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わず
ふりがな文庫
“
纔
(
わず
)” の例文
そう
真正面
(
まとも
)
にいわれた川島は、又あわてて笑いを浮べたのだが、それは片頬が
纔
(
わず
)
かに顫えただけの、我れながら卑屈なものであった。
植物人間
(新字新仮名)
/
蘭郁二郎
(著)
蝋燭やカンテラで
纔
(
わず
)
かに照らしていた時代の歌舞伎劇は、その時分の女形は、或はもう少し実際に近かったのではないであろうか。
陰翳礼讃
(新字新仮名)
/
谷崎潤一郎
(著)
颱風
(
たいふう
)
……その
魘
(
おび
)
え切った霊魂のドン底に
纔
(
わず
)
かに生き残っている人間らしい感情までも、脅やかし、吹き飛ばし、掠奪しようとする。
戦場
(新字新仮名)
/
夢野久作
(著)
こんな
纔
(
わず
)
かな現はれからかなりはつきりと想見出来る様に、
仮令
(
たとえ
)
夫人がその過去にどんな不幸な影を曳きづつて居られようとも
水と砂
(新字旧仮名)
/
神西清
(著)
私は東京の
田尻
(
たじり
)
市長が、市営の廉米を、
纔
(
わず
)
かに一週間にして、市内の白米小売商に依托したような妥協姑息の精神を排斥したいと思います。
食糧騒動について
(新字新仮名)
/
与謝野晶子
(著)
▼ もっと見る
去れど城を守るものも、城を攻むるものも、おのが叫びの
纔
(
わず
)
かにやんで、この深き響きを不用意に聞き得たるとき
耻
(
は
)
ずかしと思えるはなし。
幻影の盾
(新字新仮名)
/
夏目漱石
(著)
少年期を
纔
(
わず
)
かに脱した頃、未だ一つの小説をも、ものしない前に、彼は、
将棋
(
チェス
)
の名人が将棋に於て
有
(
も
)
つような自信を、表現術の上に有っていた。
光と風と夢
(新字新仮名)
/
中島敦
(著)
汚い壁や破れた障子を見廻したり——虚しい視覚や聴覚なぞで
纔
(
わず
)
かに心を作りながら、冷い手触りの茶碗を捉りあげるよりほかに仕方がなかつた。
竹藪の家
(新字旧仮名)
/
坂口安吾
(著)
纔
(
わず
)
かにさす薄光りも、黒い巌石が皆吸いとったように、
岩窟
(
いわむろ
)
の中に見えるものはなかった。唯けはい——彼の人の探り歩くらしい空気の微動があった。
死者の書
(新字新仮名)
/
折口信夫
(著)
時折に、荷車を曳いて人糞をあげに行くだけが、以前に自分の住んでいた部落との
纔
(
わず
)
かな繋がりであった。
都会地図の膨脹
(新字新仮名)
/
佐左木俊郎
(著)
手が、砂地に
引上
(
ひきあ
)
げてある難破船の、
纔
(
わず
)
かにその形を
留
(
とど
)
めて居る、三十
石積
(
こくづみ
)
と見覚えのある、その
舷
(
ふなばた
)
にかかって、五寸釘をヒヤヒヤと
掴
(
つか
)
んで、また
身震
(
みぶるい
)
をした。
星あかり
(新字新仮名)
/
泉鏡花
(著)
イシカリ川の片側を官用通路に沿うて、
纔
(
わず
)
かに
拓
(
ひら
)
けかけているほそぼそとした姿であった。そして、それだけである。対岸一帯の原野には一指も触れていない。
石狩川
(新字新仮名)
/
本庄陸男
(著)
斯う思って此の通りに仕た所、果して秀子は私の所へ遣って来て
纔
(
わず
)
かに話を始めた所へ又貴方が来たのです、貴方の為に肝腎の話を妨げられたは遺憾でしたが
幽霊塔
