“歯痒:はがゆ” の例文
“歯痒:はがゆ”を含む作品の著者(上位)作品数
中里介山20
野村胡堂6
夏目漱石5
徳田秋声4
吉川英治4
“歯痒:はがゆ”を含む作品のジャンル比率
文学 > 日本文学 > 小説 物語1.6%
文学 > 日本文学 > 日記 書簡 紀行0.5%
文学 > 日本文学 > 評論 エッセイ 随筆0.1%
(注)比率=対象の語句にふりがなが振られている作品数÷各ジャンルの合計の作品数
隠居の肩をんでいたお島は、それを聴きながら顔から火が出るように思ったが、矢張やっぱり房吉を歯痒はがゆく思った。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
しかし何かこう食足りないような外来の旅客としての歯痒はがゆさは土地の人に交れば交るほど岸本の心に附纏つきまとった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ほか人間にんげんはなしてゐると、人間にんげんかははなす様で歯痒はがゆくつてならなかつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
泥棒をつかまえて縄をうような、ブマなことをしでかした自分を、米友は歯痒はがゆく思って地団駄じだんだを踏みました。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
一図いちずに我が子の出世に希望を繋ぐ親心おやごころからは歯痒はがゆくも思いあきれもして不満たらざるを得なかった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
能登守がまたそれに相手にならず、つとめて避けている態度を、奥床おくゆかしいとも歯痒はがゆいとも見ている人もありました。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
けれども、かへりみて自分を見ると、自分は人間中にんげんちうで、尤も相手を歯痒はがゆがらせる様にこしらえられてゐた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
まして借りるところも、貸すところも——手ぶらで出でて、手ぶらで帰るよりほか、何事もできない自分を、歯痒はがゆいと思いました。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
女がそれをあたりまえのことのように心得、むしろ手柄のように思っていることが、兵馬には歯痒はがゆくてたまりません。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
いつまで待てど暮せど埒あかず、あまりに歯痒はがゆう覚ゆるまま、この上は使いなど遣わすこと無用と、予がじきじきに催促にまいった。
修禅寺物語 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
愚図々々ぐずぐずすれば、貴郎あなたいつもに似合わない、きりきりなさいなね……とお蔦が歯痒はがゆがる。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
話ちゅうのは之だけで、何や解決したようなせんような、歯痒はがゆい事だすけンど、小説と違うて実話だすさかい、どうもしよがおまへン。
黄鳥の嘆き (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
銀子も何か歯痒はがゆくなり、打ち明けて相談してみたらとも思うのだったが、それがやはり細々こまごまと話のできない性分なのだった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
今となってもなお、自己の貞操に加えられた極度の侮辱乱暴を、無条件に許してしまいたい心持が残っているとは浅ましい! 歯痒はがゆい!
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
さいが見て歯痒はがゆがる前に、私自身が何層倍なんぞうばい歯痒い思いを重ねて来たか知れないくらいです。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
能登守はかえって、お君に向って申しわけをし、或いは哀求するような物の言いぶりは歯痒はがゆいものであります。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
何をねぎらわれているのか、彼らには自覚がなかった。故に秀吉は、銚子を下に置くと、それを歯痒はがゆがって、さとすのであった。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いい景色だということさえもお互に語り合うことの出来ない二、三時間は、昔の五、六時間の下り船よりも私に歯痒はがゆさと退屈を感ぜしめた。
あんな短い時間のうちに、これだけ大切なことを云って貰えたことを私は感謝するし、又、貴方としたら何か歯痒はがゆかろうとすまなく感じます。
私は歯痒はがゆくてたまらなくなって私の健康さを見せびらかし、私の強いいのちの力をいろいろの言葉にしてあなたの耳から吹き込んでやった。
健康三題 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
私は平塚さんが現実のみを——殊にその一面のみを——固定的に眺めておられるのを歯痒はがゆく思います。
平塚さんと私の論争 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
まないた引摺ひきずっていては一足ひとあしごとにあとしざるようで歯痒はがゆくなる。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
憎い憎い竜之助、歯痒はがゆい歯痒い我が夫、この二つが一緒になって、頭の中は無茶苦茶に乱れます。
婆あさんは歯痒はがゆいのを我慢するという風で、何か口の内でぶつぶつ云いながら、勝手へ下った。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
民藝館に来られてある種の品物を指し、「これは民藝品ではなく上等な品ではないか」と云って、反問される方が時々ありますが、私達には歯痒はがゆいのです。
日本民芸館について (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
おゆうに庇護かばわれている男の心が、歯痒はがゆかったり、ねたましく思われたりした。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
実は貴方の頑固がんこなのを私歯痒はがゆいやうに存じてをつたので御座います……ところが!
