裾模様すそもよう)” の例文
旧字:裾模樣
ヴァイオリンを温かに右の腋下えきかまもりたる演奏者は、ぐるりと戸側とぎわたいめぐらして、薄紅葉うすもみじを点じたる裾模様すそもようを台上に動かして来る。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
カラカラと庭下駄が響く、とここよりは一段高い、上の石畳みの土間を、約束の出であろう、裾模様すそもようの後姿で、すらりとした芸者が通った。
妖術 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
裾模様すそもようや紋つきをきるわけでないから、かんたんだ。そんな風に平気だったのに、貞子の家を出たとたんにミネの胸はゆれた。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
この河辺かへんたたずめる婦女の衣裳を見るに、薄桃色にぼかされし木立こだち裾模様すそもようは月光を浴びたるさまを見せんとて薄青く透き通るやうに描かれたり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
りきれた浪人の草履、女の白いかかとはかまの折目正しい白足袋しろたび裾模様すそもよう、と思うと——あだな左褄ひだりづま、物売りの疲れた足。
(新字新仮名) / 吉川英治(著)
あかい萩の裾模様すそもようのある曙染あけぼのぞめの小袖に白地錦の帯をしめた愛妾あいしょうのお糸の方が、金扇に月影をうつしながら月魄つきしろを舞っていると、御相伴の家中が控えた次ノ間の下座から
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
夫人の遺骸いがいは、十畳間の中央に、裾模様すそもよう黒縮緬くろちりめん、紋附を逆さまに掛けられて、静に横たわって居た。譲吉は、おもむろに遺骸の傍に進んだ。そして両手を突いて頭を下げた。
大島が出来る話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
二十分の後此楽屋がくやから現われ出た花嫁君はなよめぎみを見ると、秋草の裾模様すそもようをつけた淡紅色ときいろの晴着で、今咲いた芙蓉ふようの花の様だ。花婿も黒絽紋付、仙台平の袴、りゅうとして座って居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
お正月のお座敷へ行くのに、正物ほんものの小判や一朱金二朱金の裾模様すそもようを着たというんでしたわ。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
論理には五分もすきはなく、数学の運算に一点の誤謬ごびゅうはなくても、そこに取り扱われている「天然ネチュアー」はしんこ細工の「天然」である。友禅の裾模様すそもように現われたネチュアーである。
備忘録 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
電灯の明りに照らされてその緑色の裾模様すそもようえてうずくようだった。ふと外の闇から明りを求めて飛込んで来た大きな螳螂かまきりが、部屋の中を飛び廻って、その着物の裾のところに来てとまった。
死のなかの風景 (新字新仮名) / 原民喜(著)
此の三人を正面にして、少しさがりて左手ゆんでには一様に薄色うすいろ裾模様すそもようの三枚がさね、繻珍しゆちんの丸帯、髪はおそろひ丸髷まるまげ、絹足袋に麻裏あさうらと云ふいでたちの淑女四五人ずらりと立ち列ぶは外交官の夫人達。
燕尾服着初めの記 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
裾模様すそもようが付いて居ります、べにかけ花色、深川鼠、路考茶ろこうちゃなどが流行はやりまして、金緞子きんどんすの帯を締め、若い芸者は縞繻子しまじゅすの間に緋鹿ひがをたゝみ、畳み帯、はさみ帯などと申して華やかなこしらえ
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
私は物堅いのに少し驚ろいて、そして出しなに仰々ぎょうぎょうしいとは思いながら、招待の紋服を着て来たことを、自分で手柄に思った。娘もこの間の宴会帰りとは違った隠し紋のある裾模様すそもようをひいている。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
裾模様すそもようの貴婦人、ドレスの令嬢も見えたが、近所居まわりの長屋連らしいのも少くない。印半纏しるしばんてんさえも入れごみで、席にしきりはなかったのである。
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「源さん、わたしゃ、お嫁入りのときの姿が、まだ眼前めさきに散らついている。裾模様すそもよう振袖ふりそでに、高島田たかしまだで、馬に乗って……」
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
第一、鑑賞の眼がない、下駄に蒔絵まきえをしたり、裾模様すそもよう珊瑚さんごを入れたりして、豪奢ごうしゃぶッているのが多いのだ。
春の雁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
水草の裾模様すそもようをつけた空色そらいろのお馨さんは、同行の若い婦人と信濃丸の甲板から笑みて一同を見て居た。彼女は涙をおとし得なかった。其心はとく米国に飛んで居るのであった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
かる瀟洒せうしや夜会服やかいふくたのや、裾模様すそもよう盛装せいそうをしたのや、そのなかにはまたタキシイドのわか紳士しんしに、制服せいふくをつけた学生がくせい、それに子供こともたちもすくなくなかつた。軍服姿ぐんぷくすがたもちらほらえた。
微笑の渦 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
傍目わきめらぬ。えんに引くすその音さえおのが耳に入らぬくらい静かに歩行あるいている。腰から下にぱっと色づく、裾模様すそもようは何を染め抜いたものか、遠くてからぬ。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
裾模様すそもようが、自分を、圧するように側へ坐った。銀釵ぎんさいが、きらりとを射る。庄次郎は、どきっとした。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
裾模様すそもようかろなびいて、片膝かたひざをやや浮かした、つま友染ゆうぜんがほんのりこぼれる。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その女は臙脂べにを塗って白粉おしろいをつけて、婚礼に行く時の髪をって、裾模様すそもよう振袖ふりそでに厚い帯をめて、草履穿ぞうりばきのままたった一人すたすた羅漢寺らかんじの方へのぼって行った。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
『たいそうお金に飽かせた衣裳でございまするの。京染きょうぞめ裾模様すそもよう——』
夏虫行燈 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あかいと、緑なのと、指環ゆびわ二つめた手を下に、三指ついたさまに、裾模様すそもようの松の葉に、玉の折鶴のように組合せて、つまを深く正しく居ても、こぼるるもすそくれないを、しめて、踏みくぐみの雪の羽二重はぶたえ足袋。
革鞄の怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「はあ、今では里にいるのかい。やはり裾模様すそもよう振袖ふりそでを着て、高島田にっていればいいが」
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私がと言っては可笑おかしいでしょう。裾模様すそもよういつもん熨斗目のしめの派手な、この頃聞きゃ加賀染かがぞめとかいう、菊だの、はぎだの、桜だの、花束がもんになっている、時節に構わず、種々いろいろの花を染交そめまぜてあります。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)