棕櫚しゅろ)” の例文
祭壇の前に集った百人に余る少女は、棕櫚しゅろの葉の代りに、月桂樹の枝と花束とを高くかざしていた——夕栄ゆうばえの雲が棚引たなびいたように。
クララの出家 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
茶の間の方には、茶室めいた造りの小室こまさえ附いていた。庭には枝ぶりのよい梅や棕櫚しゅろなどがあった。小さい燈籠とうろうも据えてあった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
小さな棕櫚しゅろの手箒で蒲団ふとんの上を、それから座敷箒で、その部屋と隣の部屋まで、とうとう三造はすっかり二階中掃除させられてしまった。
斗南先生 (新字新仮名) / 中島敦(著)
これらの廊下には、高価な暗緑色のペルシャ絨毯じゅうたんが敷き詰められて、諸所に長椅子ソーファ棕櫚しゅろや、龍舌蘭等の熱帯樹の植木鉢が飾られてある。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
それはまた木蔦きづたのからみついたコッテエジ風の西洋館と——殊に硝子ガラス窓の前に植えた棕櫚しゅろ芭蕉ばしょう幾株いくかぶかと調和しているのに違いなかった。
悠々荘 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
私は手持不沙汰てもちぶさたを紛らすための意味だけに、そこの棕櫚しゅろの葉かげに咲いている熱帯生の蔓草つるくさの花をのぞいて指して見せたりした。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
しかし、そのとき宮子の視線はさきから棕櫚しゅろの陰で沈んでいた参木の顔を見つけると、俄にクリーバーの肩の上で動揺した。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
ただ一つの屋根窓だけが開いていて、二つの棕櫚しゅろの葉の間から白い手が見えて、小さなハンケチを別れをおしんでふるかのようにふっていました。
雪の降る時は好んで棕櫚しゅろで編んだ、まるでかぶとのような笠をかぶります。深い形で頭のみならずえりまで総々ふさふさした棕櫚毛でおおうように作られてあります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
解除した両脚にはいた棕櫚しゅろの葉で作ったような靴下の野性的な蠱惑こわくの中から浮かれ男の思いもよらぬ数々の女の生命が幻燈のように現れてくるのだ。
孟買挿話 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
(5)Palmetto ——南カロライナ州は一名“Palmette State”と言われるほどだから、この棕櫚しゅろがよほど多いのであろう。
黄金虫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
何の手入もしないに、年々宿根しゅくこんが残っていて、秋海棠しゅうかいどうが敷居と平らに育った。その直ぐ向うは木槿もくげ生垣いけがきで、垣の内側にはまばらに高い棕櫚しゅろが立っていた。
カズイスチカ (新字新仮名) / 森鴎外(著)
かし、梅、だいだいなどの庭木の門の上に黒い影を落としていて、門の内には棕櫚しゅろの二、三本、その扇めいた太い葉が風にあおられながらぴかぴかとひかっている。
河霧 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
それから、お前、帆立貝の猿股さるまた穿いた象の脚、剃刀かみそり入れ、元禄袖、模範煙突えんとつ羽根箒はねぼうき、これは棕櫚しゅろの木、失敬。
息もつかせぬ釣瓶打つるべうち。桟敷の上からも棕櫚しゅろの木のてっぺんからも、たちまち起こるブラヴォ、ブラヴァの声。
近寄って見ると、綱は麻糸と棕櫚しゅろをない交ぜたもので、太さも相当にあり容易なことできれる筈もありません。
葛布のような太くあらい布を織って、棕櫚しゅろのような赤黒い色をした袋を製して用いているのは、原料はこのシナの木の皮であり、他国には例の無いことだと
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ただここに一つ不思議なことには日光から私を防ぐため棕櫚しゅろで拵えた大きな笠が私の体を蔽うている。そして砂地に足跡がある。跣足はだしの人間の足跡である。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
左横の壁際にある長椅子の上には、重そうな金の額縁にはまった風景がかかっている。壁布も黒ずんだ色である。奥の出窓の中には、棕櫚しゅろの樹が立っていた。
じゃ椰子て何? 椰子はです、棕櫚しゅろに似た樹です。けれども実は胡桃くるみに似ています。胡桃よりも、もっともっと大きな、胡桃を五十も合せた程大きな実です。
椰子蟹 (新字新仮名) / 宮原晃一郎(著)
里芋の子のような肌合はだあいをしていたが、形はそれよりはもっと細長くとがっている。そして細かい棕櫚しゅろの毛で編んだ帽子とでもいったようなものをかぶっている。
球根 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
彼はそういいながら、足の先で、その棕櫚しゅろで作った幅の広いマットを、あるべき位置へおしやるのでした。
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そのとき、この扉の向い、丁度棕櫚しゅろの鉢植の置かれている陰から、ヌーッと現われたる人物……それは外でもない、主人総一郎の愛娘糸子の楚々たる姿だった。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
咆吼ほうこうする左膳、棕櫚しゅろぼうきのような髪が頬の刀痕にかぶさるのを、頭を振ってゆすりあげながら、一つしかない眼を憎悪に燃やして足もとのお藤をにらみすえた。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そこの街道は何マイルも続いて両側に四重の棕櫚しゅろの並み木を持っていた。そこの小家はいずれもれするような編み細工や彫刻で構成せられた芸術品であった。
