たつた)” の例文
たつた一輛残つてゐた俥の持主は五年前に死んで曳く人なく、かじの折れた其俥は、遂この頃まで其家そこの裏井戸のわきで見懸けられたものだ。
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「幾ら名器だつて何万円は高過ぎよう。それにそんな物をたつた一つ買つたところで、ほかの持合せと調和が出来なからうぢやないか。」
贋物 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
「さやうで御座います。来月あたりに成りませんと、余り咲きませんので、これがたつた一つ有りましたんで、まぐざきなので御座いますね」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
余が十歳の夏、父母に伴はれて舟で薩摩境の祖父を見舞に往つた時、たつた二十五里の海上を、風が惡くて天草の島に彼此十日も舟がかりした。
熊の足跡 (旧字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
また彼方此方あつちこち五六けん立場茶屋たてばぢややもござりますが、うつくしい貴女あなたさま、たつた一人ひとりあづけまして、安心あんしんなは、ほかにござりませぬ。
雪の翼 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
お前知らずか己れもたつた今うちの父さんが龍華寺の御新造と話して居たを聞いたのだが、信さんは最う近々何處かの坊さん學校へ這入るのだとさ、衣を着て仕舞へば手が出ねへや
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
それがたつた一つの氣がかりだ
「幾ら名器だつて何万円は高過ぎよう。それにそんな物をたつた一つ買つたところで、ほかの持合せと調和が出来なからうぢやないか。」
『今夜あの衣服きもの裁縫こしらへて了へば、明日幾何いくらか取れるので御座んすけれど……たつた四錢しか無かつたもんですから。』
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
「さやうで御座いますか。唯今ぢきに片付けますです。これはたつた一つ早咲はやざきで、めづらしう御座いましたもんですから、先程折つてまゐつて、いたづらに挿して置いたんで御座います」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
日本人は地味でぽんほか言分いひぶんはないが、たつた一つ辞世だけは贅沢すぎる。死際にはお喋舌しやべりは要らぬ事だ。狼のやうに黙つて死にたい。
『今夜衣服きもの裁縫こしらへて了へば、明日幾何いくらか取れるので御座んすけれど……たつた四銭しか無かつたもんですから。』
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
それが為に始終悒々ぶらぶらまるわづらつてをるやうな気分で、ああもうこんななら、いつそ死んでしまはう、とつくづくさうは思ひながら、たつたもう一目、一目で可うございますから貫一かんいつさんに逢ひませんでは
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「申し兼ねますが、先生、たつた一枚で結構で御座いますから、貴方のお書きになりました原稿が戴かれないもので御座いませうか。」
と、渠は小声に抑揚ふしをつけて読み出した。が、書いてあるのはたつた十二三行しかないので、直ぐに読終へて了ふ。と繰返してまた読み出す。再読終へて再読み出す。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
と、色々聞合せてみると、讃岐守には何一つ道楽といふ程の物はなかつたが、たつた一つ鶉を飼ふのが好きだといふ事が判つた。
と、怎したのか知らぬが他の者まで動き出して、編輯局にたつた一人残つた。それは竹山であつたさうな。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
一体男といふものは、方々で色々とかくぐひをする癖に、女房かないや子供にだけはそんな真似はさせまいとしてゐる。これが男のたつた一つの道徳なのだ。
何日いつ誰が言つたともなく、高田源作は村一番の乱暴者と指されてゐた。それが、私のたつた一人の叔父。
刑余の叔父 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
むかし熊坂長範ちやうはんが山で一稼ぎする積りでが更けて高野へ登つた事があつた。大きな伽藍がらんは皆門を閉ぢてゐるなかに、たつた一つ小さなの見える所がある。
『これはおかめ屋の市ちやん。たつた三度しか男と寝た事が無いさうです。然うだつたね、市ちやん?』
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
この村には百八十二軒の家庭があるが、こゝ十年が間に生れた子供は、まるでで二百十二人で、揃ひも揃つてやくざな男の児ばかり、女といつてはたつた一人しかない。
お定も急がしく萌黄もえぎの大風呂敷を拡げて、手廻りの物を集め出したが、衣服といつてもたつた六七枚、帯も二筋、娘心には色々と不満があつて、この袷は少しけてゐるとか
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
その実はたつた一人しか居なかつたのだが、婦人記者は将軍家といふものは、往時むかしから真実ほんとうの事を聞馴れないものだといふ事を思つて、つい一寸掛値を言つてみたのだ。
自分がたつた十五円なのに、長野の服装の自分より立派なのは、若しや俺より高く雇つたのぢやないかと云ふ疑ひを惹起ひきおこしたが、それは翌日になつて十三円だと知れて安堵した。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
と平岡氏は皺くちやな鼻を動かせながら得意になつたが、考へてみると、古代更紗がたつた三反で二万円だとすると自分の所蔵品そつくりを十万円は、大分だいぶん安過ぎるやうだ。
意外とんだところに感心して、『ナントお前様、此地方ここらではハア、今の村長様の嬶様かかあさまでせえ、箪笥がたつた三竿みさを——、うんにや全体みんなで三竿でその中の一竿はハア、古い長持だつけがなツす。』
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
折角せつかく御越おこしやさかい、山中やまぢうさがしましたがたつたぽんほか見附みつかりまへなんので、えらどんこととす」
茸の香 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
『末蔵がでや、たつた四十円で家屋敷白井様に取上げられたでねえすか。』とお八重が言つた。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
『末藏が家でや、たつた四十圓で家屋敷白井樣に取上げられでねえすか。』とお八重が言つた。
天鵞絨 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
吾等われらは世界にたつた一つの健康を与へてれる戦争を歌はうと思ふ。
其隣の郵便局には、此村にたつた一つの軒燈がついてるけれども、毎晩点火ともる訳ではない。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
それでゐて、健の月給はたつた八円であつた。そして、その八円は何時いつでも前借ぜんしやくになつてゐて、二十一日の月給日が来ても、いつの月でも健には、同僚と一緒に月給の渡されたことがない。
足跡 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
二階の八畳間に、火鉢がたつた一個ひとつ幾何いくら炭をつぎして、青い焔の舌を断間しきりなく吐く程火をおこしても、寒さがそびらから覆被おつかぶさる様で、襟元は絶えず氷の様な手で撫でられる様な気持がした。
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
衣服といつてもたつた六七枚、帶も二筋、娘心には色々と不滿があつて、この袷は少しけてゐるとか、此袖口が餘り開き過ぎてゐるとか、ひそ々話に小一時間もかゝつて、漸々やう/\準備したくが出來た。
天鵞絨 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
と渠は、横濱でたつた十錢持つて煙草買ひに行つた時、二度三度呼んでも、誰も店に出て來なかつたので、突然「敷島」を三つ浚つて逃げた事を思ひ出した。渠はキリキリと齒を喰しばつた。
病院の窓 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
それも君一人ならだね。彼麽あんな年老としとツた伯母さんを、………………………今迄だツて一日も安心さした事ツて無いんだが、君にやたつた一人の御母おつかさんぢやないか、此以後このさき一体どうする積りなんだい。
漂泊 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
たつた五六通の電報に三十分も費して、それで間違ひだらけな訳をする。
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
『違警罪がたつた一つ厶いました。今書いて差上げます。』
病院の窓 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
たつた八円の月給では到底喰つて行けなかつた。
足跡 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
編輯局には、主筆から校正までたつた五人。
菊池君 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
『何だ、たつた一圓五十錢か!』
病院の窓 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)