可哀想かわいそう)” の例文
その日誠吾は中々金を貸してろうと云わなかった。代助も三千代が気の毒だとか、可哀想かわいそうだとか云う泣言は、なるべく避ける様にした。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「ふうん。籤にはずれた奴は可哀想かわいそうだな。町には帰省兵きせいへいがぞろぞろ歩いているが、実際に町を調べてみると、出掛けたまんまのものばかりだ」
諜報中継局 (新字新仮名) / 海野十三(著)
蔵の金銀にも、すこし日のめを見せてやらなくちゃ可哀想かわいそうだ。それでは、お言葉に甘えて一年ばかり、京大阪で気保養をして来ますからね。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
見えん処へ隠してくれんか。——私はもう、あの人が田圃で濡れた時の事を思っても、悚然ぞっとする。どうだね、可哀想かわいそうだとは思わないかね。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「川にも運命があると見えまして、あの忍川なぞは可哀想かわいそうな川でございます。あなたさまは、王子の滝ノ川をご存じでいらっしゃいましょう」
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
僭越せんえつじゃな、わしをあわれみなさるとは。若いかたよ。わしを可哀想かわいそうなやつと思うのかな。どうやら、お前さんのほうがよほど可哀想に思えてならぬが。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
おまけに、君、その旦那を紹介した男が、旅費が無くなったと言って、吾家うちころがり込んで来る……その男は可哀想かわいそうだとしたところで、旅費まで持たして
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「一人にお逢いすれば一人がお可哀想かわいそうでございます。ですから、お二人ともわたくしはお逢いいたしませぬ。」
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
ソコで私は前には馬鹿をするなといっめたのであるけれども、監禁されて居るとえば可哀想かわいそうだ。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
ぼくと共鳴せえへんか」そんな調子だったから、お辰はあれでは蝶子が可哀想かわいそうやと種吉に言い言いしたが、種吉は「ん坊んやから当り前のこっちゃ」別に柳吉を非難もしなかった。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
大方おおかたまつろうやつァ、今時分いまじぶん、やけでかけた吉原よしわらで、折角せっかくひろったような博打ばくちかねを、もなく捲揚まきあげられてることだろうが、可哀想かわいそうにこうしておせんのあしきながらこのにおいをかいでる気持きもち
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
おまけに、そのとき、あなたはぼくがってから、初めて厚目に、白粉おしろいをつけ、紅をっていた。その田舎娘いなかむすめみたいなお化粧けしょうが、なみだくずれたあなたほど、みじめに可哀想かわいそうにみえたものはありません。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
おお可哀想かわいそうに、可哀想にと、あたしを心からあわれんで泣いていたのよ。……人間の目の中には、その人の一生涯のことが書いてあるわね。まして、たった今の心持こころもちなんか、初号活字で書いてあるわ。
断崖 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「あたしより、あなたの方が、可哀想かわいそうだわ。」
花園の思想 (新字新仮名) / 横光利一(著)
藤尾あれも実は可哀想かわいそうだからね。そう云わずに、どうかしてやって下さい」と云う。甲野さんはひじを立てて、手の平でひたいを抑えた。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私を可哀想かわいそうだとお思いなすったら、このお邸のおさんどん、いくや、いくや、とおっしゃってね、豆腐屋、薪屋まきやの方角をお教えなすって下さいまし。
錦染滝白糸:――其一幕―― (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ああ、可哀想かわいそうだ。人間が可哀想だ。僕も、ホレーショーも可哀想。ポローニヤスも、オフィリヤも、叔父さんもお母さんも、みんな、みんな可哀想だ。
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
「先生、昨夜の連中は毒瓦斯ガスにやられたそうです。症状からみると一酸化炭素の中毒らしいですが、どうも可哀想かわいそうなことをしました」と松ヶ谷学士は下をいた。
国際殺人団の崩壊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「今考えてみれば、僕はひがみながらも僕の心の底では娘が可哀想かわいそうで、いじらしくてならなかったのです」
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
基経は念を押すように娘の方を見た。橘はいのるように父に何もいうなという怖気おじけのある色をうかべて、もう、鳥をつのは可哀想かわいそうだという意味をも含ませた眼附めつきだった。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「あの子可哀想かわいそうに、やられてばかりだなア」
罌粟の中 (新字新仮名) / 横光利一(著)
食うのは、ちと贅沢ぜいたくの沙汰だが、可哀想かわいそうでもあるから、——さあ食うがいい。——姉さん、この恵比寿はどこでできるんだね
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「情無い事を、おっしゃる。ハムレットさま、あなたは、可哀想かわいそうなお子です。なんにも御存じないのです。」
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
可哀想かわいそうに、鳴いているな」そう云って大蘆原軍医は、大きい鉄枠てつわくのなかをのぞきこんだ。
恐しき通夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「同じ事を、可哀想かわいそうだ、と言ってくんねえ。……そうかと言って、こう張っちゃ、身も皮も石になってかたまりそうな、せなかつまって胸は裂ける……揉んでもらわなくては遣切やりきれない。遣れ、構わない。」