アフリカの文化 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
こうした大邸宅にふさわしい気品のうちにユックリユックリと白羅紗らしゃのスリッパを運んで来たが、やがて棕櫚しゅろのマットの中央まで来ると、すこし寒くなったらしく
白菊 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
トその壁の上を窓からのぞいて、風にも雨にも、ばさばさと髪をゆすって、団扇うちわの骨ばかりな顔を出す……隣の空地の棕櫚しゅろの樹が、その夜は妙にしんとして気勢けはいも聞えぬ。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
南おもては一面の硝子ガラス張りだが、それがおりからの日光を一ぱいに浴びながら内部の暖気のためにぼうっと曇り、その中から青々とした棕櫚しゅろの鉢植をさえ覗かせている。
雉子日記 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
あるいは棕櫚しゅろの枝をって、その行く道に敷きつめてあげて、歓呼にどよめき迎えるのでした。
駈込み訴え (新字新仮名) / 太宰治(著)
翻える視線と棕櫚しゅろの並木、あらびや風の刳門アウチと白壁の列、ゆるく起伏する赤石の鋪道と
二人は遠眼にそれを見ていよいよ焦躁あせり渡ろうとするを、長者はしずかに制しながら、洪水おおみずの時にても根こぎになったるらしき棕櫚しゅろの樹の一尋余りなをけ渡して橋としてやったに
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
去年伸子たちがモスクヷに着いたときからそこに置かれていた棕櫚しゅろの植木鉢のかげから、下足番のノーソフの大きな髭があらわれたら伸子は急に体じゅうが軟かくなってしまった。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
菩提樹ぼだいじゅや白樺の老樹が霜で真っ白になった姿には、いかにも好々爺こうこうや然とした表情があって、糸杉や棕櫚しゅろよりもずっと親しみがあり、その傍にいるともう山や海のことを想いたくもない。
彼女は棕櫚しゅろの木のように、つんと首をたてたまま、しずしずと入って来た。
棕櫚しゅろやサバル椰子やしは茂り、亜熱帯性の植物は香を放ち、車夫は狂人のように走り且つ叫んだ。一日中戎克の内に閉じこめられた後なので、実に気持よかった。それは忘れられぬ経験であった。
その赤い壁につけて、大きな棕櫚しゅろの木を五、六本植えたところが大いにいい。左手のずっと奥にある工科大学は封建時代の西洋のお城から割り出したように見えた。まっ四角にできあがっている。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その室の右にも左にも微暗うすくらいたがあって、そのさき梯子はしごの階段が見えていた。謙作は右の板の間のはしについた棕櫚しゅろの毛の泥拭どろぬぐいで靴の泥を念入りに拭ってからゆっくりと階段をあがって往った。
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
成功の棕櫚しゅろを取りましたでしょう。
棕櫚しゅろの花こぼれて掃くも五六日
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
けれども今度はさっきのように、一町も二町も逃げ出しはしません。芝生しばふのはずれには棕櫚しゅろの木のかげに、クリイム色にった犬小屋があります。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その前には人々は折り重なってのぞき込んでいた。夕刻近いシャンデリヤの仄白ほのじろい光は、人いきれで乳白によどんでいた。植木鉢の棕櫚しゅろの葉が絶えず微動している。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
約束のように上の方に一本棕櫚しゅろで横筋を入れます。「はばき」即ち脛当すねあても信州のは特色があって、多くは中央に縦に古裂こぎれを編み込みます。好んで紺の布を用います。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
宮子は身をひるがえすように、ひらりと盆栽の棕櫚しゅろを廻っていくと、甲谷はまた山口の方へ向き返った。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
横手の土塀際の、あの棕櫚しゅろの樹の、ばらばらと葉が鳴る蔭へ入って、黙ってせなかでなぞしてな。
朱日記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あるいは棕櫚しゅろの葉に紅白のトビシャゴの花を貫いたものを、女の子などはくびに巻いて泳ぐという。
アフリカの叢林ジャングルもかくやと思うばかりに、棕櫚しゅろの大鉢を並べ立てた薄暗い部屋の隅から、「これは、これは、ようこそ御入来」といいながら立ちあがって来た、眼の鋭い
そしてその前には、わたしはヨアンネスと控えの間裏で話をしていましたが、殿下はあの棕櫚しゅろの置いてあるあたりで、外相様や米国大使様方とお話をしていらっしゃった。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
一株の棕櫚しゅろと、イギリス風の革椅子と、脚の曲ったマホガニイのテエブルとが備えてある。
千二百十二年の三月十八日、救世主のエルサレム入城を記念する棕櫚しゅろ安息日あんそくびの朝の事。
クララの出家 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そのとき広い廊下の向うの隅にある棕櫚しゅろの鉢植の蔭からヌッと姿を現わした者があった。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)