裸足はだし)” の例文
彼はちあがって中敷ちゅうじきの障子を体の出られるぐらいに開け、そこからそっと庭へおりて、裸足はだしのままで冷びえした赭土あかつちを踏んで往った。
岐阜提灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
大海浜だいかいはま宿院浜しゆくゐんはま熊野浜くまのはまなどと組々の名の書いた団扇うちはを持つて、後鉢巻うしろはちまきをした地車だんじり曳きの子供等が、幾十人となく裸足はだしで道を通ります。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
「あたしの頭のことは、ほうっておいていいの……ごらんなさい、裸足はだしなのよ。こんなかっこうで家から追いだそうって言うの?」
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
立ち上るや否や、おどろの髮をふり亂して、帶もしどけなく、片手に懷中の兒を抱き、片手を高くさし上げ、裸足はだしになつて驅け出した。
葬列 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
そんなはずがあるものか! すばやく裸足はだしのまま床の上にとびおりると、かぎの手に曲った側を伝って、用心深く近づいて行った。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
ところで画家は裸足はだしで、だぶだぶの黄ばんだズボンをはいているだけだが、ズボンはひもで締められ、その長い端がぶらぶら揺れていた。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
どこを走って来たのか自分でもわからないが、とにかく深夜の道を、お通は七宝寺の方へ向って、裸足はだしのまま人心地もなく駈けていた。
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自分の方でも避けているので、まったく独りぼっちの彼は一日中裸足はだしの足の赴くがままに、山や河を歩きまわっていたのである。
禰宜様宮田 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
僧徒らの衣形は、誤ち求めて山に入りたる若僧を除き、ことごとく蓬髪ほうはつ裸足はだしにして僧衣よごれ黒みたれど、醜汚の観を与うるに遠きを分とす。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
「いいえ、」振り向いて僕を見て、少し笑い、「ぼんぼん、なにを寝呆けて言ってんのや。ああ、いやらし。裸足はだしやないか。」
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
あんなに美しかった女性群が、たった二三日のうちに、みんな灰っぽくなってしまって、桃色の蹴出けだしなんかを出して裸足はだしで歩いているのだ。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
二人はそれから田圃たんぼの中にある百姓家を訪れた。百姓家では薄汚い女房かみさんが、裸足はだしのまゝ井戸側ゐどばた釣瓶つるべから口移しにがぶがぶ水を飲んでゐた。
私は海岸へ行く道順を教わると、すぐ裸足はだしになって、松林の中の、その小径こみちを飛んで行った。焼けた砂が、まるでパンの焦げるような好いにおいがした。
麦藁帽子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
もしそれが燃えているあいだに、すがめの人か、あるいは、裸足はだしの人がはいってきたら、不吉の前兆とされている。
一郎と別れた外の者は、滑川なめりがわに沿った砂山から海辺に出て、夕日の沈んで行く頃の、めっきり秋めいてつめたなぎさに、下駄や裸足はだしの跡を残して歩いて行った。
九月一日 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
僕はズボン下に足袋たび裸足はだし麦藁帽むぎわらぼうという出で立ち、民子は手指てさしいて股引ももひきも佩いてゆけと母が云うと、手指ばかり佩いて股引佩くのにぐずぐずしている。
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
全山殆ど岩石の途で、足袋たび裸足はだしとなった自分は足の裏の痛いことおびただしい。M氏はどこまでも駒下駄を脱がない。
武甲山に登る (新字新仮名) / 河井酔茗(著)
糸のようにせた裸足はだしのまましきりと地上に落ちた何物かを拾い上げては限りもなくさめざめと泣き沈むありさま
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
土間から上へあがる段になって、雑巾ぞうきんでもと思ったが、小僧は委細構わず、草履を脱いで上がっちまった。小僧の草履は尻が無いんだから、半分裸足はだしである。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
つまり、支倉君が少し溝が深いと云ったのは、その時の足跡なので、帰りは裸足はだしで石の上から左壁近くに跳び、その足跡をすぐ、池溝の堰を開いて消したのだ。
後光殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
凸凹でこぼこの激しい、まるい石畳の間を粉のような馬糞ばふん藁屑わらくずが埋めて、襤褸ぼろを着た裸足はだしの子供たちが朝から晩まで往来で騒いでいる、代表的な貧民窟街景の一部である。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
その一歩を敢然と踏み出すためには、われわれは悪魔を呼ばなければならないだろう。裸足はだしあざみを踏んづける! その絶望への情熱がなくてはならないのである。
闇の絵巻 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
玉葱やキャベツの収穫時とりいれどきには、彼の小さな弟や妹たちまでしり端折ぱしをりをして裸足はだしで手伝ひに出かけた。玉葱を引抜いたり、キャベツをざるに入れて畑から納屋なやへ運んだりした。
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
これに従事するとなると丁稚小僧でっちこぞうとなり自転車で走ることも、炎天えんてんのもと、裸足はだしで畑に草取りするのも、自動車で会社に出勤することも含まれ、範囲が非常にひろくなる。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
巻物をシッカリと掴んだお八代さんが裸足はだしのまま髪を振り乱して離家の方へ走って行きました。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
