邂逅かいこう)” の例文
これであの娘、おれの顔を見覚えたナ……と思う。これから電車で邂逅かいこうしても、あの人が私の留針を拾ってくれた人だと思うに相違ない。
少女病 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
偶然銀座通で邂逅かいこうした際には、わたくしは意外の地で意外な人を見たような気がした為、其夜は立談たちばなしをしたまま別れたくらいであった。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
……相手はやっぱり片町通りで会った娘だった、そして途上での幾たびかの邂逅かいこうは、娘のほうで時刻と場所を計ったのだという。
ひやめし物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
と、いいかけたとき、久しぶりに旧師と邂逅かいこうして、和らぎに充たされた若者の面上には、またも苦しげな、のろわしげな表情が返って来た。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
尋ぬる人に邂逅かいこうす その紳士は語を改め「あなたはこれからネパールへ行くというが誰の所へ尋ねて行くか。これまで行った事があるか」
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
あまりの意外な邂逅かいこうに二人は暫く口がけない。やがて弥兵衛一味が酔い伏してしまった時分に、重太郎はお辻を呼んで、身の上を聞く。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
何という痛ましい邂逅かいこうだろう。奉行も、東儀も、さすがに、父子おやこの情熱に涙をゆたぶられて、羅門と同じように、貰い泣きを隠していた。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その行動の果敢なる、権門であれ勢家であれ、路次にて一旦邂逅かいこうしますれば、乗馬を奪い、従者を役夫とし、躊躇するところござりませぬ。
赤坂城の謀略 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
奴隷たるの平民はたちまちにその階級を上り、主人たるの士族はたちまちにその階級を下り、すでに同地位に邂逅かいこうせんとせり。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
だがそれは相背く二個の道ではない。彼らはいつか一点に邂逅かいこうする日をもつであろう。またかかる日にこそ工藝への全き理解が成就される。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
そして、そのわずかばかり口元を歪めて笑った顔は、あの最初の邂逅かいこうの夜に、私を慄然ぞっとさせたのと同じ、鬼気を含んだ微笑ほほえみであった——。
腐った蜉蝣 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
ずつと上の方から自転車をぴかりと光らせながらだんだん大きく現れて来た、あの印象的な大石練吉との邂逅かいこうや、盛子の妊娠
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
亜細亜アジア文明の精華を含蓄し、久しく我が国に止まっておった文明と、分派以来幾千万年、ここに初めて相邂逅かいこうしたのである。
日本の文明 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
この覚え書によると、「さまよえる猶太人」は、平戸ひらどから九州の本土へ渡る船の中で、フランシス・ザヴィエルと邂逅かいこうした。
さまよえる猶太人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その吾輩は度々たびたび黒と邂逅かいこうする。邂逅するごとに彼は車屋相当の気焔きえんを吐く。先に吾輩が耳にしたという不徳事件も実は黒から聞いたのである。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「ええ会いませんでしたよ、ただスメルジャコフには会いました」と、アリョーシャは下男との邂逅かいこうを手短かに兄に話した。
諸君もまた三更無人さんこうぶじんきょう人目をはばからざる一個の婦人が、我よりほかに人なしと思いつつある場合に不意ゆくりなく婦人に邂逅かいこうせんか、その感覚はたしていかん。
黒壁 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もっと具体的なもっと近接した邂逅かいこうであったなら、修道院の内気なもやの中にまだ半ば浸っていたコゼットを、初めのうち脅かしたことであろう。
このイワヂシャすなわちイワタバコは、あえて普通の草であるとは言わんが、しかし決して稀品ではなく、往々山地ではこれに邂逅かいこうするのである。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
それからおよそ一週日を経ていよ/\決行の日、思ひ設けず雪子に邂逅かいこうしたわけである。二人はちらと視線を合せたが、彼女の方が先に眼を伏せた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
堕ちたるものの呻きが、はじめて邂逅かいこうをよび、感謝と帰依に一切を見出みいだすのは当然ではなかろうか。親鸞の和讃のごとき一種の相聞そうもんと云ってよい。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
窒息しさうな程、ゆき子との邂逅かいこうは息苦しく、ゆき子がこのまゝ自由に自分の方向へ進んで行つてくれる事を祈つた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
病院は西宮の恵比須えびす神社の近くにあったので、いつも彼女は国道の札場筋ふだばすじから尼崎までバスに乗って行ったが、その往復の道で三度奥畑に邂逅かいこうした。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
此中へ彼女が這入はいってさえ居れば、幾度でも彼女と邂逅かいこうする事も出来るのであった。彼は落着いて店の中を歩いた。
偽刑事 (新字新仮名) / 川田功(著)
我々の離れることのできぬ別離も、数年後再び我々の陽光の下で俺達は嬉しい邂逅かいこうができることを俺は信ずるのだ!