(新字新仮名)
/
黒岩涙香
(著)
矢っ張り先方の方が強い。投げ出すどころか、捩じ倒されて、二つ撲られた。しかし直ぐ起き直って、又取っ組んだ。又捩じ倒されそうになったが、
纔
(
わず
)
かに持ち
堪
(
こた
)
えた。
勝ち運負け運
(新字新仮名)
/
佐々木邦
(著)
勿論この心地は容易に悟入することは出来ないもので、私などにしても、一進一退、
纔
(
わず
)
かに寸を進めて尺を退くの愚を敢てする事の多いのを常に自ら憐んでゐるのである。
「毒と薬」序
(新字旧仮名)
/
田山花袋
、
田山録弥
(著)
煩悶
(
はんもん
)
して見たり
省察
(
せいさつ
)
して見たりした挙句、横着と云っても
好
(
い
)
いような自覚に到達して、世間の女が多くの男に触れた
後
(
のち
)
に
纔
(
わず
)
かに
贏
(
か
)
ち得る冷静な心と同じような心になった。
雁
(新字新仮名)
/
森鴎外
(著)
昔し昔しナポレオンの乱にオランダ国の運命は断絶して本国は申するに及ばずインド地方まで
悉
(
ことごと
)
く取られてしまって国旗を挙げる場所がなくなった所が世界中
纔
(
わず
)
かに一箇処を
福沢諭吉
(新字新仮名)
/
服部之総
(著)
先生
速
(
すみやか
)
に
肯諾
(
こうだく
)
せられ、
纔
(
わず
)
か一日にして左のごとくの
高序
(
こうじょ
)
を
賜
(
たま
)
わりたるは、実に予の
望外
(
ぼうがい
)
なり。
瘠我慢の説:05 福沢先生を憶う
(新字新仮名)
/
木村芥舟
(著)
水際には
纔
(
わず
)
かではあるが雪も残っているのに蛙が鳴いている。
跫音
(
あしおと
)
が近付くとひたと止んでしまう。どんな蛙か見たいものだと思って、暫らく探したがとうとう知れなかった。
黒部川奥の山旅
(新字新仮名)
/
木暮理太郎
(著)
纔
(
わず
)
かに足を地につけながら仰いで天上の楽に憧れるの恋がある、「鈴慕」は実にそれです。
大菩薩峠:33 不破の関の巻
(新字新仮名)
/
中里介山
(著)
命さえあれば江戸で奉公をして金を貯め、国へ
帰
(
けえ
)
って来て又家を
立
(
たて
)
る工夫もあるべいと思い、
辛
(
つれ
)
えのを忍び国を出る時に
纔
(
わず
)
かに六百の銭を持って来たが、途中で悪者に
出遇
(
であ
)
い
塩原多助一代記
(新字新仮名)
/
三遊亭円朝
(著)
二階がその三人の上に墜落して来たらしく、三人が首を
揃
(
そろ
)
えて、写真か何かに見入っている姿勢で、白骨が残されていたという。
纔
(
わず
)
かの目じるしで、それらの姓名も判明していた。
廃墟から
(新字新仮名)
/
原民喜
(著)
とうとう軍隊を繰出してその警護の
下
(
もと
)
に
纔
(
わず
)
かに選挙を終ったという有様である。
選挙人に与う
(新字新仮名)
/
大隈重信
(著)
信輔は彼と育ちの似寄った中流階級の青年には何のこだわりも感じなかった。が、
纔
(
わず
)
かに彼の知った上流階級の青年には、——時には中流上層階級の青年にも妙に他人らしい憎悪を感じた。
大導寺信輔の半生:――或精神的風景画――
(新字新仮名)
/
芥川竜之介
(著)
そんな負けず嫌いな気もちを歌によんだりして、
纔
(
わず
)
かに悶を
遣
(
や
)
っていた。
ほととぎす
(新字新仮名)
/
堀辰雄
(著)
武田さんも随分あぶらがのっている。偉いと思う。みんな歴史を持っている人たちだけれども、よく疲れられないものと、その苦しみを考えるのだ。私は
