波止場はとば)” の例文
なかでも、波止場はとば人混ひとごみのなかで、押しつぶされそうになりながら、手巾ハンカチをふっている老母の姿をみたときは目頭めがしらが熱くなりました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
僕はその仮定を確めるために、神戸の波止場はとば仲仕なかしを働きながら、不思議な秘密の楽しみをもっている人達の中を探しまわったのだ。
ゴールデン・バット事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そうして私たちはすぐ近くの波止場はとばの方へ足を向けた。あいにく曇っていていかにも寒い。海の色はなんだかどすぐろくさえあった。
旅の絵 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
はやきようにても女の足のおくれがちにて、途中は左右の腰縄こしなわに引きられつつ、かろうじて波止場はとばに到り、それより船に移し入れらる。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
地勢としての横浜は神奈川より岸深きしぶかで、海岸にはすでに波止場はとばされていたが、いかに言ってもまだ開けたばかりの港だ。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
葉子は寝床にはいってから、軽いいたみのある所をそっと平手でさすりながら、船がシヤトルの波止場はとばに着く時のありさまを想像してみた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
わたしたちは何週間もリヨンに滞在たいざいしていた。そのあいだひまさえあればいく度もわたしはローヌ川と、ソーヌ川の波止場はとばに行ってみた。
が七になつても、ふねはひた/\と波止場はとばきはまでせてながら、まだなか/\けさうにない。のうちまたしても銅鑼どらる。
検疫と荷物検査 (新字旧仮名) / 杉村楚人冠(著)
君が横浜を出帆した日、銅鑼どらが鳴って、見送りに来た連中が、皆、梯子はしご伝いに、船から波止場はとばへおりると、僕はジョオンズといっしょになった。
出帆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
船をたずねて波止場はとばへ行く道を人に尋ねると、人はよく教えてくれましたから、お君は、その通りに行こうとする時分に、後ろからけたたましいひづめの音。
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その後にも海岸の波止場はとばから落ちて溺れかかった事もあった。また射的しゃてきをしている人の鉄砲の筒口の正面へ突然顔を出して危うく助かった事もあった。
レーリー卿(Lord Rayleigh) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
片腕をらんかんにもたせながら、かれは、船の出発の時に居合せようとして波止場はとばをぶらついているのんきな群衆と、船上の旅客たちとをながめていた。
いっぽう、その夜ふけて、梅雪のかりのやかたをでていった三つのかげは、なにかヒソヒソささやきながら堺の町から、くらい波止場はとばのほうへあるいていく。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
波止場はとばからあがって真直まっすぐに行くと、大連の町へ出る。それを真直に行かずに、すぐ左へ折れて長い上屋うわやの影を向うへ、三四町通り越した所に相生あいおいさんの家がある。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
四辺あたり寂然さびしくひそまり返り、諸所あちこち波止場はとば船渠ドックの中に繋纜ふながかりしている商船などの、マストや舷頭にともされている眠そうな青い光芒も、今は光さえ弱って見えた。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
庸三も妻が死んでからいろいろの物が無くなり、卓子テイブル掛けのジャバ更紗さらさも見つからないので、機械刺繍の安物を一つ買って、それから波止場はとばの方へも行ってみた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
母はほのかなわびしさを感じたのか、私の手を強くにぎりながら私を引っぱって波止場はとばの方へ歩いて行った。
風琴と魚の町 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
波止場はとばで船を待っているうちに、空がようやく明り出した。雲が千切れながら、青い空を見せ始めた。船を待つ人は皆、痴呆ちほうに似た表情をし、あまり口をかなかった。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
波止場はとばの上まで出てきて待ちうけていたソンキ、三日に一度はちこくする仁太にた、おしゃまのマスノ、えんりょやの早苗さなえ、一学期に二度も教室で小便をもらした吉次、と
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
こういう考えで警察の方でも専ら波止場はとばを警戒していると、ジャワ行きの船がいよいよ出帆するというその前夜、海岸で突然にピストルの音が二発つづけて聞こえたので
探偵夜話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
やがて船が長崎につくと、薄紫地のの長い服を着た商人らしい支那人が葉巻をくわえながら小舟に乗って父をたずねに来た。その頃長崎には汽船が横づけになるような波止場はとばはなかった。
