雪隠せっちん)” の例文
旧字:雪隱
まきや材木を積むこと、川岸に小屋や雪隠せっちんを建てること、二階に灯を点けることまで禁じましたが、夜ごとの火事騒ぎは少しも減らず
七ツ半近くお前さんが土蔵の扉前とまえでウロウロしているのを雪隠せっちんの窓から見かけたものがあるというんだが、それはどうしたわけなんだ
顎十郎捕物帳:18 永代経 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
間もなく、彼が雪隠せっちんから出てくると、なおべつの一名は、小柄杓こびしゃくに水をたたえて待ち、傍らに寄り添うて、秀吉の手へ水をかけた。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
古賀は黙ってね起きる。紙と手拭とを持って飛び出す。これから雪隠せっちんに往って、顔を洗って、飯を食って、教場へ駈け附けるのである。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
お種はその果樹園の中を通って往き、裏の馬小屋と雪隠せっちんの境にたてた五右衛門風呂の口で、さきに来ている三人ばかりの人の順じゅんに入るのを待っていた。
蟹の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
便所という名が不潔だから、改めたのだとの事であります。便所と云い、手水場ちょうずばと云い、雪隠せっちんと云い、はばかりと云う名には、少しも不潔な意味はありません。
他に隠れ場があろうとも見えないが、念のためと畳を上げ、壁をたたき、かまどの奥から雪隠せっちんの中までほとんど夜っぴてのぞきまわったが、猫の一匹出て来はしない。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
それは兵助親分の同意を得たわけではないが、誰か近くにいた目明めあかしのお目こぼしで、駕籠から出して、無論、厳重な附添の下に雪隠せっちんへ案内をしたのが運の尽きでした。
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
醤油しょうゆのことをムラサキという。もちのことをオカチンという。雪隠せっちんのことをハバカリという。そういうことを私は素直に受納うけいれて今後東京弁を心掛けようと努めたのであった。
三筋町界隈 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
いや/\お梅もまさか永禪和尚に惚れた訳でも無かろう、この和尚に借金もあり、身代の為にした事かと己惚うぬぼれて、遠くから差配人が雪隠せっちんへ這入った様にえへん/\咳払いして
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
帰ると溜息ためいきついて曰く、全く田舎がえナ、浅草なンか裏が狭くて、雪隠せっちんに往ってもはなつっつく、田舎にけえると爽々せいせいするだ、親類のやつが百姓は一日いちにちにいくらもうかるってきくから
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
以て以前邦人が香の嗜み格別で、今日雪隠せっちんへ往って手を洗わなんだり、朝起きて顔を洗わずコーヒーを口に含んで、歯垢はくそすすぎ落して飲んでしまう西洋人と、大違いたるを知るべし。
その他、俗に雪隠せっちんの化け物、舟幽霊、雪女等の怪談あれども、これらはみな幻視、妄覚より起こりたるものにして、ことわざに「幽霊の正体見たり枯れ尾花」の類なれば、説明するに及ばぬ。
迷信解 (新字新仮名) / 井上円了(著)
雪隠せっちんがよいに梯子段はしごだんを登ったり降りたりしないでも、用をたせるだけの設けもある。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
如何様いかような立派な家にも必ず雪隠せっちんがあると同じように、何処の国でも蓋を開けてみれば幾らかは臭いところがあるが、それを日本人は正直に台所の隅々までほじる癖があるのは、却っていけぬ。
現代の婦人に告ぐ (新字新仮名) / 大隈重信(著)
最敬礼のもっともきらいなのは生蕃であった、生蕃はいつもかれを罵倒ばとうした。生蕃は大沢一等卒が牙山がざんの戦いで一生懸命に逃げてアンペラを頭からかぶって雪隠せっちんでお念仏をとなえていたといった。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
又はそこいらの地物じぶつや、自分より強い者の姿に化ける……なぞ、低級、卑怯な人間のする事は皆、かような虫の本能の丸出しで、俗諺ぞくげんにいう弱虫、蛆虫うじむし米喰こめくい虫、泣虫、血吸ちすい虫、雪隠せっちん虫、屁放へっぴり
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それからと云うものはこの家にあやしい事が度々たびたびあっておどろかされた芸人も却々なかなか多いとの事であるが、ある素人連しろうとれんの女芝居を興行した際、座頭ざがしらぼうが急に腹痛をおこし、雪隠せっちんへはいっているとも知らず
枯尾花 (新字新仮名) / 関根黙庵(著)
世のことわざう「雪隠せっちん饅頭まんじゅうを食う」料簡りょうけん、汚い、けちなことである。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
なんじ竹藪の奥に生れて、その親も知らず、昼は雪隠せっちんにひそみて伏兵となり、夜は臥床がしょうをくぐりて刺客となる、とつ汝の一身は総てこれ罪なり、人の血を吸ふは殺生罪なり、蚊帳の穴をくぐるは偸盗ちゅうとう罪なり
十四日 雪隠せっちんでプラス、マイナスと云う事を考える。
窮理日記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
大将雪隠せっちん這入はいるのに火鉢ひばちを持って這入る。
正岡子規 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
揚座敷のほうは、いわゆる独房で、縁付へりつき畳を敷き、日光膳にっこうぜん、椀、給仕盆などが備えつけてあり、ほかに、湯殿ゆどの雪隠せっちんがついている。
顎十郎捕物帳:08 氷献上 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
