藁屑わらくず)” の例文
こけでぬるぬるした板橋の上に立って、千穂子は流れてゆく水の上を見つめた。藁屑わらくずが流れてゆく。いつ見ても水の上はきなかった。
河沙魚 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
その夜は月が無かつた。彼等は一たん底まで沈んだが、やがて浮き上つて来たときには泥を含んだ藁屑わらくずを肩や顔にかぶつて醜くかつた。
水に沈むロメオとユリヤ (新字旧仮名) / 神西清(著)
もっともその代りには、監獄の御飯のように虫だの石だの藁屑わらくずだのは入れてなかった。野菜の煮物は監獄と同じだと言っていいだろう。
それから俵をきちんと重ね、縄は縄、桟俵さんだわらは桟俵とわけてまとめ、藁屑わらくずを掃き集め、そして地面にこぼれている米を拾った。
あだこ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
玄関前に、この間引越のときにほどいた菰包こもづつみ藁屑わらくずがまだこぼれていた。座敷へ通ると、平岡は机の前へ坐って、長い手紙を書き掛けている所であった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
雪が溶けた頃になって、一里も離れている「隣りの人」がやってきて、始めてそれが分った。口の中から、半分みかけている藁屑わらくずが出てきたりした。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
水面一杯に繁茂した水草の葉の外に、その辺は丁度ゴミの流れ寄る箇所と見えて、藁屑わらくずなどが一面に漂っている。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
起きあがってみて、彼らが驚いたことには、畳の上にも、ふとんの中にも、藁屑わらくずがさんざんに散らかっていた。
次郎物語:03 第三部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
凸凹でこぼこの激しい、まるい石畳の間を粉のような馬糞ばふん藁屑わらくずが埋めて、襤褸ぼろを着た裸足はだしの子供たちが朝から晩まで往来で騒いでいる、代表的な貧民窟街景の一部である。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
真っ暗で何も見えはしないが、石室いしむろのような狭い部屋であるらしいことと、足音のしないように、底に藁屑わらくずが厚く敷き詰めてあることだけはお蔦にもよくわかった。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
さア思う存分の自由を与えてやるから足を延ばせといわれても逆に不安を感じ水におぼれんとするものが、何物か例えば棒切れや藁屑わらくずでさえも握りしめるといった風に
油絵新技法 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
すると、お杉は、泥溝の水面で静かにきりきりといつまでも廻っている一本の藁屑わらくずを眺めながら、誰か親切な客でも選んで、一度日本へ帰ってみようかとふと思った。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
しかし残忍な人雪崩なだれは、彼女を藁屑わらくずみたいに押し流した。その間に、乗合馬車の馬が一頭、すべって、アスファルトの上に倒れて、クリストフの前に土手をこしらえた。
「うむ。」と腰をのばして老婆は起き、「やれ、汚穢むそうござります。」藁屑わらくず掻寄かきよせて一処ひとつに集め
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
広漠ひろびろとした耕地一帯をうるおす、灌漑かんがい用の川だったので、上流からは菜の葉や大根の葉や、藁屑わらくずなどが流れて来ていましたが、どうでしょう、流れて来たそれらの葉や藁屑が
怪しの者 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
お前たちふたりのくちばしで、地上にありとあらゆる幸福の藁屑わらくずをつまみ取って、それで生涯の巣を作るがいい。愛し愛さるることは、若い時には麗しい奇蹟のような気がするものだ。
暗黒の底に水飴みずあめのように流れ拡がる夥しい平炉の白熱鉱流は、広場の平面に落ち散っている紙屑、藁屑わらくず鋸屑おがくず、塗料、油脂の類を片端から燃やしつつグングンと流れ拡がって行く。
オンチ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
いや、平面と呼ぶべくそれはあまりにでこぼこして、汽車を迎えるためにかれた小さな水たまりが、藁屑わらくず露西亜ロシア女の唾と、蒼穹そうきゅうを去来する白雲はくうんの一片とをうかべているだけだった。
踊る地平線:01 踊る地平線 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
