藻屑もくず)” の例文
そして、その同じ日、岩屋島の住民が二人、悪鬼の呪いにかかって、例の人食いの洞穴、魔の淵の藻屑もくずと消える様な悲惨事さえ起った。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
すでに、海底の藻屑もくずと消えたはずの父ステツレルの顔が、つぶれた左眼を暗くくぼませて、寒々とこちらを見返しているのだ。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そうの船が海賊船の重囲に陥った。若し敗れたら、海の藻屑もくずとならなければならない。若しくだったら、賊の刀のさびとならなければならない。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
この間も朝鮮人の密航船が玄海灘で難破して、一行二三十名が藻屑もくずとなったという報道を読んで、うたた感深いものがあった。
玄海灘密航 (新字新仮名) / 金史良(著)
わらわかとすれば年老いてそのかおにあらず、法師かと思えばまた髪はそらざまにあがりて白髪はくはつ多し。よろずのちり藻屑もくずのつきたれども打ち払わず。
俊寛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
とにかく、あっという間に平家一門を海底の藻屑もくずとし、内大臣まで捕虜にして帰ってきた義経の目覚しい働きには、誰もが舌を巻いて絶讃した。
取附とッつきの三段の古棚のうしろのね、物置みたいな暗い中から、——藻屑もくずいたかと思う、汚い服装なりの、小さなばあさんがね、よぼよぼと出て来たんです。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そして、藻掻もがく手足を押込んでしまうと、袋の口を麻縄ロープで厳重にゆわいてしまった。ああ、僕は、こんどこそ海底の藻屑もくずと消え失せなければならないのか。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
「可哀そうだが、この波では清少年はたすからない。今ごろはきっと、太平洋の藻屑もくずになっているだろう。」
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
蒙古もうこの大軍が兵船を連ねて日本に攻めてきたときには、はからずも暴風雨にって、海底の藻屑もくずになってしまったが、今日ではお天気の調べがついているから
空襲警報 (新字新仮名) / 海野十三(著)
小癪こしゃくなる呉の舟艇、一気に江底の藻屑もくずにせん、と怒り立って、そのおびただしい闘艦、大船の艨艟もうどうをまっ黒に押しひらき、天もくろうし、水のもかくれんばかり
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ぱんぱんとひとにらみに藻屑もくずをあばいてやらあと、たいそうもなくりっぱな口をおききでしたが、ぱんぱんはどこへいったんです。藻屑はどこへ流れたんですかよ
「まだ、さては伝え聞きなさらぬか。堯寛たかひろにあざむかれなされて、あえなくも底の藻屑もくずと……矢口で」
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
海上の甲板かんぱんで、軍歌を歌った時には悲壮の念が全身にち渡った。敵の軍艦が突然出てきて、一砲弾のために沈められて、海底の藻屑もくずとなっても遺憾がないと思った。
一兵卒 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
舟には解けたる髪の泥水にまみれしに、藻屑もくずかかりてたおれふしたる少女の姿、たれかあはれと見ざらむ。をりしも漕来る舟に驚きてか、蘆間を離れて、岸のかたへ高く飛びゆくほたるあり。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
藻屑もくずのように振り乱した髪を背に懸け、長いうなじを延びるだけ延ばし、円い肩から、豊かな背の肉を、弓形にくねらせ、片頬を地面へくっ付けたまま、今にも呼吸が切れそうなほどにも
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
寿永じゅえい四年に、平家の一門はことごとく西海さいかい藻屑もくずとなり、今は源家の世となっているのであるから、俊寛に対する重科も自然消え果てて、赦免の使者が朝廷から到来すべきはずであったが
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
だれが一体相手になってくれるんだ! いつ海の藻屑もくずと消えるか、いつ片手をもぎ取られるか、いつ、遠洋航路につくかわからない、無細工な「海坊主」どもを、どこの「娘」が相手になるか。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
(平家没落の後、官女は零落してこの海浜にさまよい、いやしきわざして世を送るも哀れなり。呉羽の局、綾の局、いずれも三十歳前後にて花のさかりを過ぎたる上﨟じょうろう、磯による藻屑もくずを籠に拾う。)
平家蟹 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
藻屑もくずになった漁民りょうみんが何人あるかわからない……といった状態で、アレヨアレヨといううちに、対州鰤をアトカタもなくタタキ付けた連中が、今度は鋒先を転じて南鮮沿海の鯖をいまわし始めた。
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