闇の晩であろうが、雪隠せっちんへはいった時であろうが、寝ている間であろうがつけ狙うのである。これも、その頃の兵法としては
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「どうだい。逸見なんざあ、雪隠せっちんへ這入って下の方を覗いたら、僕なんぞが、裾の間から緋縮緬ひぢりめんのちらつくのを見たときのような心持がするだろうなあ」
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「この通り、たった二た間の家だ。あとは台所に、押入に、雪隠せっちんかくす場所も、隠れる場所もあるはずはない。踏込んで、床下なり天井裏なり、勝手に捜せ」
夕方に、彼は雪隠せっちんへ用をしに行って、南側の廊下を通った。長州藩主がその日の泊まりと聞く中津川の町の方は早く暮れて、遠い夕日の反射が西の空から恵那山の大きな傾斜に映るのを見た。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
なんとやらいう土地の百姓家で、夜になると雪隠せっちんのそばへ妖怪が出る。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
とつか/\と雪隠せっちんへ這入りやがて出て参って
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「そう疑い深くてもこまるな。雪隠せっちんに隠れて饅頭を食うような、卑しい真似はしない。柚子なんて娘は、おれの趣味じゃないよ」
雲の小径 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「たった今、京の長谷川宗仁そうにんの急使をうけ、仔細、聞いたばかりじゃ。……不愍ふびんながら、使いの男は、雪隠せっちんで刺し殺した。敵へ洩れてはならぬからだ」
茶漬三略 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
覗いたって、小判がかえるに化けるわけじゃあるめえ。人間気の持ちようじゃ、銭箱も雪隠せっちんも覗くだろうじゃないか。それだけの事で人一人縛るわけには行かねえよ
その他、俗にいわゆる舟幽霊ふなゆうれい、ウブメの幽霊、雪隠せっちんのバケモノ等あり。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
半蔵は仮の雪隠せっちんを出てから、焼け跡の方を歩いて、周囲を見回した。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
神田佐久間町の焙烙ほうろく長屋のドンづまり。古井戸と長屋雪隠せっちんをまむかいにひかえ、雨水がどぶを谷川のような音をたてて流れる。風流といえば風流。
顎十郎捕物帳:20 金鳳釵 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
まず駅舎へついたら、土地の東西南北、宿やど雪隠せっちんや裏表を第一に睨んでおくこと。かたな脇差わきざしはこじりを背中ではさむくらいに床の下へさしこんで寝ること。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
屋根の上へ石が降ったり、女どもが雪隠せっちんへ行くと、ほうきで顔を撫で廻したり、髪の毛がサラサラと障子に触ったり——、毎晩怪談噺の仕掛のような事が起るのです。
実をいうと今暁こんぎょうの出陣は、実に急速だったので、身に具足を着ける時間がやっとあったくらいで、雪隠せっちんにはいって腹工合を整えるいとますらなかったのだ。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もっともその晩、まだ宵の内に気分が悪いと言い出して、自分の部屋へ私と母親を呼び付けて大騒動したがね。雪隠せっちんへ行くとケロリとなおったと言うから、安心して引取ったが
雪隠せっちんでこっそりと饅頭を食うようなケチなことをしないのが安部の本領なので、おおよそ考えたって、世間でいうようなものでないことは、安部を知るくらいのものはみな承知していた。
予言 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
岡山で誰かが自動車へ入れてくれた初平の果物のかごなど開く。倉敷くらしきでいちど降りてうどん屋で雪隠せっちんを借りる。雨はすこしあがりもようだが、低い山まで雲をかぶっている。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「何を馬鹿なことを言うのだ。拙者の来国俊は縁側の刀架とうかにあったのだぞ——その時拙者は雪隠せっちんに入って居たのだ。拙者に知られずに、縁側を刀架の側まで来る工夫があると思うか」
「馬鹿だな。お前は。三日も帰らなきゃア騒ぐのももっともだが、夕方から見えなくなったのなら、まだ一と刻とも経っちゃいめえ。今頃は雪隠せっちんから出て手を洗っているよ、行ってみな」
橋廊下はしろうかの角にある雪隠せっちんの手洗所の窓からだった。嘉兵衛の顔がそこに見えた。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
雪隠せっちんの前に用意してある刀架とうかに任せて置くのですが、何やら胸騒ぎがしたものか、刀架けには長い方の来国俊ひと腰だけを任せ、短い方は手にげたまま便所の中に入ってしまったのです。
機舎はたやの中で、折角、拾ってやったのに、手にも触れんで、泣いてばかりおるから、自分のたもとに入れておいたのじゃ。……そして尾籠びろうな話じゃが、雪隠せっちんの中で、退屈しのぎに、細々こまごまと読んでしもうた」
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
引っ切りなしに飲んで食って、百万遍もとなえていたんですもの、抜け出す暇なんかありゃしません。もっとも、手水ちょうずぐらいには立ったでしょうが、どんな長雪隠せっちんでも四半刻(三十分)と姿を
清麿は、よろぼいながら、雪隠せっちんの横の縁側から這いあがった。
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「へッ、あんまり景気の良い話じゃありませんが、雪隠せっちんへお百度ですよ」
父の半蔵が、雪隠せっちんの窓から呶鳴どなった。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)