廃頽はいたい)” の例文
暴力で一時国をてることもできるし、国をほろぼすこともできる。産業で国をてることもできるし、産業で国が廃頽はいたいすることもある。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
木像、しんあるなり。神なけれども霊あって来りる。山深く、里ゆうに、堂宇廃頽はいたいして、いよいよ活けるがごとくしかるなり。
一景話題 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
廃頽はいたいした、疲れ切ったような感じ、———どすぐろく濁った、花柳病でもありそうな血色、———ああ云う風に皮膚が一遍たるんでしまっては
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
私の魂は廃頽はいたいし荒廃した。すでに女を所有した私は、食器を部屋からしめだすだけの純潔に対する貞節を失ったのである。
いずこへ (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
殊に徳川末季の江戸生活には三百年の太平に弛緩しかんした廃頽はいたい気分が著るしく濃厚であって、快楽主義の京伝や三馬の生活が遊戯的であったは勿論
それはシュテファン・フォン・ヘルムートという廃頽はいたい派の大詩人であって、彼のもとへ自作のイフィゲニアをもって来た。
世の中の廃頽はいたいも、余りに度をこえて腐りきると、救い難いものとなるし、それをあらためるには、乱世の惨事と地をおおうほど血を見ねばやれなくなる
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大津絵の正格を失って美しいものは何一つ残らぬ。いずれも取るに足らぬ戯画に沈んだ。そうしてそれはむしろ廃頽はいたい的な大津絵節の方向にと転じた。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
人倫の廃頽はいたいも亦極れりと謂うべきである。ちなみにしるす。僕は小石川の家に育てられた頃には「おととさま、おかかさま」と言うように教えられていた。
申訳 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
だがこの悪意ある射撃は、世紀末的な廃頽はいたいせる現代において、なんと似合わしいデカダン・スポーツではあるまいか。
省線電車の射撃手 (新字新仮名) / 海野十三(著)
エネルギーの全量は不変でも、それはこの時計の進むにつれて墜落し廃頽はいたいして行く。この時計ほど適切に不可逆な時の進みを示すものはないのであろう。
自由な、生々とした土地! そこでは凡てが新鮮で、気持よく、そして、これまでのやうな乱雑や、下劣や、廃頽はいたいやが何処どこの隅にも見ることが出来ない。
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
殊に近代に於ける世界の美をその廃頽はいたいから再起せしめる事に十分に役立ち、今後われわれ民族の努力によって
美の日本的源泉 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
荒蕪くわうぶノ地ヲ開墾スルナド興スベキ産業ハ天然ノ景色ト相俟あひまツテ有志ノ志ヲ待チツツアル、牡鹿唯一ノ都ハ無意味ニ廃頽はいたいニ帰スベキデハナイ、石巻恢復ノ策三ツアル
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
かの女のあまり好かないこんな自堕落らしい様子をしても、この青年は下品にも廃頽はいたい的にも見えない。
高原の太陽 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
これほど地球の進展から隔離された塵埃じんあい棄て場が現存し得ようとは、たしかに何人なんぴとも想像しない一驚異であろう! その雑然たる廃頽はいたい詩と、その貧窮への無神経と
そういう強い、肯定的な、力ある生活を送ろうと思ってあせりつつも、できないで疲労するものもある。廃頽はいたいするものもある。はなはだしきは自殺するものもある。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
かつての世の思潮に甘やかされて育った所謂いわゆる「ブルジョア・シッペル」たちの間にだけ残っているので、かえって滅亡のブルジョアたちは、その廃頽はいたいの意識を捨てて
花燭 (新字新仮名) / 太宰治(著)
この古風な西洋館の中には、何かしら廃頽はいたい的な、まがまがしいにおいが満ちていた。犯罪は外部からではなく、むしろ内部から発生しそうな、一つの別世界が感じられた。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
自分が、こゝで此の女を突き放してしまへば、そのまゝ廃頽はいたいふちに落ち込むのが見えてゐるのだ。棄て鉢にさせたら、どんな事になるかと、富岡はさうした不安もあつた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
あたかも過去の女性かと思われるほどの廃頽はいたいのなかに見出されるのを感ずるのであった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
全盛期を過ぎた伎芸ぎげいの女にのみ見られるような、いたましく廃頽はいたいした、腐菌ふきん燐光りんこうを思わせる凄惨せいさん蠱惑力こわくりょくをわずかな力として葉子はどこまでも倉地をとりこにしようとあせりにあせった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そうでしょう。倦怠けんたい、不安、懐疑、廃頽はいたい——と明け暮れそればかりです。誰だって、こんな圧しつぶされそうな憂鬱の中で、古びた能衣裳みたいな人達といっしょに暮してゆけるもんですか。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
それに、どうしてこうおれは中世的に出来上がっているのだろう。いくら天平好みの寺だといったって、こんな小っちゃな寺の、しかもその廃頽はいたいした気分に、こんなにうつつを抜かしていたのでは。
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
木像もくざうしんあるなり。しんなけれどもれいあつてきたる。山深やまふかく、さとゆうに、堂宇だうう廃頽はいたいして、いよ/\けるがごとしかなり
甲冑堂 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