十九の秋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
かの字港に着くと、船頭がもう用意したくをして待っていた。寂しい小さな港の小さな波止場はとばの内から船を出すとすぐ帆を張った、風の具合がいいので船は少し左舷さげんかしぎながら心持ちよくはしった。
鹿狩り (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
波止場はとばには、新司令官フロスト陸軍少将が、守備隊をひきつれて出ている。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
さうして港の波止場はとばに訪ねくるとき、汽船のおーぼーといふ叫びを聞き、ほばしらのにぎやかな林の向うに、青い空の光るのをみてゐると、しぜんと人間の心のかげに、憂愁のさびしい涙がながれてくる。
田舎の時計他十二篇 (新字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
彼は波止場はとばの方へふら/\歩いて行つた。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
上海シャンハイみぞるゝ波止場はとばあとにせり
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
低き波止場はとばふなよそひ
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
葉子は他の乗客と同じように手欄てすりによりかかって、静かな春雨はるさめのように降っている雨のしずくに顔をなぶらせながら、波止場はとばのほうをながめていたが
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
三か所の波止場はとばも設けられ、三棟みむねばかりの倉庫も落成した。内外の商人はまだ来て取り引きを始めるまでには至らなかったが、なんとなく人気は引き立った。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
赤濁あかにごりに濁った長江ちょうこうの水に、まばゆ水脈みおを引いたなり、西か東かへ去ったであろう。その水の見える波止場はとばには、裸も同様な乞食こじきが一人、西瓜すいかの皮をじっている。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
先生だけは一人少しはなれた舷側げんそくにもたれて身動きもしないでじっと波止場はとばを見おろしていた。
夏目漱石先生の追憶 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
波止場はとばか橋の上で、そこから川の上流を見たり、下流を見たり、わたしの目は白鳥号をさがした。
村のとっつきの小さな波止場はとばでは、波止場のすぐ入り口で漁船がてんぷくして、くじらの背のような船底ふなぞこを見せているし、波止場にはいれなかったのか、道路の上にも幾隻いくせきかの船があげられていた。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
入江の波止場はとばに群がったかれ等は、内火艇が入ってくるのを見ると
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
波止場はとばの憂鬱な道を行かう。
定本青猫:01 定本青猫 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
ゆき波止場はとば
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そうしてどっちか先へのったほうを、あとにのこされたほうが見送るという習慣があった。今日きょう、船の上にいる君が、波止場はとばをながめるのも、その時とたいした変わりはない。
出帆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
わたしたちはボブの兄弟のあとについて、いくつかれ曲がったしずかな通りを通って、波止場はとばに着いた。かれはひと言も口をきくことなしに、一そうの小さい帆船はんせんを指さした。
この番町の言葉に励まされて、岸本は皆と一緒に波止場はとばの方へ歩いて行った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ほんとうに波止場はとばに寄せる潮のにおいをかぐような気持ちを起こさせる。
映画雑感(Ⅳ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そこで、歓迎会がすむまで、おまえたち、本村の八幡さまや観音さんで遊ぶといい。お弁当べんとうは、波止場はとばででも食べなさいよ。そうだ、釣竿つりざおもってって波止場で釣りしたっておもしろいよ。どう?
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
葉子はとうとう税関波止場はとばの入り口まで来てしまった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
当時の横浜関内は一羽のちょうのかたちにたとえられる。海岸へき出した二か所の波止場はとばはその触角であり、中央の運上所付近はそのからだであり、本町通りと商館の許可地は左右のはねにあたる。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
郵船会社の船はテエムズの河口にあたるチルビュリイの波止場はとばで牧野や岸本の乗組を待っていた。多量な英国出の貨物はあらかた荷積を終ったらしい頃で、岸本等の荷物も先に船の方へ届いていた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)