歯痒はがゆ)” の例文
旧字:齒痒
疾風しっぷうのごとく飛んで行く八五郎、その忠実な後ろ姿を見送ってどうして今まで手を抜いていたか、平次は自分ながら歯痒はがゆい心持でした。
U氏がコンナ事でYをゆるすような口吻くちぶりがあるのが私には歯痒はがゆかった。Yは果してU氏の思うように腹の底から悔悛くいあらためたであろう乎。
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
話ちゅうのは之だけで、何や解決したようなせんような、歯痒はがゆい事だすけンど、小説と違うて実話だすさかい、どうもしよがおまへン。
まして借りるところも、貸すところも——手ぶらで出でて、手ぶらで帰るよりほか、何事もできない自分を、歯痒はがゆいと思いました。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
何故もっと日本人は日本の芸術を内省して見ないかと歯痒はがゆくなるな。一にも西洋二にも西洋だ。それに昨今のアメリカ化はどうだ。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
私は歯痒はがゆくてたまらなくなって私の健康さを見せびらかし、私の強いいのちの力をいろいろの言葉にしてあなたの耳から吹き込んでやった。
健康三題 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
いい景色だということさえもお互に語り合うことの出来ない二、三時間は、昔の五、六時間の下り船よりも私に歯痒はがゆさと退屈を感ぜしめた。
また自分に親しい芸術家や学者が世の中をうまく渡る事が出来なくて不遇に苦しんでいるのを歯痒はがゆく思っていたかのように私には感ぜられる。
子規の追憶 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
あんな短い時間のうちに、これだけ大切なことを云って貰えたことを私は感謝するし、又、貴方としたら何か歯痒はがゆかろうとすまなく感じます。
銀子も何か歯痒はがゆくなり、打ち明けて相談してみたらとも思うのだったが、それがやはり細々こまごまと話のできない性分なのだった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
何をねぎらわれているのか、彼らには自覚がなかった。故に秀吉は、銚子を下に置くと、それを歯痒はがゆがって、さとすのであった。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
授業にも読書にもまだ相応に興味をつてる頃ではあり、何処どこか気性の確固しつかりした、判断力の勝つた女なので、日頃校長の無能が女ながらも歯痒はがゆい位。
足跡 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
近頃代助はもとよりも誠太郎がきになつた。ほか人間にんげんはなしてゐると、人間にんげんかははなす様で歯痒はがゆくつてならなかつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
と郁子と敏子は兎角歯痒はがゆがる。自分達も一番年下で思い切り可愛がられた時代があるのに、それはもう忘れている。
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
なんというしっこしのない幸さんだろう、おせんはこの問答を聞いて歯痒はがゆくなった。もっとてきぱきした男だった。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
一向に進捗しんちょくせず、河野の知り合いの村の巡査の話を聞いて見ても、素人の私達でさえ歯痒はがゆくなるほどでありました。
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
私を激励するつもりも多少あったかも知れないが、「どうも歯痒はがゆくて見ていられない、もう君なんぞに用はない」
文壇昔ばなし (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
民藝館に来られてある種の品物を指し、「これは民藝品ではなく上等な品ではないか」と云って、反問される方が時々ありますが、私達には歯痒はがゆいのです。
日本民芸館について (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
しかし何かこう食足りないような外来の旅客としての歯痒はがゆさは土地の人に交れば交るほど岸本の心に附纏つきまとった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
私は突飛な、また過激な言動が必ずしも改革者の言動であるとは思いませんが、こういう平穏な、悪くいえば煮え切らない婦人界の進歩的傾向を歯痒はがゆく感じます。
婦人改造と高等教育 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
広子は妹の話し終った時、勿論歯痒はがゆいもの足らなさを感じた。けれども一通ひととおり打ち明けられて見ると、これ以上第二の問題には深入り出来ないのに違いなかった。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
いれものが小さき故に、それが希望のぞみを満しますに、手間のること、何ともまだるい。いわしを育てて鯨にするより歯痒はがゆい段の行止ゆきどまり。(公子に向う)若様は御性急じゃ。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
婆あさんは歯痒はがゆいのを我慢するという風で、何か口の内でぶつぶつ云いながら、勝手へ下った。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
また歯痒はがゆいやうなところもあり、気むづかしい母親一人のために、結婚を躊躇してゐるのだといふ評判など聞くにつけて、こんな人物が恋愛をしたらどんな風になるんだらうと
双面神 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
それらには我の顔も貸そうし手も貸そう、丸丁まるちょう山六やまろく遠州屋えんしゅうや、いい問屋といやは皆馴染なじみでのうては先方さきがこっちを呑んでならねば、万事歯痒はがゆいことのないよう我を自由に出しに使え
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
衣食その他の毎日の消費生活が、決して末端の小さ過ぎる問題でなかったことを知るにつけても、みなさんの学問の遅々として進まぬことを、私は歯痒はがゆく感ぜずにはおられぬのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
実は貴方の頑固がんこなのを私歯痒はがゆいやうに存じてをつたので御座います……ところが!
