逼迫ひっぱく)” の例文
第一、話題が以前よりはよほど低くなった。物質上にも次第に逼迫ひっぱくして来たからであろうが、自暴自棄の気味で夜泊よどまりが激しくなった。
斎藤緑雨 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
その逼迫ひっぱくしている急場の足もとをつけこみ、故意になまけてはそれを揶揄やゆし、むちいられれば俄然不平を鳴らすというふうであった。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こう事態が逼迫ひっぱくしていたところから見ると、あきらかに報復をふくんだレムのいたずらと判断するよりほか、仕方のないものがあった。
しかし、日ごとに広がってゆく戦線の逼迫ひっぱくは、そのわずかな時間的ゆとりさえもなくなり、入営はすぐに戦線につながっていた。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
時勢の逼迫ひっぱくが私の主張に耳をす人も生じさせていたが、事変勃発後、私の「戦争史大観」が謄写刷りにされて若干の人々の手に配られた。
戦争史大観 (新字新仮名) / 石原莞爾(著)
お光は平一郎に数字で示さないまでもいかに自分達母子の境遇がかわって来ているか、逼迫ひっぱくしているかを静かに語りきかせた。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
当時、秋田藩の財政は極度に逼迫ひっぱくして、藩主の江戸参覲さんきんにもその費用の捻出ねんしゅつに窮するくらい、その他の事は一々記するいとまもないほどであった。
蕗問答 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「残額二圓誰かから借りよう。昨今我々は逼迫ひっぱくして居るから、早く五圓にして丸善へ持って行かないと、つかちまいそうだ。」
The Affair of Two Watches (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
池田の屋敷はひどく逼迫ひっぱくしていると云うじゃあねえか。おまけに厄介者の次男坊だ。二十四や五になるまで実家の冷飯ひやめし
二月にブリストルへ帰って来た時は、スミスは財政的にかなり逼迫ひっぱくしていた。ただちに女狩りに着手して、ウェストン・スウパア・メアへでかけた。
浴槽の花嫁 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
翌日あくるひが日の糧にも困った、あの逼迫ひっぱくやよってに、すぐに口を見つけて、にい、わすれもせんぞに——あんたはその千駄木へ。尼は、四谷へ、南と、北へ。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
こんな小さな貧乏な島はなく、島民は文化に立ちおくれて、逼迫ひっぱくした生活に悩んでいることを聞かされていました。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
託児所の逼迫ひっぱくした自主的やりくりの生活の中で、ひろ子は本を借りに歩く交通費さえないことがあった。
乳房 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
人間が今のように逼迫ひっぱくするよりも前から、もう九州ではこの烏祭は絶えている。子供と烏だけがその古い契約を、僅か片端だけでもなおおぼえているのではないか。
さて、中日の十四日の勘定前だから、小遣銭が、とて逼迫ひっぱくで、活動へも行かれぬ。斯様こんな時には、辰公はいつも、通りのラジオ屋の前へ、演芸放送の立聴きと出掛ける。
越後獅子 (新字新仮名) / 羽志主水(著)
奥穂高といっても、岩石の逼迫ひっぱくした凸った地点に、棒杭一本を打ち込んであるだけのことであった。
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
「噂に聞きますとお父上さまのお亡くなりになった後、何かたいへんにご逼迫ひっぱくなされ、江戸の北の草深いところに、たった一人で住んでいられるということでございます」
平賀源内捕物帳:萩寺の女 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
科学戦時代を迎えて青少年といわず老幼男女を問わず国民全体を科学教育することへの逼迫ひっぱくなどと、あらゆる材料が読書界を科学小説時代へ持ってゆくための好条件であったのだ。
そのころのお鯉の生活の逼迫ひっぱくが、お〆さんの口から、ちらりと洩らされたことがある。
一世お鯉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
けれども、この逼迫ひっぱくした状態すらも、このごろ彼はあまり苦にしなくなった。その日その日の当面の仕事も全然放擲ほうてきしてしまい、そんな事にかかずらう気にもならなかったのである。
寒気増進するに及びては、ますます低落の傾きあり、故に静座するもなお胸部の圧迫を覚え、思わず溜息ためいきくことあり、いわんや労働するに於ては、呼吸ますます逼迫ひっぱくするを覚ゆ
それは畢竟ひっきょう運動の速度、従ってエネルギーの差から起るものかもしれないが、そればかりでなく、この舞人の挙動自身に何かしらある感情の逼迫ひっぱくを暗示するものがあるのかもしれない。
雑記(Ⅰ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
望月氏は逼迫ひっぱくしていた。にもかかわらず氏はこの申し出を快諾して、ただちにその五百円を調達してくれたのである。お蔭で急場を救われたものの私は氏の都合が気になって後で訊くと
ロミオ 其樣そのやうまづしうあさましうくらしてゐても、おぬしぬるのがおそろしいか? うゑほゝに、逼迫ひっぱくに、侮辱ぶじょく貧窮ひんきうかゝってある。無情つれなこの浮世うきよ法度はっとはあっても、つゆおぬしためにはならぬ。
今は極度に情勢が逼迫ひっぱくしており、いつ祭司長らの手がまわるかもしれぬ。
逼迫ひっぱくしていた彼らにもほのかな明るみが見えて来た。はばかるところなく呼吸いきづけそうな世間になった。徳川幕下の旗本として、最後まで函館にって手むかった家臣の一群ですらも許されているのだ。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