近所の子供たちは、皆愉快な庶民的しょみんてき風貌をそなえている。裸足はだしで泥んこになって、毎日遊びあっている。知らぬ間に、博雄のポケットには、メンコやビー玉が一ぱいになっている。
親は眺めて考えている (新字新仮名) / 金森徳次郎(著)
炉端で新聞を読んでいた平三は、裸足はだしで戸外へ飛び出して行った。——小学校の庭で消防演習があってからまもなく、どこへ行っていたのかジョンは、今朝まで姿を見せなかった。
或る部落の五つの話 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
これは自分が裸足はだしであったために無意識に植込みへ踏み込むのを恐れたためかも知れぬが、いずれにしても狼狽ろうばいの結果であった。がそのときはもう普通に歩くことができなかった。
地異印象記 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
与助は、生児あかごを抱いて寝ている嚊のことを思った。やっと歩きだした二人目の子供が、まだよく草履をはかないので裸足はだしで冷えないように、小さい靴足袋を買ってやらねばならない。
砂糖泥棒 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
裸足はだしの少年靴みがき団を筆頭に、花売り娘、燐寸マッチ売子、いかさまさいの行商人、魔窟の客引き——そう言えば、このポウト・サイドには、土人区域の市場を抜けて回教堂モスクの裏へ出ると、白昼
いきなり立ち上がってしりっぱしょりをしながら裸足はだしのまま庭に飛んで降りた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
裸足はだしである。急ぎ八州屋の前に立つと、二つの小さな裸足の跡が大戸の潜りを出て、そこの一、二尺柔土やわつちを踏んで一つは左一つは右へ別れたさまが、手に取るようにうかがわれる。藤吉はうなった。
私は、彼の生活についていろ/\に考へながら、裸足はだしでやはらかい砂の上を歩いた。……自分の身に迫つてゐる何物をも考へないで、他人のことでも考へてゐる間が、私に取つては吉日であつた。
吉日 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
本能が、私をそうさせて何かを聴かせているらしい。桃林の在るところは、大体だいたい川砂の両岸にあふれた軽い地層である。雨でほどよく湿度を帯びた砂に私の草履ぞうり裸足はだしを乗せてしなやかに沈んで行く。
桃のある風景 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
だんだん近くになって見ると、ついて居るのはみんな黒ん坊で、眼ばかりぎらぎら光らして、ふんどしだけして裸足はだしだろう。白い四角なものを囲んで来たのだけれど、その白いのは箱じゃなかった。
黄いろのトマト (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
と言いながら、按摩は裸足はだしになって後ろへ逃げようとしました。
現場の写真 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
裸足はだしには小砂ざらつく絵馬殿に幼なかりける子ら遊びにき
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
裸足はだしで渡ったんでは、渡った分だないぞ!」
橋の上 (新字新仮名) / 犬田卯(著)
吾が裸足はだしの足を立つべき芝草のしとねあり
展望 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
実はかれも、こんな場所でなければ、ハゼも釣ったり、裸足はだしで土も踏んでみたかったであろう。かれにはいつも、童心がある。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
腰までしかない洗晒あらひざらしの筒袖つゝそで、同じ服裝なりの子供等と共に裸足はだしで歩く事は慣れたもので、頭髮かみの延びた時は父が手づからつて呉れるのであつた。
二筋の血 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
真黒な裸足はだしで末っ子の糸坊を脊負わされて学校へ通っている卯太郎の顔が、ありあり目の前に見えて信吉は苦笑いした。
ズラかった信吉 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
裸足はだしになつてはひらうかとも思つたが、それはN君をただ恐縮させるばかりの大袈裟な偽善的な仕草に似てゐるやうにも思はれて、裸足にもなれなかつた。
津軽 (新字旧仮名) / 太宰治(著)
「それでゐて、うまく喰はせる事にかけたら、巴里一流のホテルや、料理屋も裸足はだしといつた所ださうですよ。」
茶話:12 初出未詳 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
近くの箱の上に一人の裸足はだしの男がすわり、新聞を読んでいた。一台の手押車を二人の子供が揺すっていた。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
それを見ると、その開口あきぐちを広くして裸足はだしで庭へおりたさ、遅い月が出て、庭は明るかった、池の傍を廻って、新緑のにおいのぷんぷんする植込みの下の暗い処を歩いて
雨夜草紙 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
裸足はだしの、二人の式部官が次第書とつき合せてみると、もうお客はこれで終っている。きょうの御儀に日本綿布の外衣バーナスをそろえた、儀仗兵も休ませなくてはならない。
人外魔境:10 地軸二万哩 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
縁もゆかりもない、かうした病人のそばに、自分一人でついてゐる事にゐたゝまれなくて、都和井のぶは、さつと、裸足はだしで、雨の中を、自分の家に戻つて行つたのだ。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
ことによると其処そこ立退たちのいているかも知れないと思って、父方の親類のある郊外のY村をして、避難者の群れにまじりながら、私はいつか裸足はだしになって、歩いて行った。
麦藁帽子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
ざっとした空色のワンピースに、ストッキングなし……裸足はだしで、スリッパも穿いていない。
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)