精緻せいち)” の例文
その精緻せいちな社会主義的方面の知識と、改革者的な熱誠とを文筆に傾倒して、最も率直に我国の急進派婦人を代表される山川菊栄やまかわきくえ夫人が
新婦人協会の請願運動 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
すべてのものに開かれ、何物も否定せず、何物も憎まず、寛大な同情で世界を観照する、広い精緻せいちな精神的好奇心をそなえていた。
現代の物理学は非常に発達し、精緻せいちをきわめた体系をもっているが、その形式は全くギリシァ時代の人間の考え方と、ほとんど差がない。
比較科学論 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
例へば自叙伝の執筆の如きわが身の上をも他人のやうに眺め取扱ふ余裕なくんばいかでか精緻せいち深刻なる心理の解剖かいぼうを試み得んや。
小説作法 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
つてユーゴのミゼレハル、銀器ぎんきぬす一條いちでうみしときその精緻せいちおどろきしことありしが、このしよするところおそらくりんにあらざるべし。
罪と罰(内田不知庵訳) (旧字旧仮名) / 北村透谷(著)
フランス印象派の音楽をきわめて精緻せいちな境地に引き上げた作曲家、精緻に過ぎて大衆性はないが、芸術的な香気の高い作品が少なくない。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
この気合で押して行く以上はいかに複雑に進むともいかに精緻せいちおもむくともまたいかに解剖的に説き入るとも調子は依然として同じ事である。
写生文 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
玄関を上ったところは、広間だった。その広間の左の壁には、ゴヤの描いた『踊り子』の絵の、可なり精緻せいちな模写が掲げてあった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
演じたのは磯貝次郎左衛門、三浦与次右衛門という浪人者で、従来あった柔術小具足に新たな技法をとりいれた、精緻せいち巧妙な武術だという。
狂躁きょうそう状態の内面描写——ことに正常な意識と病的な意識との並存状況の精緻せいちきわまる浮彫りにおいて、古典的価値を有するものとされている。
肉弾相打って国技の精緻せいちが、いまやそこに現出されんとした瞬間——まことにどうも変な結果になったものでした。
盲人一流の芸者として当然の事なれども、触覚鋭敏精緻せいちにして、琉球時計という特殊の和蘭オランダ製の時計の掃除、修繕を探りながら自らやって楽しんでいた。
盲人独笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
かくのごとく深くして根強い魂が発展して、自らとった論理の精緻せいちや統一の完全こそ真に偉大なる哲学には決して欠けてはならないところの形式である。
語られざる哲学 (新字新仮名) / 三木清(著)
用に遠いが故に美にもまた遠い。丹念とか精緻せいちとかの趣きはあろう。だがそれは畢竟ひっきょう技巧の遊戯に落ちる。美の病は多く技巧より入ると知らねばならぬ。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
其用は信仰上しんこうじやう關係を有するか、たん玩弄品ぐわんろうひんたるか未だつまびらかならずと雖も、間々製作せいさく巧妙こうめう精緻せいちなる物有るを以て見れば甲のかんがへの方實に近からんとおもはる。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
万花まんげいろどりには、琥珀こはく、さんご、真珠をちりばめ、瓔珞ようらくには七ツの小さい金鈴と、数珠宝珠ずずだまをさげるなど、妙巧の精緻せいち、ただ見恍みとれるのほか、ことばもない。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼の精緻せいちな空想がこもり、また一筆ごとにおぼろげなものとなった、なぜとも知らず身ぶるいするために
しかし思想が剛健で、しかも観察の精緻せいちを兼ねて、人を吸引ひきつける力のさかんにあふれて居るといふことは、一度其著述を読んだものゝ誰しも感ずる特色なのである。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
あらゆる科学の粋を集めたいかなる器械と比べても到底比較にならないほど精緻せいちをきわめたものである。
感覚と科学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
茂太郎が高唱したものの、なおいっそう深刻にして精緻せいちな内容が、あの原稿紙に載せられつつある。
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
T夫人の客間においては、皆ひいでた階級の人々であったから、花やかな礼容の下に、趣味は洗煉せんれんされまた尊大になっていた。習慣は無意識的なあらゆる精緻せいちさを含んでいた。
釜の話は此手紙の中で最も欣賞きんしやうすべき文章である。叙事は精緻せいちを極めて一の剩語じようごをだに著けない。實につて文をる間に、『そりや釜の中よ』以下の如き空想の發動を見る。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
しかも彼の感受性は、静の状態のうちより動の響きを聴き取るだけの精緻せいちさを具え、その響きを精細に分析するだけの鋭利さを具え、全体を整然と統一するだけの明敏なる知力を伴っている。
簡樸かんぼくなるは漢土の詩の長所なり、精緻せいちなるは欧米の詩の長所なり、優柔なるは和歌の長所なり、軽妙なるは俳句の長所なり。しかれども俳句全く簡樸、精緻、優柔を欠くに非ず、他の文学またしかり。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
一つの歌曲リードには四行から六行くらいの詩句で十分である。もっとも単純な表現でよろしい。巧妙な展聞も精緻せいち和声ハーモニーもいらない。
次第に生長し変化して、初期の美しさを失ったが、同時に精緻せいちに暗くなっていくストラヴィンスキーを見るのは興味深い。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
