沈黙ちんもく)” の例文
旧字:沈默
青山敬太郎は大河ほど雄弁ゆうべんな口はきかなかった。かれはむしろ沈黙ちんもくがちであり、ごくまれに断片的だんぺんてきな意見を発表するにすぎなかった。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
我慢がまんできないようないやらしい沈黙ちんもくのなかで、ぼくは手紙を受取ると、そのまま、宿舎に入り、便所に飛びこんで、かぎを降しました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
また沈黙ちんもくつづいた。みんなは考えにしずんでいた。そんなふうにして、どのくらいいたか知らないが、ふとさけび声が聞こえた。
ドノバンはしいて反対をしてみたものの、心のなかではそれよりほかにさくがないことを知っていたので、沈黙ちんもくしてしまった。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
母が何やらしきりに父をなじると、父の方は例の調子で、冷やかで慇懃いんぎん沈黙ちんもくをまもっていたが、まもなく外へ出て行った。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
このひととき、家々からは夕餉ゆうげの煙が立上り、人々は都大路から姿をひそめる。その名もまさに平安の、静けき沈黙ちんもくが街々の上をおおうている……
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
としとった、この考古学者こうこがくしゃは、しばらくを、かがみからそらさずに、沈黙ちんもくしていましたが、そのうち、うめくように
うずめられた鏡 (新字新仮名) / 小川未明(著)
しばらく沈黙ちんもくが続いた。復一は黙って真佐子にむかっていると、真佐子の人生に無計算な美が絶え間なく空間へただいたずらに燃え費されて行くように感じられた。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
不思議ふしぎ沈黙ちんもくつづいた。とうさんでさえそれをかすことが出来できなかった。ただただとうさんはだまって、袖子そでこている部屋へやそと廊下ろうかったりたりした。
伸び支度 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
しかし私はいま自分の感じていることが何処どこまで真実であるのか、そんなことはみんな根も葉もないことなんじゃないかと疑ったりしながら、気むずかしそうに沈黙ちんもくしたまま
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
出様によっては暴力にもうったえかねまじき気味合なので佐助が割って這入はいりようようその場を預かって帰した春琴はさおになってふるえ上り沈黙ちんもくしてしまったが最後まで謝罪の言葉を
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
広間ひろまの人びとの声は、それでもまだしばらくのあいだ、なげき悲しみつづけていましたが、いつか流れがたえるようにきえていくと、こんどはまた、恐ろしいほどのふかいふかい沈黙ちんもく
壇ノ浦の鬼火 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
(とき、とき、おって。)老人はさけんだ。家のなかはしんとしてだれ返事へんじをしなかった。けれども富沢とみざわはその夕暗ゆうやみ沈黙ちんもくおくで誰かがじっといきをこらしてき耳をたてているのをかんじた。
泉ある家 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
賢明けんめいな老博士が賢明な沈黙ちんもくを守っているのを見て、若い歴史家は、次のような形に問を変えた。歴史とは、昔、在った事柄ことがらをいうのであろうか? それとも、粘土板の文字をいうのであろうか?
文字禍 (新字新仮名) / 中島敦(著)
しばし沈黙ちんもくがつづいたあとで、わたくしから言葉ことばをかけました。——
沈黙ちんもくを氷とすれば我があるは今いと寒き高嶺たかねならまし
註釈与謝野寛全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
肚のうちで笑殺しているかのような沈黙ちんもくの陣だった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わたしかなしくなつて、多時しばらくふか沈黙ちんもくしづんだ。
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
戸の両側に、湿しめやかな沈黙ちんもくがつづいた。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
くちびるあか沈黙ちんもく……
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「自然に親しむには、孤独こどく沈黙ちんもくに限るよ。明日ここを出発するまでは、できるだけおたがいにそうした気持ちですごしたいものだね。」
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
十五分ばかりわたしたちは風とあらそいながら歩みつづけた。しんとした夜の沈黙ちんもくの中でわたしたちの足音がかわいたかたい土の上でさびしくひびいた。
「まア、けましょう」といわれ、ならんでこしを降ろしたまま、しばらく沈黙ちんもくが続きました。もう港が近いとみえ、かもめはるか下の海上を飛んでいるのが見えます。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
ひやりとしたつめたいかぜが、どこからともなくいてきて、やみなかぎていきます。それは、沈黙ちんもく世界せかいに、なにか気味悪きみわるおもをそそらせようとするものでした。
『ジナイーダ?』と、わたしは訊こうとしたが、音はわたしのくちびるむなしく消えた。そして突然とつぜん、あたりのものみな、深い沈黙ちんもくに沈んでしまった。真夜中にはよくあることである。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
いままで沈黙ちんもくしていたドノバンは、まっさきにボートのほうへ走った。イルコック、ウエップ、グロースの三人はそれにつづいた。四人はえいえい声をあわしてボートを海上におろそうとした。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
沈黙ちんもくしたる風は
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
次郎は、かれらが眼を光らせ、耳をそばだてて聞いている沈黙ちんもくの底に、すさまじくうずを巻いている感情のあらしを明らかに感ずることができた。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
「どうもおれの考えでは、だれもおれたちをすくうくふうはしていないらしい」とガスパールおじさんはとうとう沈黙ちんもくやぶって言った。「ちっとも音が聞こえない」
随分ずいぶん、長い間、沈黙ちんもくが続いた後で、ぽつんとぼくが、「熊本さんも、高知ですか」とたずねました。あなたはうなずいてから、「坂本さんは、高知の、どこでしたの」と言います。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
それから、しばらく、ほしたちは沈黙ちんもくをしていました。が、たちまち、一つのほし
ある夜の星たちの話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
それまで沈黙ちんもくをまもっていたゴルドンが、はじめて口をきった。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
ほのおが火の中から上って、ぴかぴか火花をらしながら屋根のほうまでき上がった。ぱちぱちいうたき火のほのおの音だけが夜の沈黙ちんもくやぶるただ一つの音であった。
なが沈黙ちんもくふゆうつらんとしていたのです。
空晴れて (新字新仮名) / 小川未明(著)
木俣がおどりだしたので人々は沈黙ちんもくした。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
沈黙ちんもくはわたしにとって、つらくもあり悲しくも思われた。わたしはしきりと話をしたかったけれど、やっと口を切ると、親方はぷっつり手短に答えて、顔をふり向けもしなかった。
森の中の重苦しい沈黙ちんもくやぶる物音はさらになかった。カピは言いつけられたとおりにかけ出そうとはしないで、しっかりとわたしたちにくっついていた。いかにも恐怖きょうふにたえない様子であった。