纔
(
わず
)
かに七、八年の歴史しか持っていない。
生活
(新字新仮名)
/
林芙美子
(著)
潘
(
はん
)
なにがしは漁業に老熟しているので、常にその
獲物
(
えもの
)
が多かった。ある日、同業者と共に海浜へ出て網を入れると、その重いこと平常に倍し、数人の力をあわせて
纔
(
わず
)
かに引き上げることが出来た。
中国怪奇小説集:16 子不語(清)
(新字新仮名)
/
岡本綺堂
(著)
という形で
纔
(
わず
)
かにその生命をつなぐことができた。
学究生活五十年
(新字新仮名)
/
津田左右吉
(著)
戯
(
たわむれ
)
に「唔咿纔断玉絃鳴。一帳梅花月正横。蓄妓後堂非我分。付佗隣女譜春声。」〔唔咿
纔
(
わず
)
カニ断テバ玉絃鳴ル/一帳ノ梅花月正ニ
横
(
よこざま
)
ナリ/妓ヲ後堂ニ
蓄
(
たくわ
)
フハ我ガ分ニ非ズ/佗ノ隣女ニ付シテ春声ヲ譜セシム〕の如き絶句を
下谷叢話
(新字新仮名)
/
永井荷風
(著)
渇して
纔
(
わず
)
かに吸う希望の露に命を繋いでいる
ファウスト
(新字新仮名)
/
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
(著)
その一例を言えば、
玩具
(
おもちゃ
)
の「起き上り
小法師
(
こぼし
)
」を材料は手前持ちで千個作って、得る所の賃銀は
纔
(
わず
)
かに壱円二十銭です。
婦人指導者への抗議
(新字新仮名)
/
与謝野晶子
(著)
全部が一度に動いて顔の周囲を廻転するかと思うと、局部が
纔
(
わず
)
かに動きやんで、すぐその隣りが動く。見る間に次へ次へと波動が伝わる様にもある。
幻影の盾
(新字新仮名)
/
夏目漱石
(著)
と、それから数丁の間は全然水を見ず、
纔
(
わず
)
かに森の辺から両側の
田圃
(
たんぼ
)
が、二三尺の深さで浸水している程度であった。
細雪:02 中巻
(新字新仮名)
/
谷崎潤一郎
(著)
纔
(
わず
)
かに百年、其短いと言える時間も、文字に縁遠い生活には、さながら太古を考えると、同じ昔となってしまった。
死者の書
(新字新仮名)
/
折口信夫
(著)
彼女には
纔
(
わず
)
かにその
輪廓
(
りんかく
)
だけしか想像されずにゐた長い争闘によつて
傷
(
きずつ
)
いた青年がそこに
横
(
よこた
)
はつてゐた。彼女は
憫
(
あわ
)
れむやうに青年の姿を改めて見直した。
青いポアン
(新字旧仮名)
/
神西清
(著)
それらの葉は無数の影を滲ませながら
纔
(
わず
)
かに細く顫えるやうにも思はれるし、深い奥までひつそりとして、一揺れもせぬ静かな澱みに考へられる時もあつた。
竹藪の家
(新字旧仮名)
/
坂口安吾
(著)
此の時は先刻茲を去ってから既に五時間も経って居る、余は卓子に凭れて
纔
(
わず
)
かに卅分ほど
微睡
(
まどろ
)
んだ積りだけれど四時間の余眠ったと見える、頓て叔父の室に入ると
幽霊塔
(新字新仮名)
/
黒岩涙香
(著)
現に左手の二三
基米
(
キロ
)
の地平線上に、
纔
(
わず
)
かに起伏している村落の廃墟には、数日前から二個大隊の工兵が、新しい大行李と一緒に停滞したまま動き得ないでいる状態である。
戦場
(新字新仮名)
/
夢野久作
(著)
武子台に難を避けた定公の身辺にまで
叛軍
(
はんぐん
)
の矢が
及
(
およ
