焦慮あせ)” の例文
訪問おとづれて往くと先づ籐椅子に腰を降して、對向つた永井と語るのは、世間へ出ようとお互に焦慮あせつて居る文學青年の文學談であつた。
永井荷風といふ男 (旧字旧仮名) / 生田葵山(著)
これは大変だと気がついて、根気に心を取り直そうとしたが、遅かった。踏み答えて見ようと百方に焦慮あせれば焦慮るほど厭になる。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
正に此新潮にさをさして彼岸に達しようと焦慮あせつて居る人なので、彼自身は、其半生に種々な黒い影を伴つて居る所から、殆ど町民に信じられて居ぬけれど
菊池君 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
勘次かんじおほはれたやうで心細こゝろぼそきりなかに、其麽そんなことでいちじるしく延長えんちやうされた水路すゐろ辿たどつてながら、悠然ゆつくりとしてにぶさをてやうをするのにこゝろ焦慮あせらせて
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
父の嘉明の小兵こひょうに似ず、六尺豊かな加藤式部少輔明成は、足摺あしずりして焦慮あせった。主がこの気もちだから、血気な士ははやりきって、何かというと殺気立った。
討たせてやらぬ敵討 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
『……ああいう人気者は蜉蝣かげろうだね、だからわずかな青春のうちに、巨大な羽ばたきをしようと焦慮あせるんだ——ね』
腐った蜉蝣 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
ものが実力以上に出来過ぎたとき、さあ、この期をはずさず人に見せて喝采を博したい。こうも焦慮あせります。ものが実力以下に出来たとき、さあ不安で堪らない。
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
悠乎ゆうこと読書に親しむことができたので、特に勉強の時間を定めて焦慮あせってやるという必要はなく苦痛を感じながら机に向かうというようなこともさらになかった。
わが中学時代の勉強法 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
彼女を擁護しようと焦慮あせったことが、二重に彼を嘲笑ちょうしょううずきこんで、手も足も出なくしてしまった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「騙しやせん。……早うして呉れ。おむすがあがると何んにもならん。」と、若い衆は焦慮あせつた。
石川五右衛門の生立 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
一日一日が彼を引きっていた。そして裡に住むべきところをなくした魂は、常に外界へ逃れよう逃れようと焦慮あせっていた。——昼は部屋の窓をひらいて盲人のようにそとの風景を凝視みつめる。
冬の日 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
焦慮あせってはならぬ。少しの間の辛抱だ」
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
正に此新潮にさをさして彼岸に達しようと焦慮あせつて居る人なので、彼自身は、其半生に種々いろんな黒い影を伴つて居る所から、殆ど町民に信じられて居ぬけれど
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
黒吉は、折角、直って来たらしい親方の機嫌を、又こじらしては大変と、焦慮あせって弁解に勉めたが、自分にもハッキリと判らないことが、親方に呑込めるだろうか。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
耕耘かううん時期じきいつしてるのと、肥料ひれう缺乏けつばふとでいく焦慮あせつても到底たうてい滿足まんぞく結果けつくわられないのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
餅は魔物だなとかんづいた時はすでに遅かった。沼へでも落ちた人が足を抜こうと焦慮あせるたびにぶくぶく深く沈むように、噛めば噛むほど口が重くなる、歯が動かなくなる。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
飲食事のみくひごとをしながら、磯村は出来るだけ、彼女から話を引出さうと焦慮あせつた結果、少しづつ小出しにそれを引出させることはできたけれど、それはほんの現在の身のうへくらゐのことであつた。
花が咲く (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
忠太郎 (もしやと思わず焦慮あせり)あるのか——お前に。(暗い気になる)
瞼の母 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
頻りに焦慮あせる様子を見ると、どうも覚束おぼつかない様子でございますねえ
或る秋の紫式部 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
再び女を捉へようと焦慮あせるけれど、女は其度男と反對の方へ動く、妙に落着拂つた其顏が、着て居る職服きものと見分けがつかぬ程眞白に見えて、明確さだかならぬ顏立の中に
病院の窓 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
かれたゞ/\の生活せいくわつ自分じぶんこゝろいくらでも餘裕よゆうあたへてれればとのみ焦慮あせつてるのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
だが、忘れようと、焦慮あせれば焦慮るほど、私はあのネネの、真綿で造られた人形のような、柔かい曲線に包まれた肉体を想い出し、キリキリと胸に刺込む痛みを覚えるのだ。
腐った蜉蝣 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
しかしそれがために、また会いたいの焦慮あせるのという熱は起らなかった。その当日のぱっとした色彩がげて行くに連れて、番町の方が依然として重要な問題になって来た。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おはま (その駕籠に乗って、心も空に焦慮あせっている)
瞼の母 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
渠は、右から、左から、再び女を捉へようと焦慮あせるけれど、女は其度男と反対の方へ動く。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
Kの場合も同じなのですが、彼の焦慮あせり方はまた普通に比べるとはるかにはなはだしかったのです。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼はいくらねむろうと焦慮あせっても、眠ることが出来なかった、この一座の未来が、つまり自分と葉子との未来に大きな関係のあるこの一座の「明日」が、一体、吉なのであろうか
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
すると彼の意志はその局部に対して全く平生の命令権を失ってしまう。めさせようと焦慮あせれば焦慮るほど、筋肉の方でなお云う事を聞かなくなる。——これが過程であった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
喇叭節ラツパぶしを懸賞で募集したり、芸妓評判記を募つたり、頻りに俗受の好い様にと焦慮あせつてるので、初め私も其向うを張らうかと持出したのを、主筆初め社長までが不賛成で、出来るだけ清潔な
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
黒吉は、夢中で、神経を酒びたしにしようと焦慮あせった……。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
このさむさを無理むりして、一日いちにちはやはるらうと焦慮あせるやうな表通おもてどほり活動くわつどうを、宗助そうすけいまたばかりなので、そのはさみおとが、如何いかにもせはしないひゞきとなつてかれ鼓膜こまくつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「毎日」のり方は、喇叭節ラッパぶしを懸賞で募集したり、藝妓評判記を募つたり、頻りに俗受の好い様にと焦慮あせつてるので、初め私も其向うを張らうかと持出したのを、主筆初め社長までが不賛成で
菊池君 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
いくらしようと焦慮あせっても、調ととのわない事が多かった。それが病気になると、がらりと変った。余は寝ていた。黙って寝ていただけである。すると医者が来た。社員が来た。さいが来た。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この寒さを無理に乗り越して、一日も早く春に入ろうと焦慮あせるような表通の活動を、宗助は今見て来たばかりなので、その鋏の音が、いかにもせわしない響となって彼の鼓膜を打った。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
要するに僕はひらいて地理を調査する人だったのだ。それでいて脚絆きゃはんを着けて山河さんか跋渉ばっしょうする実地の人と、同じ経験をしようと焦慮あせり抜いているのだ。僕は迂濶うかつなのだ。僕は矛盾なのだ。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)