルトマンまよひの三期を承認してゐる。ところであらゆる錯迷さくめいを打ち破つて置いて、生を肯定しろと云ふのは無理だと云ふのである。
妄想 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
聞及びしゆゑ家來に召抱めしかゝへたく遙々はる/″\此處まで參りしなりいさゝかの金子などに心をかける事なく隨身ずゐしんなすべしおつては五萬石以上に取立て大名にしつかはすべしまよひ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
かすかに/\、おこたへのあつたやうにもおもはれたが、それもこゝろまよひしんじて、其後そのゝち朝日島あさひじま漂着へうちやくして、あるとき櫻木大佐さくらぎたいさ此事このことかたつたとき大佐たいさ貴女あなた運命うんめいぼくして
為すところ無くしてむなしまよひもてあそばれつつ、終に移すべからざる三月三日のきたるに会へるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
この水の下にこそ不思議な世界があると思つたのは、やはりおれのまよひだつたのであらうか。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
長順 (回想に耽るが如く夢幻的に、)の時其方は全盛の歌ひ、殊に但馬守殿が執着のおもひ者、われは貧しき沙門の小忰こせがれ、どうせ儘ならぬ二人の中、思ふがまよひと人にもいはれ
南蛮寺門前 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
かつまたこれまでのこよみにはつまらぬ吉凶きつきやうしる黒日くろび白日しろびのとてわけもわからぬ日柄ひがらさだめたれば、世間せけんこよみひろひろまるほど、まよひたねおほし、あるひ婚禮こんれい日限にちげんのばし、あるひ轉宅てんたくときちゞ
改暦弁 (旧字旧仮名) / 福沢諭吉(著)
とき方國沴氏はうこくてんし眞四角まつしかく先生せんせいにて、すなはち明州みんしう刺史ししたり。たちまそうとらへてなじつていはく、なんぢなんせいぞ。おそる/\こたへいはく、竺阿彌ちくあみまをしますと。方國はうこくそうをせめていはく、なんぢ職分しよくぶんとしてひとまよひみちびくべし。
唐模様 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
こゝに影ありまよひあり
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
此樣こん孤島はなれしま鍛冶屋かぢやなどのあらうはづはない、一時いちじこゝろまよひかとおもつたが、けつしてこゝろまよひではなく、寂莫じやくばくたるそらにひゞひて、トン、カン、トン、カンと物凄ものすご最早もはやうたがはれぬ。
道のまよひとなるなかれ
若菜集 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
一同いちどう飛立とびたつて、四方しほう見廻みまわしたが、なにえない。さてこゝろまよひであつたらうかと、たがひかほ見合みあはとき、またも一發いつぱつドガン! ふと、大空おほぞらあほいだ武村兵曹たけむらへいそうは、破鐘われがねのやうにさけんだ。
こゝに影ありまよひあり
若菜集 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)