)
ぶほど、一時は危かったが、孔子の適切な判断と指揮とによって
纔
(
わず
)
かに事無きを得た。子路はまた改めて師の実際家的
手腕
(
しゅわん
)
に敬服する。
弟子
(新字新仮名)
/
中島敦
(著)
汐
(
しお
)
が
入
(
はい
)
ると、さて、さすがに
濡
(
ぬ
)
れずには越せないから、
此処
(
ここ
)
にも一つ、——
以前
(
さき
)
の橋とは
間
(
あわい
)
十
間
(
けん
)
とは
隔
(
へだ
)
たらぬに、また橋を渡してある。これはまた、
纔
(
わず
)
かに板を持って来て、投げたにすぎぬ。
海の使者
(新字新仮名)
/
泉鏡花
(著)
壁面の上部には
纔
(
わず
)
かの罅隙を
覓
(
もと
)
めて根を托した
禾本
(
かほん
)
科らしい植物の葉が、女の髪の毛を
梳
(
す
)
いたように房さりと垂れて、葉末からは雫でも落ちているらしく、手で
扱
(
しご
)
いたように細くなっている。
黒部川奥の山旅
(新字新仮名)
/
木暮理太郎
(著)
その
纔
(
わず
)
かな距離を歩く間にも、夜の劇の期待に心は弾むようだった。
昔の店
(新字新仮名)
/
原民喜
(著)
張船山
(
ちょうせんざん
)
ノ
韵
(
いん
)
ヲ次グニイハク「五十纔過鬢已華。悠悠心迹送残涯。可無詩夢尋春草。未使朝衫付酒家。老後功名如古暦。酔来顔色似唐花。東風料峭天街遠。力疾還登下沢車。」〔五十
纔
(
わず
)
カニ過ギテ鬢已ニ華/悠悠心迹残涯ヲ送ル/詩夢ノ春草ヲ
尋
(
と
)
フコト無カル可ケンヤ/未ダ朝衫ヲ
下谷叢話
(新字新仮名)
/
永井荷風
(著)
その行為が資本家の行為と
纔
(
わず
)
かに五十歩百歩の差を以て利己的行為たるを免れないことに赤面せねばならないでしょう。
階級闘争の彼方へ
(新字新仮名)
/
与謝野晶子
(著)
ようやく生き残って東京に帰った余は、病に因って
纔
(
わず
)
かに
享
(
う
)
けえたこの
長閑
(
のどか
)
な心持を早くも失わんとしつつある。
思い出す事など
(新字新仮名)
/
夏目漱石
(著)
学院の門は
殆
(
ほとん
)
ど埋没して
纔
(
わず
)
かに門柱の頭が少しばかり地面に露出しているに過ぎず、平屋建ての校舎も、スレート
葺
(
ぶ
)
きの屋根だけを残して
埋
(
うず
)
まっていた。
細雪:02 中巻
(新字新仮名)
/
谷崎潤一郎
(著)
ほんの
纔
(
わず
)
かの眠りをとる間も、ものに驚いて覚めるようになった。其でも、八百部の声を聞く時分になると、衰えたなりに、健康は定まって来たように見えた。
死者の書
(新字新仮名)
/
折口信夫
(著)
それは全く
纔
(
わず
)
かに小さな穴ではあつたが、其処を通して青々と光る深い空を——其処にもすでに深い暮色が流されてゐた——鬱いだ放心を押し展くやうにはるばると眺めることが出来た。
竹藪の家
(新字旧仮名)
/
坂口安吾
(著)
熱帯に於てのみ私は
纔
(
わず
)
かに健康なのだ。亜熱帯の此処(ニュー・カレドニア)でさえ、私は直ぐに風邪を引く。シドニーでは到頭喀血をやって了った。霧の深い英国へ帰るなど、今は思いも寄らぬ。
光と風と夢
(新字新仮名)
/
中島敦
(著)
と、
纔
(
わず
)
かに
便
(
たより
)
を得たらしく、我を忘れて擦り寄った。
悪獣篇
(新字新仮名)
/
泉鏡花
(著)
纔
漢検1級
部首:⽷
23画
“纔”を含む語句
方纔
方纔篋
纔者
纔訴