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
武士として鞘当てを受けたのは、果し状をつけられたようなものであるにかかわらず、その武家は知らぬ顔に、人混みに紛れて逃げ去ろうとするのは歯痒はがゆい。
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
全く意気地無し——といっては済みませんけれど、ほんとうに歯痒はがゆいほど気の弱い人です。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
安直が歯痒はがゆがって、れると、せいぜい凄味をつけた一座がテレきってしまいました。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
今や、少なくとも、その三度目の失敗を繰返したとは、われながら歯痒はがゆいことの至りだ。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
遠州屋えんしゅうや、いい問屋といやは皆馴染なじみでのうては先方さきがこっちを呑んでならねば、万事歯痒はがゆいことのないよう我を自由に出しに使え
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
私は突飛な、また過激な言動が必ずしも改革者の言動であるとは思いませんが、こういう平穏な、悪くいえば煮え切らない婦人界の進歩的傾向を歯痒はがゆく感じます。
婦人改造と高等教育 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
U氏がコンナ事でYをゆるすような口吻くちぶりがあるのが私には歯痒はがゆかった。
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
慎太郎はこう云う彼等の会話に、妙な歯痒はがゆさを感じながら、剛情に一人黙っていた。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「無論、君にも責任があるよ、何というだらしないこった、歯痒はがゆくってたまらない」
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
他人のことにして見ると、歯痒はがゆいばかりの馬鹿揃いだが、自分のことには、さっぱりお気がつかない——結局、この神尾主膳にも、誰も嫁のくれ手がなくておしまいだ。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その時、青天白日、どこを見ても妖雲らしいもののない、空中がクラクラと鉛のようなものに捲かれて、何か知らんが圧迫を感じたのが、自分ながら歯痒はがゆいと言いました。
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
二万フィート以上のエヴェレストの探検家の運ぶ足どりと同様に、弁信の身が吹き倒され、吹きまろばされるから、寸進尺退の有様、見るも歯痒はがゆいばかりであります。
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と秀吉の着陣が遅いことをののしりたいばかり歯痒はがゆがっていたのである。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そんなら、もう一に通じている時分だが。——もっとも宗近の御叔父がああ云う人だから、ことに依るとなぞが通じなかったかも知れないね」とさも歯痒はがゆそうである。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
外の人間と話していると、人間の皮と話す様で歯痒はがゆくってならなかった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼は兄の弱気を歯痒はがゆがって、時々意見めいた口をくこともあった。
お勢登場 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
歯痒はがゆうてしようがおまへなンだが、結局、名前も住んでる所も何も分らん男が一人、雪と雪との間の亀裂ひゞに落ちて死んだちゅう事だけで、委しい事は一向分りまへなンだ。
黄鳥の嘆き (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
ところで、その徳川家の、征夷大将軍の威力も明らかに落ち目で、盛衰消長はぜひなしとするも、それにしても歯痒はがゆすぎる——と、雲井なにがしは自分のことのように憤慨する。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
お八重に送らせて行った葉子の断髪にお六ぐししたあだな姿を、まざまざ目に浮かべながら、ちょっと見当もつきかねるのが、もどかしくも歯痒はがゆくもあったが
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
何故もっと日本人は日本の芸術を内省して見ないかと歯痒はがゆくなるな。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
いわしを育てて鯨にするより歯痒はがゆい段の行止ゆきどまり。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