白日光耀はくじつこうようの下で、形もない鰌の、日のこぼれの、藻屑もくずの、ころころ田螺たにしの、たまには跳ねえび立鬚たてひげまで掬おうとして、笊をかろく、足をあげ、手で鼻をつまみ、振りすて、サッとまた笊を、空へ
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
巣は、黒く、ある所は灰色に光りをんで、枝と枝との間にかかっている。巣からは、黒い乱れた女の髪の毛のようなものが、中空に垂れ下がってなびいている。海の上に漂っている藻屑もくずに似ていた。
森の暗き夜 (新字新仮名) / 小川未明(著)
夜がふけても村へは帰らず、寝床は、はじめから水際近くの舟小屋の中と定めていて、その小屋の中で少しまどろんでは、また、夜の明けぬうちに、汀に飛び出し、流れ寄る藻屑もくずをそれかと驚喜し
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
沸騰ふっとうする飛沫に、翻弄ほんろうされ、そのままあおい水底にしずんで行くかと思われましたが、不意と、ぽッかり赤い表紙がうかび、浮いたり、沈んだり、はては紅い一点となり、消えうせ、太平洋の藻屑もくずとなった。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
さてはついに飛びおりて神田川の藻屑もくずと消えたか!
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
水の底の藻屑もくずでも、共になり果てようという約束をしておりましたことが、みんなうそになるはずがござりましょうか。
燃料や食料を、積み得るだけ艇に移したうえ、室戸丸は、五発の砲弾を喰いそのまま藻屑もくずと消えてしまったのである。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「それとも、われわれの手で、動力機関を破壊し、氷の島を溶かして、敵味方諸共もろとも、海底の藻屑もくずとなるか」
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
ここまで帝にかしずいて来た宮人らも、あらかた舟に乗り遅れて殺されたり、また舷に取りすがった者も、情け容赦なく突き離されて、黄河の藻屑もくずとなってしまった。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ああ、名探偵明智小五郎はついに、あまりにもあっけなく、太平洋の藻屑もくずと消え去ったのであった。
黒蜥蜴 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
寝汗にしとど濡れたれば、襟白粉えりおしろいも水のかおり、身はただ、今しも藻屑もくずの中を浮び出でたかのおもいがする。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
皆とくの昔に藻屑もくずになったり煙になったり雨になったりしているってさ。
諜報中継局 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ボースンは、女房と、六人の子供が、打ち上げられた藻屑もくずのように、ゴタゴタしている、自分の家庭のことを思い出してしまった。「こいつあしまった。行かなきゃよかった」と、彼は思った。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
ぱんぱんとひとにらみに藻屑もくずをあばいてお目にかけるから、ついてきな
何処いずこの者とも分らない航海者や、船乗人が、暴風で船を壊されて、海の藻屑もくずとなって、この浜辺に打ち上げられたものを、この海岸の漁猟人すなどりにん此処ここに葬ったのである。昔からの墓が此処にあるのだ。
越後の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
徳さんとその息子とは、人鬼の奸計によって、恐らくは魔の淵の藻屑もくずと消えてしまったのだ。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
どうして?ッて、見たまえ、いつもは、手拭てぬぐいを当てても堰留せきとめられそうな、田の切目きれめが、薬研形やげんなりに崩込んで、二ツ三ツぐるぐると濁水にごりみずの渦を巻く。ここでは稲が藻屑もくずになって、どうどう流れる。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
動力所の心臓部を抑えながら、わしと君は数十人の敵を同伴して、一路日本へ針路を向けようじゃないか……。なアに、万一、この冒険が失敗したら、そのときは、いさぎよく、海中の藻屑もくずとなったらいい
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
ルパンは太平洋の藻屑もくずと消えたのであろうか。イヤイヤ、一筋縄で行かぬ曲者のことだ。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
留守はただいそ吹く風に藻屑もくずにおいの、たすきかけたるかいなに染むが、浜百合のかおりより、空燻そらだきより、女房には一際ひときわゆかしく、小児こどもを抱いたり、頬摺ほおずりしたり、子守唄うとうたり、つづれさしたり、はりものしたり
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼は風船と悪運を共にして海底の藻屑もくずと消えたのであろうか。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)