げかかったお白粉が肌理きめあらいたるんだ頬の皮へみ着いて居るのを、鏡に映して凝視して居ると、廃頽はいたいした快感が古い葡萄酒ぶどうしゅの酔いのように魂をそそった。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
これを何に譬えたらいいでしょうか。幻想を起さす為めに世紀末のフランスの廃頽はいたい詩人たちがんだアッシという土人の煙草たばこなぞはおよそ不健康な恍惚の痺れです。
噴水物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
つまり美のあらゆる範疇を日本美の健康性と清浄性とによって起死回生せしめねばならないのである。当今世界の近代美は爛熟らんじゅく廃頽はいたいと自暴自棄とに落ち込んでいる。
美の日本的源泉 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
若い音楽家で、精気と才能とを十分にもちながら、成功のために廃頽はいたいして、自分を窒息させる阿諛あゆの香をぐことばかり考え、享楽し眠ることばかり考えてる者があった。
そうしてギルドの衰頽すいたい(すなわち資本制度の勃興)と工藝の廃頽はいたいとは併行する。美しい工藝には、いつも協団的美が潜む。離叛と憎悪との社会から、美が現れる機縁はない。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
許嫁のあだである彼への敵意と愛着をいだいて、相携えて江戸に走り、結局狂った男の殺人剣にたおれるという陰鬱いんうつ廃頽はいたい気分に変態的な刺戟しげきがあり、その時分の久松と沢正の恋愛が
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
廃頽はいたい安来節と、木馬館と、木馬館及水族館の二階の両イカモノと、公園の浮浪者群と、そしてこのストリート・ボーイ達とが、僅かに浅草の奇怪なる魅力の名残りをとどめているのだ
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
だが、こういうと馬鹿に難かしく面倒臭くなるが、畢竟は二葉亭の頭の隅のドコかに江戸ッ子特有の廃頽はいたい気分が潜在して、同じデカダンの産物であるこういう俗曲に共鳴したのであろう。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
その光りと影、その廃頽はいたいと暗示、私は哈爾賓の持つ蕪雑ぶざつな詩趣を愛する。
踊る地平線:01 踊る地平線 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
されば寛政末年より享和きょうわの始めに至る時代風俗の変遷と共に歌麿美人の身長もまた極端についにその特徴たる廃頽はいたい的情味を形造かたちづくるに至りしが享和の末よりはややその身長の度を減ずるに従ひ
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しかしその統一本能が実現されても、ひとつなるものは極めて文化の爛熟らんじゅくから廃頽はいたいへの過程が早く、また忽ち、分裂を起しにかかる。しかも、その再分裂作用もまた本能的に不可避なのである。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
以前の廃頽はいたい生活から救い出される事が出来た経歴を持って居り、私の精神は一にかかって彼女の存在そのものの上にあったので、智恵子の死による精神的打撃は実にはげしく
智恵子の半生 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
感傷にふけってはいられない。忙しいはちは悲しむ暇がないと云われる。廃頽はいたいに溺れてもいられない。用いる鍵はびないではないか。今の器が美に病むのは用を忘れたからである。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
お増は、お雪が先に見込みもない芸人などに引きられているのを、歯痒はがゆく思ったが、長いあいだ腐れあった二人のなかは、手のつけようもないほど廃頽はいたいしきっているのであった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
このギリシャ式の服をまとってる廃頽はいたいした東ゴートの気障きざな文学ぐらい、クリストフの精神に相反するものはなかった。しかし彼の周囲の者は傑作だと称賛していた。彼は卑怯ひきょうだった。
が、平潟の廃頽はいたい的なのに比べたら、ここはさすがに晴れやかで、享楽的である。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
此の都の魅力に対する憎みを語って語り抜いて彼女から一雫ひとしずくでも自分の為めに涙を流して貰ったら、それこそ自分の骨のずいにまで喰い込んでいる此の廃頽はいたいは綺麗に拭い去られるような気がする。
巴里祭 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
此方こなたの建物の窓、池のほとり、或は数人、十数人、毒茸どくたけの群がり生えた様に、赤、黄、青、色とりどりの楽隊さんが、ジンタジンタと、その音も懐しき廃頽はいたいの曲を、空にも響けと合奏しているのだ。
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
廃頽はいたいした文学を能く知りかつその気分に襯染しんせんしていた。
以前の廃頽はいたい生活から救ひ出される事が出来た経歴を持つて居り、私の精神は一にかかつて彼女の存在そのものの上にあつたので、智恵子の死による精神的打撃は実に烈しく
智恵子抄 (新字旧仮名) / 高村光太郎(著)
この世界にはやまいは許されておらぬ。病いは働く者に近づかない。奉仕する者は多忙である。感傷にふけってはいられない。忙しい蜂は悲しむ暇がないといわれる。廃頽はいたいおぼれてもいられない。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
そして彼らと交際してるうちに、他の人々にたいして、働いてる人々にたいして、一種の軽侮の念を起こさせられた。彼女は驚くべき順応力によって、それらの廃頽はいたいした無駄むだな魂とすぐ同化した。
私を破れかぶれの廃頽はいたい気分から遂に引上げ救い出してくれたのは彼女の純一な愛であった。
智恵子の半生 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
私を破れかぶれの廃頽はいたい気分から遂に引上げ救ひ出してくれたのは彼女の純一な愛であつた。
智恵子抄 (新字旧仮名) / 高村光太郎(著)