衣食その他の毎日の消費生活が、決して末端の小さ過ぎる問題でなかったことを知るにつけても、みなさんの学問の遅々として進まぬことを、私は歯痒はがゆく感ぜずにはおられぬのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
広子は妹の話し終った時、勿論歯痒はがゆいもの足らなさを感じた。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
貫一の気乗せぬをお峯はいと歯痒はがゆくて心いらつなるべし。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
鼈四郎は、こうつぶやくと、歯痒はがゆいような、また得意の色があった。そしてもし自分ならば、——と胸で、季節の食品月令から意表で恰好かっこうの品々を物色してみるのだった。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
これが昨今になると、一層、身にこたえて来たようで歯痒はがゆい。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
呆れ返ったうちには、歯痒はがゆくってたまらない思い入れもある。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
漁船は、見るも歯痒はがゆいような船足でのろのろと近づいてゆく。
キャラコさん:01 社交室 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
腹立たしくなつた人々は、だんだん大きな声でどなりました。犬は岸のそばまで帰つてゐます。けれど、なか/\岸へ飛び上れません。見てゐると、歯痒はがゆくて、ばからしくなつて来ます。
プールと犬 (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
が、その頃の日本の探偵小説は、まだ貧弱で話にならず、ひどく歯痒はがゆがっていると、大正六年一月から、博文館の文芸倶楽部が、岡本綺堂の「半七捕物帳」の短篇連続を始めたのである。
文之丞の悲観歎息ははたの見る目も歯痒はがゆいのであります。
いよいよ白雲の不満と歯痒はがゆさとを深くするに過ぎません。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
が、その無遠慮な態度はまた一種の魅力で、由紀子の歯痒はがゆいたしなみや、夢子の芝居がかりな媚態には無い、言うに言われぬ魅力となって、一日一日と、小杉卓二の心を包んで行ったのです。
お増は、お雪が先に見込みもない芸人などに引きられているのを、歯痒はがゆく思ったが、長いあいだ腐れあった二人のなかは、手のつけようもないほど廃頽はいたいしきっているのであった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それを迎えて、内儀のお余野は歯痒はがゆがるのです。
半之丞父娘おやこも、そんな事を疑わないではありませんが、お組の愛に溺れた相沢半之丞、さすがにそうと断定も出来ず、それをまた歯痒はがゆいことに思って娘のお秀が、平次へ頼み込んだのでしょう。
ガラッ八は歯痒はがゆそうに辰蔵を見送りました。
いったい、おれは女には気を置き過ぎる……と七兵衛が自分を歯痒はがゆく思ったのはその時で、腕を振えば、いくらでも振える機会を、ついその場になると、かわいそうになったり、冷淡になったりしてしまう。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
のっそりという忌々いまいましい諢名あだなさえ負わせられて同業中なかまうちにもかろしめらるる歯痒はがゆさ恨めしさ、かげでやきもきとわたしが思うには似ず平気なが憎らしいほどなりしが
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
女というものは、それまで大胆になり得るものか、男というものは、それまで無抵抗であり得るものか、歯痒はがゆい——とも思ったり、そこまで赤裸になれば人間も憎めないではないか、とさえ考えさせられました。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
一旦いったん居士が余を以て居士の後継者と目するか、よし後継者と目さぬまでも社会的に成功させようという老婆親切を以て見た時には徹頭徹尾当時の余は歯痒はがゆいまでに意思薄弱の一青年であったのである。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
清川は歯痒はがゆそうに言うのであった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
よそに見ていても歯痒はがゆいようです。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
子規は世の中をうまく渡って行く芸術家や学者に対する反感を抱くと同時に、また自分に親しい芸術家や学者が世の中をうまく渡る事が出来なくて不遇に苦しんでいるのを歯痒はがゆく思っていたかのように私には感ぜられる。
子規の追憶 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
渋沢は、歯痒はがゆい顔をした。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
八五郎は歯痒はがゆそうでした。
