刺青いれずみ)” の例文
祖父の左の二の腕に桃の実の小さい刺青いれずみのあったのを覚えている。骨董道楽こっとうどうらくで、離れの床の間には蒐集品しゅうしゅうひんがごたごた置いてあった。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
萬次はこと/″\しをれ返つてをります。これが筋彫の刺青いれずみなどを見榮にして、やくざ者らしく肩肘かたひぢを張つてゐたのが可笑しくなるくらゐです。
茶気満々の商売に似ず、師匠の向うを張って二の腕まで立派な刺青いれずみのあった江戸ッ子肌、力はないが平素侠客をもって任じ、往々失敗。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
わけて弟のほうは、その太股ふともも飛天夜叉ひてんやしゃ刺青いれずみを持ち、嶺を駆ければ、鹿しかおおかみは影をひそめ、鳥も恐れ落ちなんばかりな風があった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「あいつは左の腕に、花札の四光の刺青いれずみをしている、それで四光の平次と云われてるが、二人も人をあやめた凶状持ちだぞ」
あすなろう (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
パチリと女はかいなを打った。どうやら藪蚊が刺したらしい。左の腕の肩まで捲った。月光に浮いて見えたのは、ベッタリ刻られた刺青いれずみであった。
剣侠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
一つは主人達の眼をくらます為であり、主な理由はそうして働きながら、眼の角に入れるミチの刺青いれずみの肉体が彼を異常な歓喜に陥入おとしいれるのだ。
刺青 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
女性の△△△の中へ、蛇が這ひ込んで居る刺青いれずみを背中にして居る、淫売のおとめが一昨日死んだ。そして、昨日はその阿爺が避病院へ送られた。
それは、全身にいろいろの刺青いれずみを施した数名の壮漢が大きな浴室の中に言葉どおりに異彩を放っていたという生来初めて見た光景に遭遇したのであった。
蒸発皿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
おろさなければあの小僧をたたき殺すがえかチウてな。胸の処の生首なまくび刺青いれずみをまくって見せよった。ムフムフ」
難船小僧 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それからまた、綿ビロードの大きなズボンをはき、足には木靴きぐつをつっかけ、シャツも着ず、首筋を出し、刺青いれずみした両腕を出し、顔はまっ黒に塗られていた。
いっそ、桜の花の刺青いれずみをしようかと思って居ります。私は子供じゃないんだ。所で、あなたに手紙を書きたかったのは、ぼくはもう文学を止めたいとおもう。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
彼もこのお孃さんを刺青いれずみをした蝶のやうに美しいと思つてゐた。しかし、それだけのことで、彼はむろんこのお孃さんのことなどさう氣にとめてもゐなかつた。
ルウベンスの偽画 (旧字旧仮名) / 堀辰雄(著)
あなたが魚をボートの中に引上げようとして腕をおまくりになった時、僕はあなたの肱の所にJ・Aと刺青いれずみしてあるのを見たんです。その字は今でも読めます。
心の不思議な作用として倉地も葉子の心持ちは刺青いれずみをされるように自分の胸に感じて行くらしかった。やや程経ほどたってから倉地は無感情のような鈍い声でいい出した。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
戦争中、密使を遣わすのに、文書ではあぶないので、奴隷の眼病を治してやると称して頭をり、頭の皮膚に通信文を刺青いれずみし、髪の伸びるのを待って先方の陣に送る。
探偵小説の「謎」 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
刺青いれずみと大して異ならないかかる野蛮な風習でもそれが今日残存して現実の風習であるなら、それを疑るよりも、奥義書を書いて無理矢理に美を見出し、疑る者を俗なる者
デカダン文学論 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
あらわになった彼女の象牙色の肉が盛り上る其処そこには可愛らしいジャンダークのたて刺青いれずみしてある。
ドーヴィル物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
女の肌のように白い背中には、一という字の刺青いれずみほどこされているのだ。一——1——一代。
競馬 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
ソッと抜くと、たなそこに軽くのる。私の名に、もし松があらば、げにそのままの刺青いれずみである。
小春の狐 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
伊太利イタリイの選手達は、みんな、船乗り上がりかなにからしく、うでかた刺青いれずみをみせていましたが、人柄ひとがらは、たいへん、あっさりしていて気持よく、いつぞやぼくと東海さんと連れだって
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
女取引所にあらわれる体温によって花咲いた男性の手管てくだを、侵略に委せて刺青いれずみした、肉体的異国的な地図と感情を失ったエモーションの波、そこに愛情の新らしい鋳型いがたを僕は見出すのだ。
痛い目を我慢して若い頃というものはお互無茶をしたものですな、もっともあの頃はこれでおどしもきいたし、賭場とばにはぐりつけに行っても、この刺青いれずみ長脇差どすの代りになったような事も
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
「絵を描きに行くのよ、肌に絵を描きに……つまり、刺青いれずみをしによ……」
私はその人を真実ほんたうの狸とも思つて居ませんでしたが、人間とは少し違ふもののやうに思つて居ました。安兵衛はひぢに桃色をした花の刺青いれずみがしてありました。友吉は顔に黒子ほくろが幾つもある男でした。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
激しい裂目をみせてもう雲母きららの冬。水退けの昏い耕地をずり落ちて天末線の風も凄く、とほく矮樹林は刺青いれずみのやうに擾れてゐる。ここにあるものは己の三歳とその他。純潔の約定と飢餓とその他。