余は彼の独特ユニークなのに敬服しながら、そのあまりに精細過ぎて、話の筋を往々にして殺して仕舞しまう失敗を歎じた位、彼は精緻せいちな自然の観察者である。
十勝岳の中腹で見られる雪の結晶は、札幌などで知られる結晶とはまた一段の精緻せいちさを見せているのであった。
雪を作る話 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
今彼我ノ二書ヲ比較スルニ東武ノ詩人大沼枕山おおぬまちんざんノ事ニ関シテハ彼ハ我ニ比シテヤヤ簡略ナリトイヘドモ中京ノ詩人森春濤もりしゅんとうノ事ニツキテハはるか精緻せいちヲ極メタリ。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
またはそこに婉麗えんれいな優雅な精緻せいちな美を認め得ないと言って、冷やかに見てはならぬ。否、末期においてすらこれほどのものを造り得たという事を感歎せねばならぬ。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
この実に精緻せいちな肖像画(というのは、それはどうも戯画カリカチュアと名づけるわけにはいかなかったのだから)
これを前にしては、西鶴の精緻せいちが無く、近松の濃艶が無く、馬琴の豪壮が無く、三馬の写実が無く、一九の滑稽が無い——これを後にしては紅葉、漱石の才人も出て来ない。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
現在の精密科学の方法の重要な目標は高級な数理の応用と、精緻せいちな器械を用いる測定である。これが百年前の物理学と今の物理学との間に截然せつぜんたる区別の目標を与えるのである。
ルクレチウスと科学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
講壇で語られ研究室で論ぜられる哲学が論理の巧妙と思索の精緻せいちとを誇ろうとするとき、懺悔としての語られざる哲学は純粋なる心情と謙虚なる精神とを失わないように努力する。
語られざる哲学 (新字新仮名) / 三木清(著)
「曹操とても、兵学に通じておるもの。いかでさような計略におちいろう。お考えは至妙なりといえど、おそらく鳥網ちょうもう精緻せいちにして一ちょうかからず、獲物のほうでその策には乗りますまい」
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
直截ちょくせつに語れ。脂粉と嬌飾きょうしょくとをなくして語れ。理解されるように語れ。一群の精緻せいちな人々からではなく、多数の人々から、もっとも単純な人々から、もっとも微々たる人々から、理解されることだ。
「佐藤春夫曰く、悪趣味の極端。したがってここでは、誇張されたるものの美が、もくろまれて居る。」——「文士相軽。文士相重。ゆきつ、戻りつ。——ねむり薬の精緻せいちなる秤器はかり。無表情の看護婦があらあらしく秤器を ...
めくら草紙 (新字新仮名) / 太宰治(著)
それをすっかり信ずるには、あまりに精緻せいちでまた嘲笑ちょうしょう的だった。そして怒った時でさえも、冷静を維持する法をよく知っていた。
ちっとも卑猥ひわいな心持を起させずに、ただ精緻せいちな観察其物として、他をぐいぐい引き付けて行く処などは、うしてもうまいと云わなければなりません。
木下杢太郎『唐草表紙』序 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
人々は精緻せいちなる機械そのものへの驚異を、ただちにかかる機械の産む製品への驚異としてはならぬ。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
雪の結晶については、「複雑精緻せいちをきわめた美しい六花ろっか」という言葉が、昔から使われて来た。
(新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
ワグナーの音楽は音楽文化の上にきわめて重要性を持つことは言うまでもないが、その構成が雄大で、複雑精緻せいちを極むるために、いつまでたっても難しさは解消されない。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
白絹でつつんで、さらに、ちつで抱いた愛らしい一帖いちじょう経本きょうほんがはいっていた。紺紙に金泥きんでいの細かい文字が、一字一字、精緻せいちな仏身のように、端厳たんげんな気と、精進しょうじんの念をこめて、書かれてあった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この一首を見ても星巌の風土に対する観察の精緻せいちであることが知られる。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
律動リズム和声ハーモニーとの珍しい発見物、光沢こうたくのある柔らかい精緻せいちな織物の配列、色彩の絢爛けんらん、発明力と機智との不断の傾注、などを認めざるを得なかった。
人間業とは思えぬ巧妙精緻せいちな風太郎の手口を見ると、決して二人や三人の仕事ではなく、異常な頭脳あたまと体力を持ったたった一人の仕業に違いないということがよくわかります。
忘月忘日 数日来の手痛き経験と精緻せいちなる思索とによって余は下の結論に到着した
自転車日記 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いかに精緻せいちな機械も自然の手に比べるなら、どんなに粗野であろう。機械的作品が劣るのは、あまりにその工程と結果とが簡単であるからと云えないであろうか。試みに一の字を描いてみよう。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
そしてグルック式の鈍重さやワグナー式の野蛮さなどを好んであざけり、それにフランスの精緻せいちさを対立さしていた。
若冲の図は大抵精緻せいちな彩色ものが多いが、この鶴は世間に気兼きがねなしの一筆ひとふでがきで、一本足ですらりと立った上に、卵形たまごなりの胴がふわっとのっかっている様子は、はなはだ吾意わがいを得て、飄逸ひょういつおもむき
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)