「こんなに苦しむくらいならいっそのこと言ってしまおう」と最後の決心をするようになるのだが、そのときはもう何故か手も足も出なくなったような感じで、その傍に坐っている自分の母親がいかにも歯痒はがゆいのんきな存在に見え
のんきな患者 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
と、まないたに乗せた魚を逃がしたように舌打ちして、義も道理もあるべきでない盗賊に身を落としていながら、どこかに元の浜島庄兵衛という武家気質かたぎせない日本左衛門の遣口やりくち歯痒はがゆがりました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
歯痒はがゆい。
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
もっとも東の雛壇ひなだんをずらりと通して、柳桜が、色と姿を競った中にも、ちょっとはあるまいと思う、容色きりょうは容色と見たけれども、歯痒はがゆいほど意気地いくじのない、何ての抜けた、と今日より十段も見劣りがしたって訳は。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
忠作は自分ながら、それを歯痒はがゆさに堪えられないでいたが、そうかといって、いつまでクヨクヨと物案じをしている男ではない、コック部屋からまた給仕部屋へ帰ってから、このことがきっかけに、妙な方へこの少年独特の頭が働き出してきたことです。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
叔母といふ人は、今になつて考へて見ても随分好い感じのしないひとで、尻の大きい、肥つた、夏時などはそばへ寄ると臭気にほひのする程無精で、挙動ものごしから言葉から、半分眠つてる様な、小児心にも歯痒はがゆい位鈍々のろのろしてゐた。
刑余の叔父 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
書物と又聞またぎきでは歯痒はがゆくてならぬ、それに彼地あっちから渡って来る機械とても、果してそれがほんとうに新式のものであるやらないやらわからぬ、彼地ではもはや時代遅れの機械が日本へ廻って、珍重がられることもずいぶんあるようじゃ、このごろ
聞いてさえ怖ろしい——ではない、事実、その怖ろしいものが、眼前でなければ耳頭に聞えているに拘らず、弁信の述べたところは、全く客観の出来事を語るにひとしいものですから、いくらか安心した池田良斎をして歯痒はがゆい思いをさせずにはおかないと見えて、
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
孝子は師範女子部の寄宿舎を出てから二年とは経たず、一生を教育に献げようとは思はぬまでも、授業にも読書にもまだ相応に興味をつてる頃ではあり、何処どこか気性の確固しつかりした、判断力の勝つた女なので、日頃校長の無能が女ながらも歯痒はがゆい位。
足跡 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
右のうち、お銀様の不平を、なおくわしく言うと、向う岸に立つ人が、自分たちが今まで耳中に置かなかった一管の音を、早くも耳に留めて、これに就いて問うことをすると共に、その吹き鳴らす曲を鮮やかに関山月と聞き分けてしまったそれを歯痒はがゆく思っているのです。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
自分は昨夜の饗宴を、平素の左大臣の恩に報いる絶好の機会であると思い、出来るだけのもてなしをしたには違いなかったが、一方では、自分の力に限りがあって、到底左大臣を満足させる程の款待かんたいをなし得ないのを、はずかしくも歯痒はがゆくも感ずる念が一杯であった。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それと同時に、父が自分と話をする時、危険な物の這入っている疑のある箱のふたを、そっと開けて見ようとしては、その手を又引っ込めてしまうような態度に出るのを見て、歯痒はがゆいようにも思い、又気の毒だから、いたわって、手を出させずに置かなくてはならないようにも思う。
かのように (新字新仮名) / 森鴎外(著)
別に親の仇をねらうわけではないから、人間そのものには望みはないけれど、この五人のうち、誰が現ナマを最も多く保管しているのか、それに当りをつけるのが要領だが、どうもがんりきの野郎の眼力がんりきをもってして、五人のうちのどれが金方きんかただか、ちょっとわからないのが自分ながら歯痒はがゆい。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その頃には、近くの裁判所からかかりの役人達も出張し、浴場のしみが人間の血液に相違ないことも分り、Y町の警察署ではもう大騒ぎを演じていたのですが、捜索の仕事は、その大がかりな割には、一向に進捗しんちょくせず、河野の知り合いの村の巡査の話を聞いて見ても、素人の私達でさえ歯痒はがゆくなるほどでありました。
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それがはたで見ていても、余り歯痒はがゆい気がするので、時には私も横合いから、『それは何でも君のように、隅から隅まで自分の心もちを点検してかかると云う事になると、行住坐臥ぎょうじゅうざがさえ容易には出来はしない。だからどうせ世の中は理想通りに行かないものだとあきらめて、い加減な候補者で満足するさ。』と
開化の良人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)