こう事況が逼迫ひっぱくしたうえは、早いが勝ち。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
六 逼迫ひっぱく
いきなり締めつけられたような呼吸の逼迫ひっぱくを感じると、もう、うしろの人間の五本の指が、食いこむように左右太の喉笛のどぶえを、圧していた。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それではやがて家計が逼迫ひっぱくしてくる、というのは、交代世襲制の奉行職は、その職に就いている期間だけ、家禄と年俸と合わせた収入がある。
竹柏記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
事態の逼迫ひっぱくを認識せず、物の軽重を穿きちがえた、横着おうちゃくとまではいかなくとも、いささか自己中心にすぎて、かなり滑稽こっけいな弁辞であると断ぜざるを得ない。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
思い出せば、その酒と鮪の最中、いや、なだの生一本を樽からでなくっちゃ飲めない、といったひと時代もあったが、事、志と違って、当分かくの通り逼迫ひっぱくだ。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二百俵取りでは、もとより裕福という身分でもなかったが、和田の家は代々こころがけのいい主人がつづいたので、その勝手元はあまり逼迫ひっぱくしていなかった。
(新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
く二葉亭の実業というは女郎屋に限らず、すべて単なる金儲けではなかった。金に逼迫ひっぱくしていたから金も儲けたかったろうが、金を儲ける以外に大なる経綸けいりんがあった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
縫物の賃をあてにしなければならないほど逼迫ひっぱくしていない。物を縫う女は一人置いてある。
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
重吉が仕事を休んでわら布団を作ってくれた。いねは自分の逼迫ひっぱくした生命は、もう、どう努力しようもないことを覚り、クニ子や実枝にもそれとない感謝の言葉をかけたりした。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
今日、食糧事情はそこまで逼迫ひっぱくしているという人もあろうが、難破して漂流している孤舟の中に生じた事件と仮定してさえも、私ども正常の人間性はその残酷さを許し得ないのである。
女の手帖 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
夜を徹して予が病躯びょうくあたためつつある真最中なりしなり、さて予は我に還るや、にわかにまた呼吸の逼迫ひっぱく凍傷とうしょうなやみ、眼球の激痛げきつう等を覚えたり、勿論もちろんいまだまなこを開くことあたわざるのみならず
しかるにおいおいと世の中が逼迫ひっぱくして、貴族は財政に弱って税を免じてやることができず、実を去って虚名のみを付与するようになったのは、近世の一変遷で、いわば泰平の兆候といってよろしい。
家の話 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
それも今度は、去年の情勢以上、極めて険悪なものをはらみ、しかも事態はもう逼迫ひっぱくしている——となす人心の底気流は早や全国的ですらあった。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼女の出現は、かえってエリク・ヘンダスンに事態の逼迫ひっぱくしていることをしらせるに役立っただけだ。
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
徳川幕府を始めとして大小の諸藩、いずれも財政難に当面していたが、讃岐多度津の京極家もその例にもれず、年来の疲弊積り積って藩政はほとんど逼迫ひっぱくの頂点に達していた。
入婿十万両 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
さほど逼迫ひっぱくもしない毎日の食餌しょくじのことを考えあわせれば、そういう陰の働きがあったればこそと、思いあたるわけだったが、女中の口の足りなさもさることながら、自分からは
春雪 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
むかしと違って、そのころの諸大名はいずれも内証が逼迫ひっぱくしているので、新規召抱えなどということはめったにない。弥次右衛門はその笛をかかえて浪人するよりほかはなかった。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
然るにまた一方には物質上の逼迫ひっぱくがヒシヒシと日に益々加わって来た。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
逼迫ひっぱくである。
禰宜様宮田 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
どの顔も、逼迫ひっぱくした緊張と、敗戦をみずからみとめた、虚脱の色にまみれ、終日の会議、別宴もほどなく終って、どこかには、はや九日の宵月があった。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いつかの食いつき犬は尻尾しっぽを巻いて逃げたけれども、この大豪傑は逃げることもできず、杢助の「くる眼」が激しくなるにしたがって、漸次その顔があおくなり、呼吸も逼迫ひっぱく
似而非物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そんなことで精神を逼迫ひっぱくさせると、精力を消耗させて、命を縮めることになるから、長生きをしたいと思ったら、欲をかかぬことだというんだね……俺は長生きするほうがいいから
我が家の楽園 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
池田の屋敷は小石川原町はらまちにあって、二百五十石の小普請組こぶしんぐみである。自分はその隣り屋敷へ出入りしているが、池田の屋敷は当主のほかに大勢の厄介やっかいがあって、その内証はよほど逼迫ひっぱくしているらしい。