地図に出てくる男女 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
それを見ていた側近の者共も、そんな物語にでも出て来そうな奇しい邂逅かいこうには泣かされない者はいないらしかった。
ほととぎす (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
いわばあなたとの最初の邂逅かいこうが、こんなにも、海を、月を、夜を、かぐわしくさせたとしか思われません。ぼくは胸をふくらませ、あなたを見つめました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
ときに農学〈(アグローム)〉の大家荷蘭オランダ人荷衣白蓮〈(ホーイブレング)〉氏という大先生に邂逅かいこうしました。これは実に拙者、無上の大幸でありました。
禾花媒助法之説 (新字新仮名) / 津田仙(著)
十六年の間、もがき苦しんでも邂逅かいこうし得えなかった敵に、得度した後に、悟道の妨げになるようにと偶然会わせるほど、天道は無慈悲なものではあるまい。
仇討三態 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
花桐は心にもないことを言うことで、一層混乱した悲しいものに邂逅かいこうした。それは毎時いつも彼女の胸をとおり過ぎる不可思議な或るいじらしい反抗であった。
花桐 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
十一月一日 往年横川よかわ中堂にてはじめて渋谷慈鎧じがい邂逅かいこう。今は京の真如堂の住職。その還暦祝に句を徴されて。
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
なぜと云うに、あの湯本細工の店で邂逅かいこうした時、もし坂井夫人が一人であったなら、この不愉快はあるまいと思うからである。純一の考はざっとこうである。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「双壷遠く寄せて碧香新たに、酒内情多くして人を酔はしめ易し。上国に千日の醸なからむや、独り憐む此は是れ故郷の春。」というのがあるのに邂逅かいこうして
御萩と七種粥 (新字新仮名) / 河上肇(著)
私の家の近くにかしら公園がある。私は朝と夕方、散歩かたがた、メリーをそこへ運動に連れてゆく。私とメリーがはじめて邂逅かいこうした場所も、この公園である。
犬の生活 (新字新仮名) / 小山清(著)
と言って、右近が召使をよこしたので、男たちだけをそのほうに残して、おとどは右近との邂逅かいこうを簡単に豊後介へ語ってから、右近の部屋のほうへ姫君を移した。
源氏物語:22 玉鬘 (新字新仮名) / 紫式部(著)
ガンガンと鳴り響く混沌こんとんたる彼の頭の中には最前からのいっさいの光景、人物の顔——夢のような墓場の景から茶屋の中でのフェレラとの異様な邂逅かいこう、青年の顔
あるいは地上楽園の凱旋行列やベアトリッチェとの邂逅かいこうの場面を、夢にまで見ないではいられなかった。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
丁度この夕方の五時頃からH彗星が肉眼で見えるはずだつた。それは地球との数十年目の邂逅かいこうであつた。
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
何人もがあらかじめそれについてある種の感覚をそなえているところの物件に邂逅かいこうしたがためだろうか? それとも、ほかの多くの役人たちと同じように、【いや
外套 (新字新仮名) / ニコライ・ゴーゴリ(著)
すると、レストラン・ソロモンでの邂逅かいこうも、密談も、凡て悪魔の計画の内に含まれていたのだろうか。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それを拾い上げてみると、福音書であって、マグダラのマリアと園を守る人との邂逅かいこうのところだった。
途中にて図らずも某に邂逅かいこうし、種々笑談の後、某の著しく衰弱せるをあやしみ、その所由しょゆうを問いしに、某は過般来、脚気症の気味ありしが、夏期に至り病勢増進して
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
が、『八犬伝』の興趣は穂北ほきたの四犬士の邂逅かいこう船虫ふなむし牛裂うしざき五十子いさらこの焼打で最頂に達しているので、八犬具足で終わってるのは馬琴といえどもこれを知らざるはずはない。
八犬伝談余 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
天いまだ妾を捨て給わざりけんはしなくも後日こじつ妾の敬愛せる福田友作ふくだともさく邂逅かいこうの機を与え給えり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
併し此瑣事さじが僕の心の安寧と均衡とを奪ふのである。いやしくも威厳を保つて行かうとする人間の棄て難い安寧と均衡とが奪はれるのである。頃日このごろ僕は一人の卑しい男に邂逅かいこうした。
これまで探偵小説を読んで、こう言う場面に邂逅かいこうして、驚き喜んだことは度々であるが、今、現実の世界にまざまざとその例を見せられては、そう思うのも無理ではなかった。
好色破邪顕正 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
もし読書における邂逅かいこうというものがあるなら、私にとって蘆花はひとつの邂逅であった。
読書遍歴 (新字新仮名) / 三木清(著)
それかも知れない、彼らは盗伐して、板にいて、曲げ物のように組んで、里へ出すのである、林務官などが殺されたりするのも、こういう路で、不意に盗伐者に邂逅かいこうするときである
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
そこで、母と玉井さんは三年ぶりで邂逅かいこうしたわけですが、その夜、鉄火場で、或る事件が起りました。もっとも、大変な事件になるところを、玉井さんのおかげで、母が救われたのです
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
何故葉子の心のなかで相関聯あいかんれんしているのか、麻川氏と葉子の最後の邂逅かいこうが、葉子が熱海へ梅をに行った途上であった為めか、あるいは、麻川氏の秀麗な痩躯そうく長身を白梅が聯想れんそうさせるのか
鶴は病みき (新字新仮名) / 岡本かの子(著)