短檠たんけい)” の例文
彼女のたもとの風に揺れた短檠たんけいが、家康の半顔に明滅していた。その頬に血しおが光っている。惨として、髪の毛がほつれている。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
名人は短檠たんけいを片手にすると、いまだにしんしんとおやみなく降りしきる粉雪を浴びつつ、やおらふたたび庭先に降り立ちました。
みよ、部屋には八百助がいる、例のとおり短檠たんけいを側に置いて、山吹色の小判を数えている、権頭は刀の柄に手を掛け、天床も裂けよと絶叫した。
短檠たんけいの火が裾を照らし、床に引いている長い部分や、腰のあたりまでを玉虫色にしたが、肩のあたりは朦朧もうろうとぼけ、天井の闇に融けそうに見えた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
見ていると、短檠たんけいの明りが隙間洩る風にあおられてゆら/\とはためくたびに、その高い鼻柱が寝顔の半面に黒い影を落して、同じようにゆら/\と動く。
赤き短檠たんけいの光に、主人の渡と妻の袈裟とがしめやかに向ひ合つて居る。袈裟は、年十六。輝くが如き美貌。
袈裟の良人 (旧字旧仮名) / 菊池寛(著)
夫人、世話めかしく、雪洞ぼんぼりの蝋を抜き、短檠たんけいの灯を移す。しょくをとって、じっと図書のおもてる、恍惚うっとりとす。
天守物語 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
フト眼を覺ますと、薄暗い短檠たんけいもとに、綺麗な友禪の長襦袢一つになつたお時さんの姿が、覗きからくりの繪のやうに、夢ともなく幻ともなく動いてゐるらしかつた。
父の婚礼 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
半七郎が、うやうやしく差しだした嘆願書を上野介は無造作にうけとると、すぐ短檠たんけいかげの下で一気に読み下した。事件は上野介の到着する二日前に起ったのである。
本所松坂町 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
無論、自分もその一方の、熊の皮か何かを敷いた一席に座を構えているので、あたりを見れば短檠たんけいが切ってあって、その傍らに見台けんだいがある、見台の上には「孫子そんし」がのせてある。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
とばかり読むも短檠たんけい
騎士と姫 (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
短檠たんけいの明りが、庭先へ届いている。どこかで甘いにおいがするなと思って見ると、藤の花がこぼれているのである。紫もある白藤もある。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
応じて時を移さずに新らしい短檠たんけいを捧げ持ち乍ら、いんぎんにそこへ姿を見せたのは、お気に入りの近侍きんじ道弥ならで、茶坊主の大無たいむである。
老中の眼鏡 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
座敷の中央に端然と花村親子が坐っていて、一個の短檠たんけいに細々と鯨油のともしがともっている。如来衛門は平伏した。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
夫人が短檠たんけい灯影ほかげのもとにうつむいて、心に浮かび出る文句を口のうちであれかこれかとり分けているときの、深く考え込んだ表情を見るのが楽しみなのであった。
家の中には短檠たんけいをかかげて、一人の若者がいま金を数えている。
短檠たんけいのほびもせぬ
わなゝき (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
短檠たんけいの灯にじっと、ひとみをこらして、なおいおうとしたが、義清の惨心に思いを遣り、またあまりにいい過ぎては味もないとするように。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
唐来とおぼしき金具造りの短檠たんけいにはあかあかとあかりがとぼされ、座にはきんらんのおしとねが二枚、蒔絵まきえ模様のけっこうやかなおタバコ盆には
廻廊ごしに山の景色の見える、古びてはいるが高雅な部屋に、几帳きちょうを横にし経机きょうづくえり、短檠たんけいの光かすかな中で、飛天夜叉の桂子かつらこが、観音経を書写しょしゃしていた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ここかしこの短檠たんけいや燈台の灯はすみをふいて暗く揺れ、火元の方の烈しい物音と共に、たちまち物凄い家鳴やなりがすべてをつつんでしまった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ほのめく短檠たんけいの下に明皎々めいこうこう銀蛇ぎんだの光を放って、見るから人の生き血に飢えているもののごとき形相でありました。
一架の短檠たんけいに室を照らさせ朦朧もうろう四辺あたりの暗い中に平素の衣裳を着けたまま彼は端然と坐っている。一切の苦悶を解放して安心立命した人のように彼の容貌は朗らかである。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
やがては、壁も天井も、そして一すい短檠たんけいの灯までが、水音を立てているのではないかと疑われるほど、武蔵は冷々ひえびえとした気につつまれた。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
黙ってすうと這入って来ると、短檠たんけい灯影ほかげをさけるようにして、その美しい面を横にそむけながら、大の字となっている兄のうしろに黙々と寝間着を介添えました。
座敷には円座が敷かれてあり、短檠たんけいの火がともっている。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ほの暗い短檠たんけいのあかりにしては、洞然どうぜんと広すぎるここの一間に、無事な妻子のすがたを見出すと、彼は、やはりどこかでほっとしたように