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「違う!」と冬次郎は歯痒はがゆそうにいった。「人ではなくて物であろう!」
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その傍に坐っている自分の母親がいかにも歯痒はがゆいのんきな存在に見え
のんきな患者 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
いつまで待てど暮せど埒あかず、あまりに歯痒はがゆう覚ゆるまま、この上は使いなど遣わすこと無用と、予がじきじきに催促にまいった。おのれ何ゆえに細工を怠りおるか。仔細をいえ、仔細を申せ。
修禅寺物語 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
一旦いったん居士が余を以て居士の後継者と目するか、よし後継者と目さぬまでも社会的に成功させようという老婆親切を以て見た時には徹頭徹尾当時の余は歯痒はがゆいまでに意思薄弱の一青年であったのである。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
漁船は、見るも歯痒はがゆいような船足でのろのろと近づいてゆく。
キャラコさん:01 社交室 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
むしろモドカシ只歯痒はがゆいやうな一種冗漫の感じを与へる。
文壇一夕話 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
見てゐると、歯痒はがゆくて、ばからしくなつて来ます。
プールと犬 (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
今となってもなお、自己の貞操に加えられた極度の侮辱乱暴を、無条件に許してしまいたい心持が残っているとは浅ましい! 歯痒はがゆい!
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
まざまざ目に浮かべながら、ちょっと見当もつきかねるのが、もどかしくも歯痒はがゆくもあったが、この少女をそれ以上苦しめることは無駄であった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
まして、休之助のきびきびと割切った態度を見ているので、どうしても万三郎のすることが歯痒はがゆく、みれんがましいようにしか受取れないのであった。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
老女 ——若い者等の口争い、見て居て歯痒はがゆい。娘よ。しばらく退くが宜い。わたしは阿難に話すであろう。
阿難と呪術師の娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
歯痒はがゆく思うことがあるが、この私の書物を読む人も、主人公である私が、何か五里霧中ごりむちゅうに迷った形で、探偵をやるのだといいながら、一向いっこう探偵らしいこともせず
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
私は平塚さんが現実のみを——殊にその一面のみを——固定的に眺めておられるのを歯痒はがゆく思います。
平塚さんと私の論争 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
到底左大臣を満足させる程の款待かんたいをなし得ないのを、はずかしくも歯痒はがゆくも感ずる念が一杯であった。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「そんなら、もう一に通じている時分だが。——もっとも宗近の御叔父がああ云う人だから、ことに依るとなぞが通じなかったかも知れないね」とさも歯痒はがゆそうである。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
歯痒はがゆうてしようがおまへなンだが、結局、名前も住んでる所も何も分らん男が一人、雪と雪との間の亀裂ひゞに落ちて死んだちゅう事だけで、委しい事は一向分りまへなンだ。
もっとも東の雛壇ひなだんをずらりと通して、柳桜が、色と姿を競った中にも、ちょっとはあるまいと思う、容色きりょうは容色と見たけれども、歯痒はがゆいほど意気地いくじのない、何ての抜けた
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そうかといって他に相当な生活の道を求める手段を講ずる気振けぶりもなかったから、一図いちずに我が子の出世に希望を繋ぐ親心おやごころからは歯痒はがゆくも思いあきれもして不満たらざるを得なかった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
たたき大工穴鑿あなほり大工、のっそりという忌々いまいましい諢名あだなさえ負わせられて同業中なかまうちにもかろしめらるる歯痒はがゆさ恨めしさ、かげでやきもきとわたしが思うには似ず平気なが憎らしいほどなりしが
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
あんまり歯痒はがゆいから、あっしは深川の尾張屋の親分を呼んで来て、陽のあるうちに下手人を縛って貰おうと思って飛んで来たんだが、橋の上で銭形の平次親分と鉢合せをするなんざ
慎太郎はこう云う彼等の会話に、妙な歯痒はがゆさを感じながら、剛情に一人黙っていた。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
危険な物の這入っている疑のある箱のふたを、そっと開けて見ようとしては、その手を又引っ込めてしまうような態度に出るのを見て、歯痒はがゆいようにも思い、又気の毒だから、いたわって
かのように (新字新仮名) / 森鴎外(著)
妹思いのお母さんはこの二人の配偶つれあいがそれ/″\発展成功して行くのを喜ぶと同時に、兄弟は他人の初まりといって自然競争心があるから、お父さんの煮え切らないのを歯痒はがゆがるけれども
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)