呆気あつけ)” の例文
旧字:呆氣
夜中のわめのゝしる声に驚いて雨戸まで開けた近所の人達は朝には肩を並べて牛を引いて田圃たんぼに出て行く私共父子を見て呆気あつけにとられた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
これにや一座も、呆気あつけにとられた。——とられた筈さ。そこにゐた手合てあひにや、遊扇いうせんにしろ、蝶兵衛てふべゑにしろ、英語の英の字もわかりやしない。
南瓜 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
それもドブンと不意に川にはまつたやうに其話に移るので、聴手は一寸呆気あつけに取られてゐる中に、話は一蹶いつけつして向岸に躍り上つてしまふ事がある。
露都雑記 (新字旧仮名) / 二葉亭四迷(著)
と仕打は呆気あつけに取られたやうに言つた。そして精々大石の友達ででもあるらしく、真面目に苦り切つた顔をしたが、幾らか面附つらつきが歪んで見えた。
読み終つて呆気あつけに取られたやうな気がした。矢張空想だつた。しかもわるくこね廻した空想だつた。せめて、もうすこし素直であつたらばと思つた。
或新年の小説評 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
呆気あつけにとられて裸体のまゝ小屋の外に出てみると、赤黒く濁つた水がほんの僅かの間に全く川原を浸して流れて居る。
渓をおもふ (新字旧仮名) / 若山牧水(著)
ですから、ただ呆気あつけにとられまして、ただソーツと、父のかほを見上げましたが、父は嫌といふなら、いつてみよといはぬばかりの、意気込みでした。
こわれ指環 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
滔々たう/\と縁日の口上口調で饒舌しやべり立てる大気焔に政治家君も文学者君も呆気あつけに取られて眼ばかりパチクリさせてゐた。
貧書生 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
いと縮緬ちりめん風呂敷ふろしきにつゝんだ菓子折くわしをりを出した。長吉は呆気あつけに取られたさまでものはずにおいと姿すがた目戍みまもつてゐる。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
車夫は呆気あつけに取られて、何かぶつ/\呟いて居た。私が金沢のものだなどと嘘を言つたのを変に思つたのであらう。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
呆気あつけない別れがその時は当然の事の様に想はれて格別何の感じも無かつたが、あとになつて考へると何だか淋しい。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
わしたゞ呆気あつけられてると、爪立つまだてをして伸上のびあがり、をしなやかにそらざまにして、二三たてがみでたが。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
母は恥かしい父を子供たちに見せたくないやうに、呆気あつけにとられてゐる皆を促して、泣き泣き家へ帰つた。帰つてから部屋の隅で母はいつまでも泣嗚咽なきじやくつてゐた。
父の帰宅 (新字旧仮名) / 小寺菊子(著)
友は呆気あつけにとられながら、私の顔をぼんやり見詰めた。私の顔は岩礁がんしようのやうに緊張して居た。
田舎の時計他十二篇 (新字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
そこで彼女も呆気あつけにとられ、ぽかんとした顔で、寒さに歯をガチガチと打鳴らしながら
釜ヶ崎 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
真言宗の坊主の印を結ぶのを極めてはやくするやうなので、晩成先生は呆気あつけに取られて眼ばかりパチクリさせて居た。老僧は極めて徐かに軽く点頭いた。すると蔵海は晩成先生に対つて
観画談 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
ゆき子も案外自然であつた。ゆき子は激しい息づかひで、富岡の胸に顔をすりつけて来た。呆気あつけなかつたが、富岡はゆき子の顔を胸から引きはなして、ぼつてりした唇を近々に見つめた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
「よく怪我けがをしないものだね。」しばらく呆気あつけにとられてゐた重役が訊いた。
手品師 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
指環の中の金剛石ダイヤモンドは眼もくらむ程美しい光りを放つたかと思ふと見るに灰になつてしまひました。二人は呆気あつけに取られて見てりましたがお神さんはいきなり亭主の胸にすがり付いて泣き出しました。
金剛石 (新字旧仮名) / 夢野久作(著)
心持息をはづませて、呆気あつけにとられてゐる四人の顔をいそがしく見巡した。
足跡 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
ちよいと呆気あつけにもとられましたが、丸佐の主人の前を見ると、もう一つ紙に包んだお金がちやんと出てゐるのでございます。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
紳士は一寸帽子のつばへ手を掛けて挨拶した。桑原氏は呆気あつけにとられてその後姿を見入つた。
呆気あつけとられてる/\うちに、したはうからちゞみながら、ぶくぶくとふとつてくのは生血いきちをしたゝかに吸込すひこ所為せゐで、にごつたくろなめらかなはだ茶褐色ちやかツしよくしまをもつた、痣胡瓜いぼきうりのやうな動物どうぶつ
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
みんな呆気あつけにとられて、この小さなね者の後姿を見送るだけだつた。
父の帰宅 (新字旧仮名) / 小寺菊子(著)
タゴールも多少呆気あつけに取られたであらうと思ふ。
スケツチ (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
金花は思はず立ち上つて、この見慣れない外国人の姿へ、呆気あつけにとられた視線を投げた。客の年頃は三十五六でもあらうか。
南京の基督 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
番頭は呆気あつけに取られて、女客の顔を見た。そしてこの女がその晩の名高い歌手うたひてである事に気がくと、じつと眼を皿のやうにみはつた。——で、言はれた通りに入場料だけは倹約しまつをする事にした。
更に又下の句などを見れば、芭蕉の「調べ」を駆使するのに大自在を極めてゐたことには呆気あつけにとられてしまふ外はない。
芭蕉雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
皆は呆気あつけにとられて互に顔を見合はした。
南京の基督はかう云つたと思ふと、おもむろに紫檀の椅子を離れて、呆気あつけにとられた金花の頬へ、後から優しい接吻を与へた。
南京の基督 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
医者は呆気あつけに取られた。
が、恐しい母の顔には呆気あつけにとられたのでございませう。ふだんは物に騒がぬ父さへ、この時だけは茫然としたなり、口も少時しばらくは利かずに居りました。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
それがどう思つたのか、二階の窓から顔を出した支那人の女の子を一目見ると、しばらくは呆気あつけにとられたやうに、ぼんやり立ちすくんでしまひました。
アグニの神 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
乞食は呆気あつけにとられたのか、古湯帷子ゆかたの片膝を立てた儘、まじまじ相手を見守つてゐた。もうその眼にもさつきのやうに、油断のない気色けしきは見えなかつた。
お富の貞操 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
婆さんは呆気あつけにとられたのでせう。しばらくは何とも答へずに、あへぐやうな声ばかり立ててゐました。が、妙子は婆さんに頓着せず、おごそかに話し続けるのです。
アグニの神 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
良秀は机の向うで半ば体を起した儘、流石に呆気あつけにとられたやうな顔をして、何やら人にはわからない事を、ぶつ/\呟いて居りました。——それも無理ではございません。
地獄変 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
呆気あつけにとられてゐた同役は、皆互に顔を見合せながら、誰に尋ねるともなく、かう云つた。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
トルストイは呆気あつけにとられたやうに、子供たちの顔を見廻してゐた。が、昨日の山鴫が無事に見つかつた事を知ると、忽ち彼の髯深ひげぶかい顔には、晴れ晴れした微笑が浮んで来た。
山鴫 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
良平は一瞬間呆気あつけにとられた。
トロツコ (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
主人は呆気あつけにとられてゐる。
LOS CAPRICHOS (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)