どこから持って来たか藁屑わらくずかみの毛などをいて臨時にがつくられていました。
二十六夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
見るも無慙むざんくびり殺されて、ボロと藁屑わらくずの上に、醜い死骸を横たえております。
としを取ったどすぐろい汚水、死に馬の眼のような水溜まりだった。水面には棒切れや藁屑わらくずが浮いていた。岸に幾株かの青い若葉の猫柳。くさむらの中からは折り折り蛙が飛び込んだ。鈍い水の音を立てて。
汽笛 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
別に何も入っていないが、そのあたりには真黒まっくろすすが、うずたかつもっていて、それに、木のきれや、藁屑わらくずなどが、乱雑にちらかっているので実に目も当てられぬところなのだ、それから玄関を入ると、突当つきあたりが台所
怪物屋敷 (新字新仮名) / 柳川春葉(著)
藁屑わらくずや新聞紙のはみ出た大きな木箱が幾個か店先にほうり出されて、広告のけばけばしい色旗が、活動小屋の前のように立てならべてある。そして気のきいた手代が十人近くもいそがしそうに働いている。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
兄から貰った垂氷を、私はお膳の傍に置いて、それを見ながらゆるゆると食事をしましたが、終った頃には、もうすっかりせ細って、コップの底には藁屑わらくずまじりの濁った水がたまっているだけでした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
と与八は膝の藁屑わらくずを払って、台や、つちを片寄せながら
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そのほかの人間はひっくるめて薪ざっぽか藁屑わらくずにすぎない、決してほかの縁談には耳をかさず、いつまでも待っていた。
似而非物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
もとより藁屑わらくず綿片わたぎれもあるのではないが、薄月うすづきすともなしに、ぼっと、その仔雀の身に添って、かすみのような気がこもって、包んでまるあかるかったのは、親のなさけ朧気おぼろげならず
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
親指と人差し指とで、一文のねうちもない藁屑わらくずのようにそれらをへし折ってしまった。
その崩壊の恐怖と歓喜とのうちに、クリストフもまた、自然の法則を藁屑わらくずのように粉砕する旋風に運ばれて、落ちていった。彼は息を失っていた。神の中へのその墜落に酔っていた。
見るも無慙むざんくびり殺されて、ボロと藁屑わらくずの上に、醜い死骸を横たえております。
その傍では、黄色なひなの死骸が、菜っ葉や、靴下や、マンゴの皮や、藁屑わらくずと一緒に首を寄せながら、底からぶくぶく噴き上って来る真黒な泡を集めては、一つの小さな島を泥溝の中央に築いていた。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
遠江とおとうみのくに浜松城の外曲輪そとぐるわに、お繩小屋といって軍用の繩やむしろを作る仕事場がある、板敷のうちひろげた建物で、今しも老若四五十人の女たちが藁屑わらくずにまみれて仕事をしていた。
日本婦道記:萱笠 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
あれを修道院に持っていかなかったことを、お前は残念がっていたものだ。お前は幾度私を笑わしたことだろう。雨が降ると、みぞの中に藁屑わらくずを浮かべて、それが流れてゆくのを見ていた。
ずたずたになれるむしろの上に、襤褸切ぼろきれ藁屑わらくずわん、皿、鉢、口無き土瓶、ふた無きなべ、足の無きぜん、手の無き十能、一切の道具什物じゅうもつは皆塵塚ちりづかの産物なるが、点々散乱してその怪異いうべからず。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
自分一人で一つの世界だとうぬぼれながら、人生の河から藁屑わらくずのように押し流されてる、この憐れな芸術家めにたいして、医者たちの方では、皮肉な多少軽侮的な憐憫れんびんの情をいだいていた。
息をするたびに藁屑わらくずや塵埃を吸いこむことになる、床は低く、その下の地面はいつも湿っていて乾くひまがない、こんなところに寝起きをしていれば、病気にならないのがふしぎなくらいだ
「ばかども、気でも狂ったのか。のろまばかりそろってやがる。時間をつぶすばかりじゃねえか。籤引きをするっていうのか。じゃんけんか、藁屑わらくずか、名前を書いて帽子に入れてか……。」
髪毛はひと掴みの藁屑わらくずのようにもつれているし、頸すじや手足には垢がよれている、着物はいつ仕立てたとも見当のつかぬ古さで、継いだところも継がぬところもすっかり綻び、ひき裂け
お繁 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)