逸見猶吉詩集 (新字旧仮名) / 逸見猶吉(著)
客のマッサージをすませたお柳の身体から、石鹸の泡が滴ると、虎斑とらふに染った蜘蛛くも刺青いれずみが、じくじく色を淡赤く変えつつ浮き出て来た。甲谷は片手で蜘蛛の足に磨きを入れながら彼女にいった。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
ゴロツクは脅迫きょうはくの意味そうな。乳呑子ちのみご連れたメノコが来て居ると云うので、二人と入れ代りに来てもらう。眼に凄味すごみがあるばかり、れい刺青いれずみもして居らず、毛繻子けじゅすえりがかゝった滝縞たきじま綿入わたいれなぞ着て居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
青き波紋の刺青いれずみ
緑の種子 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
万次はことごとくしおれ返っております。これが筋彫すじぼり刺青いれずみなどを見栄みえにして、やくざ者らしく肩肘かたひじを張っていたのが可笑おかしくなるくらいです。
しかし、とにかく相手を侍と見て、彼らもにわかに飛びついてくるような喧嘩下手けんかべたはやらない。皮をくように二の腕の刺青いれずみをたくし上げて
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ほとんど命令的な口調であった。この瞬間に、藤三は刺青いれずみの女を直感した。彼は黙って電気をけ、表戸を開けた。
刺青 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
又、昔はかなり烈しい労働に従事したらしく手足の皮が厚くなっているし、腕力も相当にあるらしく、左の腕に一度小さな刺青いれずみをして焼き消した痕がある。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼もこのお嬢さんを刺青いれずみをしたちょうのように美しいと思っていた。しかし、それだけのことで、彼はむろんこのお嬢さんのことなどそう気にとめてもいなかった。
ルウベンスの偽画 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
そいつは大蛇だいじゃたつといって、からだぜんたいに大蛇の刺青いれずみのある、博奕ばくち打ちなかまでは相当に顔の売れた男ですよ、あっしが御放免になって十日ばかり経った或る日
枡落し (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そうして、へそのある位置にあたって、三日月を下向きに懸けたような模様が、黒く刺青いれずみされていて、わずかにその女が呼吸いきをするごとに、それが口のようにうごめいた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
さよなら、御返事をお待ちしています。三重県北牟婁きたむろ郡九鬼港、気仙仁一。追白。私は刺青いれずみをもって居ります。先生の小説に出て来る模様と同一の図柄にいたしました。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
別れたおかみさんを斬りつけたのだという。足場から墜ちた時脳も打って、その後春さきにでもなると脳が悪くなるように話した。小柄で、裸になると色白で肌に刺青いれずみが浮いて見えた。
その人 (新字新仮名) / 小山清(著)
はねまだら刺青いれずみ
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
智深が法衣ころも諸肌もろはだを脱いだからだ。そしてその酒身しゅしんいっぱいに繚乱りょうらんと見られた百花の刺青いれずみへ、思わず惚々ほれぼれした眼を吸いつけられたことであろう。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
らに、その雪の肌に彫られた刺青いれずみ如何いかに見事であり、人々の眼を奪うものであるかも承知して居る。
刺青 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
西洋人には珍らしい餅肌の、雪のように白い背部から両腕、臀部にかけて、奇妙に歪んだ恰好の薔薇と、百合と、雲と、星とをベタ一面に入乱れて刺青いれずみしてあった。
S岬西洋婦人絞殺事件 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
若樣數馬の左の頬には目に立つほどの黒子ほくろがある——と百姓仁兵衞からも聞きましたが、死體の頬の黒子といふのは、側へ寄つて見ると、これはまぎれない刺青いれずみです。
しょうばい人たあなんのこった、と勘六はひらき直って左の腕をまくった。左の二の腕にはんにゃの面の刺青いれずみがあって、勘六がどすをきかせようとする場合の薬味になった。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
と、頬に守宮やもり刺青いれずみをしている一人の乾児が、梁から釣り下げられている典膳お浦ふたりを指さした。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ねりにねりあげた両腕は夜ごとにむずかゆくなり、わびしい気持ちでぽりぽりひっいた。力のやり場に困って身もだえの果、とうとうやけくそな悪戯心いたずらごころを起し背中いっぱいに刺青いれずみをした。
ロマネスク (新字新仮名) / 太宰治(著)
よって、情状をみ、死一等を減じて、背打ち四十となし、刺青いれずみを加え孟州もうしゅう二千里の外へ流罪といたすものである。……ありがたくおうけいたせ
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
頬に刺青いれずみか何んかあるが、右の耳朶みゝたぶ凍傷しもやけの跡があつて、左の手の小指が子供の時の怪我で曲つて居ますだ。誰が何んと言つても、伜の文三に間違ひはありましねえ
中にも赤褌あかふんどし一貫いっかんで、腕へ桃の刺青いれずみをした村一番の逞ましいのが、真先にあがかまちに立って来て呶鳴どなった。
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しょうばい人たあなんのこった、と勘六はひらき直って左の腕をまくった。左の二の腕にはんにゃの面の刺青いれずみがあって、勘六がどすをきかせようとする場合の薬味になった。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)