人声ひとごえ)” の例文
旧字:人聲
不意に人声ひとごえがしたので主翁はびっくりして、動悸どうきをさしながらすかして見た。学生のマントを着た少年が眼の前に立っていた。
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
シューラはシャツ一まいで立ったまま、おいおいいていた。と、ドアのそと騒々そうぞうしい人声ひとごえや、にぎやかなさけごえなどが聞えた。
身体検査 (新字新仮名) / フョードル・ソログープ(著)
一休みして寶兒が睡りについたのを見て歩き出すと、また支え切れなくなった。するとたちまち耳元で人声ひとごえがした。
明日 (新字新仮名) / 魯迅(著)
すると丁度隣の土蔵が塗直しで足場が掛けてあってとまが掛っているから、それをくゞって段々参ると、下の方ではワア/\と云う人声ひとごえ、もううなると
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
此の火にてらされた、二個の魔神のさまを見よ。けたゝましい人声ひとごえかすかに、鉄砲を肩に、猟師が二人のめりつ、りつ、尾花おばなの波に漂うて森の中をげて行く。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
きつね姿すがたえなくなったとおもうと、またこうのもりの中で、せんよりも三ばいも四ばいもさわがしい人声ひとごえがしました。
葛の葉狐 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
間もなく、ずっと遠くに低い人声ひとごえが聞え、なおも耳を傾けていると、それがだんだん大きく近くなって来た。
玄関げんかんから病室びょうしつかよひらかれていた。イワン、デミトリチは寐台ねだいうえよこになって、ひじいて、さも心配しんぱいそうに、人声ひとごえがするので此方こなたみみそばだてている。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
塀のそばつて耳をましても、それらしい人声ひとごえは聞えなかつた。医者をめて、詳しい様子を探らうと思つたが、医者らしい車は平岡の門前にはとまらなかつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
四辺あたりはひっそりと静まりかえって、答えるものとてはただ、人声ひとごえで目をさました雄鶏が糞堆うまごやしの上でけたたましく鳴いたのと、頸を高くもたげて月に遠吠えする犬の声ばかり。
乞食 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
そのとき、中庭のほうで人声ひとごえがしました。おとうさんとおかあさんが帰ってきたのです。
いつもとかわらぬしずかな景色けしきだったが、しばらく耳をすませていると、ちょうど、『ぎんねこ』酒場さかばのあたりで、がやがやとさわぐただならない人声ひとごえが、風にのってきこえてきた。
寸志の一包と、吾れながら見事みごとに出来た聖護院しょうごいん大根だいこを三本げて、挨拶に行く。禾場うちばには祝入営の旗が五本も威勢いせいよく立って、広くもあらぬ家には人影ひとかげ人声ひとごえが一ぱいに溢れて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
悲壮ひそう気持きもちで、もんはいろうとすると、内部ないぶからがやがや人声ひとごえがきこえました。
三月の空の下 (新字新仮名) / 小川未明(著)
見物一同、山の崩れる如くわッ/\という人声ひとごえ、文治は取急ぎ血刀ちがたなを拭い、お町に支度を改めさせて与力に向い
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
此の人声ひとごえに驚いて、番所の棒がそろつて飛出とびだす、麻上下あさがみしもが群れ騒ぐ、大玄関おおげんかんまで騒動の波が響いた。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
さらに吾々の懸念を増したことには、岸沿いの森の中に人声ひとごえがすでに近づいて来るのが聞えた。
と、声をあげて呼んでみたが、林の枝葉えだはを吹く風の音ばかりで人声ひとごえはしなかった。そして、幾等いくら呼んでも返事がないので、隠れ家へ帰ろうと思って呼ぶことをよして歩いた。
赤い土の壺 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
線香、花、水桶なぞ持った墓参はかまいりが続々やって来る。丸髷まるまげや紋付は東京から墓参に来たのだ。さびしい墓場にも人声ひとごえがする。線香の煙が上る。沈丁花ちんちょうげや赤椿が、竹筒たけづつされる。新しい卒塔婆そとばが立つ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
目の前のみちに、霧が横に広いのではない。するりと無紋むもんの幕が垂れて、ゆるく絞つたふさむらさきは、く内側のともしびの影に、色も見えつつ、ほのかに人声ひとごえれて聞えた。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
杉戸が二重になって居て両隅の障子へ灯火あかりがさしまして人声ひとごえがする様ですが、唯今なれば硝子障子でく分りますが、其の頃は唯の障子でございますからすこしも分りません。
ふいに人声ひとごえがしたので、憲一はおやと思ってその方へ眼をやった。今出て来た林の中にあおかわらいた文化住宅のような家があって、明けはなした二階の窓から白い二つの顔がのぞいていた。
藤の瓔珞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
きなさるかね」半丁ばかり北の方で突然人声ひとごえがした。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
座敷は其方此方そちこち人声ひとごえして、台所にはにぎやかなものの音、炉辺ろべりにはびたわらいも時々聞える。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
其のうちにわい/\と人声ひとごえが致しますゆえ丹治も観念いたして
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)