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
同じ摩擦法はまた三四分繰り返される。最後に甘木先生は「さあもうきませんぜ」と云われた。可哀想かわいそうに主人の眼はとうとうつぶれてしまった。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こんな太鼓をかついでのこのこ歩かなければならぬのか、思えば思うほど、いまいましく、ことにも女は、はじめから徳兵衛の事などかくべつ可哀想かわいそうとも思わず
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「おお、きんさん。可哀想かわいそうに……」と番人は声をふるわせた。「助かりますか」
ゴールデン・バット事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
晃 可哀想かわいそうな事を言え、まさか。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
可哀想かわいそうだと云う念頭に尾羽おはうち枯らした姿を目前に見て、あなたが、あの中学校で生徒からいじめられた白井さんですかと聞きただしたくてならない。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あなたのおかげで、わしの一家は滅茶滅茶めちゃめちゃです。わしは田舎にひっこんで貧乏な百姓親爺おやじとして余生を送らなければならなくなりました。レヤチーズも、可哀想かわいそうに。
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
「お父ちゃんも、お母ちゃんも居る筈なんだけれどネ、アメリカの飛行機が爆弾を落として、お家を焼いちゃったもんだからネ、どこへ行っちゃったか、判らないのッて云ってたよ。可哀想かわいそうだねーェ」
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
何しろ困ると助けてくれって能く泣き付いて来るんで、私ゃ可哀想かわいそうだからそのたんびにいくらかずつ都合してったよ
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
思いもかけない事が起りますよ。覚悟は出来ていますか。可哀想かわいそうに、なんにも知らない。無智だ。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
だから社会が悪いんだと断定はして見たが、いっこう社会が憎らしくならなかった。ただ安さんが可哀想かわいそうであった。できるなら自分と代ってやりたかった。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
むだな事だ、にくい邪魔、突き刺して絹を取り上げ、家へ帰ってお母さんに、きょうは手剛てごわい旅人にい、可哀想かわいそうに妹は殺されましたと申し上げれば、それですむ事、そうだ
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
その馬鹿がこの騒ぎを見て御前方おまえがたは何でそんなに騒ぐんだ、何年かかっても地蔵一つ動かす事が出来ないのか、可哀想かわいそうなものだ、と云ったそうですって——
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「その一つも出来やしねえ可哀想かわいそうな野郎には、せめて最後の唯一の手段」
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「お延、叔父さんはなさけない事になっちまったよ。日本に生れて米の飯が食えないんだから可哀想かわいそうだろう」
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ジャピイと、カア(可哀想かわいそうな犬だから、カアと呼ぶんだ)
女生徒 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「お前はあんな人にと云うがね、あれでも今度こんだ遠い朝鮮へ行くんだからね。可哀想かわいそうだよ。それにもう約束してしまったんだから、どうする訳にも行かないんだ」
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「しかし、そんな極端ないじめ方をしちゃ、可哀想かわいそうだ。」
未帰還の友に (新字新仮名) / 太宰治(著)
「うん。可哀想かわいそうな事をした。その節は又御叮嚀ていねいに難有う。どうせ死ぬ位なら生れない方が好かった」
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あの時は可哀想かわいそうだった。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「なぜって。——可哀想かわいそうに、そんなに零落れいらくしたかなあ。——君道也先生、どんな、服装なりをしていた」
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「どうしたんです。何だかちょっと見たばかりで非常に可哀想かわいそうになりました。全体どうしたんです」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「今でも若いつもりですよ。可哀想かわいそうに」放したたかはまたそれかかる。すこしも油断がならん。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
可哀想かわいそうにこれでもまだ二十四ですぜと云ったらそれでも、あなた二十四で奥さんがおありなさるのは当り前ぞなもしと冒頭ぼうとうを置いて、どこのだれさんは二十でおよめをおもらいたの
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こんな所に住んでご城下だなどと威張いばってる人間は可哀想かわいそうなものだと考えながらくると、いつしか山城屋の前に出た。広いようでも狭いものだ。これで大抵たいてい見尽みつくしたのだろう。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかし大抵の場合にはその不安の上に、より大いなる慈愛の雲が靉靆たなびいていた。彼は心配よりも可哀想かわいそうになった。弱いあわれなものの前に頭を下げて、出来得る限り機嫌を取った。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)