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこへ伝六がを入れて短檠たんけいを持ってきたので、すわり直しながら少年僧を手招きました。
ひとりつぶやいて、坐り直した。そして短檠たんけいの灯をふき消すと、四角な狭間はざまから蒼い月の光がして彼の膝近くまでとどいた。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
叫びながら伝六が表玄関に威勢よく駕籠かごをのりつけて、鼻高々とひとりの御殿女中を引ったててまいりましたものでしたから、右門はおもむろに短檠たんけいのあかしをかきたてると
しかも篝火かがりなどは用いず、部屋部屋の灯もうす暗い短檠たんけいや燭台ぐらいなもので、人々の足音や気配まで、ふだんよりひっそり静まり返っているだけ
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
どうやら平安城流へいあんじょうりゅうを引いたらしい大変おおのたれ物で、荒沸あらにえ、匂い、乱れの工合、先ず近江守か、相模守あたりの作刀らしい業物でしたから、時刻は今短檠たんけいに灯が這入ったばかりの夕景とは言い条
一様にしのびの目立たぬ身装みなり、茶室であるから仰山ぎょうさんな会釈はなく、短檠たんけいの灯もほの揺らがぬ程、もの静かに席へつく。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
五体をふるわし、唇をわななかせ乍ら躍り込んでいった千之介の、血走っているその目にはっきり映ったのは、ほの暗い短檠たんけいの灯りをあび乍ら、こちらに背を見せて坐っていた妻の姿である。
十万石の怪談 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
ふっと、いきがしたと思うと、短檠たんけいは消えていた。寝ている者の眼をさまさせまいとするように、しのびやかな跫音あしおとが室を出て、後を閉めた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あわてて短檠たんけいをふりかざしながら、庭先へさし出そうとすると——
短檠たんけいの灯は、いつか風に消えていたが、三郎兵衛のさし俯向うつむいたままのおもてに、白い月影が、よけい白くしていた。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それとともに、暗かったへやの中には、けはいを知った娘の手によって、あわただしく短檠たんけいがともされ、じいじいと陰に悲しく明滅するあかりのもとに、その姿のすべてがパッと浮かび上がりました。
紙燭しそく短檠たんけいのにぶい光がゆらめいているのが見え、室によっては、ふすまなども取りはずされ、何事か、この一軒の中に、大きな変事が起りつつあることを
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その土小屋の一つへはいると、短檠たんけいの灯があって、荒むしろの上に、正成の姿がみえ、横に正季が坐っていた。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こうした空想の糸は限りもなく手繰たぐり出された。新九郎はやがてその空想に疲れて顔を上げると座敷の隅の短檠たんけいが、冥途よみあかりのように仄白ほのじろくなって行った。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お延はしどけない妖姿を、グイと仰向けにらして顔を短檠たんけいに届かせた……フッ……短檠の灯は吹き消された。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこへ洩れてくる虫の音と夜風に、短檠たんけいの灯はほのかにたえずうごいている。そしてちり一つない婚礼の席は、華燭かしょくという文字には当嵌あてはまらないほど仄暗ほのぐらかった。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
じゃくとして——庵室のうちは静かなのである——ただ短檠たんけい一穂いっすいの灯が、そこの蔀簾しとみすだれのうちで夜風に揺れていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
開けひろげた三方の柱に、すだれがかけてある。水を打った植込みの蔭には、チチチと涼やかに虫のがながれ、そこにもほのかな短檠たんけいが、微風にまたたいている。
大谷刑部 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お甲の息が、短檠たんけいの明りを消した。横にのばした体を猫のように縮めて、武蔵たけぞうのそばへ、そっと寄り添って。
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何となく、火色のわる短檠たんけいの灯を見つめて、陰々滅々いんいんめつめつこだまする犬の声をかぞえるように聴き耳をたてていた。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
住持から受けて来たらしい餞別せんべつの笠、草鞋わらじなど、旅装のものを枕べにおき、短檠たんけいの灯を消して、寝床とこについた。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
秀吉の歩んでゆく所、甲冑かっちゅうの人影が、次々出迎えた。営中はすでに仄暗ほのぐらく、随所、短檠たんけいの灯やかがりがともっている。彼は、客殿とみゆる一室にようやく坐った。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし、短檠たんけいのかげ、たなのかげ、調度ちょうどのもののかげのほか、あやしいというもののかげは見あたらない。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)