たの)” の例文
残暑の日盛り蔵書を曝すのと、風のない初冬はつふゆ午後ひるすぎ庭の落葉をく事とは、わたくしが独居の生涯の最もたのしみとしている処である。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そしてロチスターさんは、さうされるのが大層好きらしく、またその惠まれたたのしみを感謝してる樣子だつた。これは見られたかな?
かぞふる道楽のうちで、殿様は一番変り種の小鳥やけものが好きで、自分の力で手に入れる事が出来る限り、いろんな物を飼つてたのしんでゐた。
いはんや、ねころんでたのしみながら読んで役に立つといふやうな巧妙な読み物としての学術書、手引書などは殆ど見当らない。
つんと答えずに、朱実はった。——そして三味線をかかえると、客をたのしませようとするよりは、自分ひとりの思い出でも娯しむように
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大きい方の姪はまだ戻って来なかったが、彼が土産の品を取出すと、「まあ、こんなものを買うとき、やっぱし、あなたもたのしいのでしょう」
永遠のみどり (新字新仮名) / 原民喜(著)
病友はこれ等をたのしみ終りまだ薬の気が切れずに上機嫌の続く場合に、鼈四郎を遊び相手にわずらわすのにはさすがの鼈四郎も、病友が憎くなった。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「わかくさも古草もまじつてゐて、たのしい時を思はせてゐる」と言うた表現が、更に文学的に展開した構想の痕が見える。
だがその夢ましい展望に、詩人的な感慨をたのしんでいられる彼ではない。マッチを摺って腕時計にかざす。七時十二分。
稽古を積めば積むほどたのしみが深くなってゆきまして、大業おおぎょうに申せば、私どもの生活のすぐれたかてとなって居ります。
無表情の表情 (新字新仮名) / 上村松園(著)
けい 何時、何処が戦争でごった返しになるかわからない中国にいて、女や子供だけで、のうのうと旦那様の留守をたのしんでなどいられるのですか。
女の一生 (新字新仮名) / 森本薫(著)
先生はこの手紙が自己の空想の上に、自己の霊の上に、自然に強大に感作するのを見て、独り自らたのしんでいる。
田舎 (新字新仮名) / マルセル・プレヴォー(著)
如何に婢僕ひぼくにかしずかれて快い安逸をたのしむか。如何に数多の女共によって天国の楽しみを味わうか。
南島譚:01 幸福 (新字新仮名) / 中島敦(著)
一生の運の定まる時と心附いたのか? そもそもまた狂い出す妄想ぼうそうにつれられて、我知らず心を華やかな、たのしい未来へ走らし、望みを事実にし、うつつに夢を見て、嬉しく
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
あの一味放縦いちみほうじゅう陶酔境とうすいきょうといったものは、彼にとって、ちょっと金で買えないたのしみであったのだ。
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
盗賊悪人も我妻子という事もなし。男女もし婬慾を起すも相見て語らず。女が男に随って行き園中で二、三日から七日続けて相たのしみ、事済まば随意に別れ去って相属せず。
眼をたのしますものもないから、らんりかゝって、前の二階の客が煙草を喫ったり、話しをしていたり、やはり、つくねんとして此方こっちを見ているのを見る他、眼をどうしても
渋温泉の秋 (新字新仮名) / 小川未明(著)
我もし兎も角もならん跡には、心に懸かるは只〻少將が身の上、元來孱弱の性質、加ふるにをさなきより詩歌しいか數寄の道に心を寄せ、管絃舞樂のたのしみの外には、弓矢の譽あるを知らず。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
ずっと以前は遊びというものはたのしむものでした、お商人衆は商売を忘れ、お武家がたはお勤めの肩の凝りをとるためにそれこそかみしもをぬいで、馬鹿になってお娯しみなすったものです
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
其の芸術をたのしむ事の出来る自由な精神を持っている民衆を。容赦のない労働や貧窮に蹂みにじられないひまのある民衆を。有らゆる迷信や、右党若しくは左党の狂信に惑わされない民衆を。
月見なり、花見なり、音楽舞踏なり、そのほか総て世の中の妨げとならざるたのしみ事は、いずれも皆心身の活力を引立つるために甚だ緊要のものなれば、仕事のいとまあらば折を以て求むべきことなり。
家庭習慣の教えを論ず (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
しかしそう思いつつも彼を見ると私の目はたのしんだ。
光り合ういのち (新字新仮名) / 倉田百三(著)
女はそれを拾い読みに読んではたのしんでいる。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
妻「へえ、此の内儀さんと一緒に銭屋へ逗留していて、へえ、そうとも知らねえで、うちじゃア案じていたのに、銭屋へ泊って此様こんな美くしい内儀さんと五日も逗留してたのしんでいたんでがんすか、良人あんたマア幾歳いくつになるだか」
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
私はまた、庭の高い忍返しのびがへしのある塀の向うには、地平線より外に遮るものもない、大きなよろこびやたのしみがあることを發見した。
船は荷積をするため二日二晩碇泊ていはくしているので、そのあいだに、わたくしは一人で京都大阪の名所を見歩き、生れて初めての旅行をたのしんだ。
十九の秋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「お蔭できずなほつてからは、人間も一段と悧巧になり、従来これまでのやうに鬱々くさ/\しないで、その日その日をたのしむやうになつた。」
実をいえば、幼少の頃、於福の父の茶わん屋に奉公中から、かの地に長くいた捨次郎と申すものから、そうした話を聞くのがたのしみのひとつでした。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たのしみを失いきった語部の古婆は、もう飯を喰べても、味は失うてしまった。水を飲んでも、口をついて、独り語りが囈語うわごとのように出るばかりになった。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
夏の終り頃、彼は一人で山の宿へ二三泊の旅をしたが、殆ど何一つ目も心もたのしますもののないのに驚いた。山の湖水の桟橋に遊覧用のモーター・ボートが着く。
苦しく美しき夏 (新字新仮名) / 原民喜(著)
瓶沙王びょうしゃおう登極とうきょくの初め、諸采女うねめとこの園に入り楽しまんとせしに、一同自らさとりて婬欲なく戯楽をたのしまず、その時王もし仏が我国に出たら我れこの勝地を仏に献ずべしと発願ほつがん
それが終ると、彼はかねて探って置いた、由蔵の秘密のたのしみ場所たる、女湯の天井の仕掛のある節穴ふしあなの処へ来て、由蔵が設置した望遠鏡の代りに、持って来た撮影機を据えつけた。
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
環虫類も何だか虫の中ではみにく衰亡者すいぼうしゃのように思えるし、鰻だとて、やはり時代文化に取り残されたような魚ではないか。衰亡の人間が衰亡の虫をおとりにつかって衰亡の魚をとらえてたのしみにする。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
両人ふたりの話している所を聞けば、何か、談話はなしの筋の外に、男女交際、婦人矯風きょうふうの議論よりは、はるかまさりて面白い所が有ッて、それを眼顔めかおで話合ッてたのしんでいるらしいが、お勢にはさっぱり解らん。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
彼はたのしい夢をいだきはじめた、その舟をうまく利用してみっちり貯めたうえもう一そう買う、それからもう一艘、——機械船が三ばいもあれば立派な船宿がやれる、そうなったら自分は船宿の主人あるじ
お繁 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
西八條の屋方やかたに花見のうたげありし時、人のすゝめにもだし難く、舞ひ終る一曲の春鶯囀に、かずならぬ身のはしなくも人に知らるゝ身となりては、御室おむろさとに靜けき春秋はるあきたのしみし身のこゝろまどはるゝ事のみ多かり。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
「私はかういふ艶つぽい場所が好きだ。芝居、ダンス、活動、待合。総じて人だまりと女のゐる場所はみんないいね。一晩に一場所づつ、粋な場所で遊んでくらして、それからゆつくり寝るのさ。ほかにたのしみもないのでね」
わたくしは齠齔ちょうしんのころ、その時代の習慣によって、はやく既に『大学』の素読そどくを教えられた。成人の後は儒者の文と詩とをしょうすることをたのしみとなした。
西瓜 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
何といふ結構な道徳であらう、女は陶器皿せとざらと一緒で、同じ事なら大事に取扱つた方がよいのだ。——蜂はひまさへあれば女王の顔を見てたのしんでゐるさうだ。
生きているうちに感じられるもの、味わえるもの、たのしめるもの、たとえば、今の一瞬でも、あるがままに、在るところに、娯しむのに何の不自然——何の不徳。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
燈火管制の下で、明日をも知れない脅威のなかで、これは飯事遊ままごとあそびのようにたのしい一ときであった。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
侯その女に何故さように泣き叫ぶかと問うと、女こたえて「わが君よ、君ほどの勇将がギリシアの男子が君に抵抗し能わざるに乗じ、か弱き女人と戦うてたのしまんとするを妾は怪しむ」
「ロチスターさんはお客さま方と一緒にゐて、たのしむ權利がおありです。」
見ることが、ああ、せめてものたのしみだ。えろ、わめけ、竹花中尉!
恐しき通夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
けれども翁は深く悲しむ様子もなく、閑散の生涯を利用して、震災後市井しせいの風俗を観察して自らたのしみとしていた。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
たのしめ、娯しめ、今だけでなく、永くこの人生を。——二度とは生れ難い人間と生れて、勿体ないぞ)
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だが、それはそれとして、妻も「衣裳戸棚」の旅の話を知っていた。あのような奇怪な絶望のはてのたのしい旅へ出られたら、——それはこの頃二人に共通する夢でもあった。
冬日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
倹約しまつな京都人は、ひといてくれたものを、自分でたのしむやうな贅沢な事はしない。
ただには置かず揚代あげだい請求の訴を法廷へ持ち出すと、ボッコリス王、ともかくもその男にトが欲するだけの金を鉢に数え入れ、トの眼前で振り廻さしめ、十分その金を見てたのしめよとトに命じた。
わたしの新しき女を見てわずかに興を催し得たのは、自家の辛辣しんらつなる観察をたのしむにとどまって、到底その上に出づるものではない。内心より同情を催す事は不可能であった。
十日の菊 (新字新仮名) / 永井荷風(著)