自然おのず)” の例文
其の代りに、つい二三十年前のような詩的の旅行は自然おのずと無くなったと申して宜しい、イヤ仕様といっても出来なくなったのであります。
旅行の今昔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
手ぶらでも帰られまい。五助さん、ともかくも貰ってくよ。途中で自然おのずからこのふたが取れて手が切れるなんざ、おっと禁句
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私の脳髄の全部が忽ち煽風機せんぷうきのような廻転を初めた。身体からだ自然おのずと傾いて一方に倒れそうになったのを、かろうじて椅子の肘掛けで支え止めた。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
昇の無駄を聞ては可笑おかしがッて絶えず笑うが、それもそうで、あながち昇の言事いうことが可笑しいからではなく、黙ッていても自然おのずと可笑しいからそれで笑うようで。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
車の通れぬ急な坂をば鮫ヶ橋谷町たにまちり貧家の間を貫く一本道をば足の行くがままに自然おのずとかの火避地に出で、ここに若葉と雑草と夕栄ゆうばえとを眺めるのである。
藤枝の声を聞いて集まって来た人びとは、藤枝といっしょになって利根川べりの方へ追って往ったが、女の影はもう見えなかった。一行の足は自然おのずと止ってしまった。
女賊記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そして、深い溜息ためいきを吐いた。常識と同情とに富んだこの青年の柔嫩やわらかな眼は自然おのずと涙をたたえた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
いつの間にか群衆に捲き込まれ、人の渦から遁がれようとしながら、容易に遁がれることが出来ず、押されまれ追い立てられ、群衆の潮の流れる方へ、自然おのずと流れて行くのであった。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
手の汗を、ずぼんの横へこすりつけて、清めた気で、くの字なりに腕を出したは、短兵急に握手のつもりか、と見ると、ゆるがぬ黒髪に自然おのず四辺あたりはらわれて
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
自然おのずとどこかに稜角かどあるは問わずと知れし胸のうち、もしや源太が清吉に内々含めてさせしかと疑い居るに極まったり。
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
こう思いながら二階に上って、昨夜の吸いさしの葉巻に火をけたまま、暖かい蒲団にもぐり込むと、エタイの知れない薄笑いが自然おのずと唇にニジミ出した。
鉄鎚 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そこで自然おのずと、物には専門家くろうと素人しろうとの差別が生ずるのだと、珍々先生は自己の廃頽趣味に絶対の芸術的価値と威信とを附与して、いささか得意の感をなし、すさみきった生涯の
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
深張ふかばり涼傘ひがさの影ながら、なお面影は透き、色香はほのめく……心地すれば、たれはばかるともなく自然おのずから俯目ふしめ俯向うつむく。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
阿利吒は大きに驚きながらその像のこうべり取りしに、頭はまたあらた自然おのずと生じ、また截り取ればまた生じぬ。
印度の古話 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
……眼の中が自然おのずと熱くなって、そのままベッドの上に突伏したいほどの思いにみたされつつ、かなしく両掌りょうてを顔に当てて、眼がしらをソッと押え付けたのであった。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
深張ふかばり涼傘ひがさの影ながら、面影おもかげは透き、色香いろかほのめく……心地ここちすれば、たれはばかるともなく自然おのずから俯目ふしめ俯向うつむく。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
主人あるじが浮かねば女房も、何の罪なきやんちゃざかりの猪之いのまで自然おのずと浮き立たず、さびしき貧家のいとど淋しく、希望のぞみもなければ快楽たのしみも一点あらで日を暮らし
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
……今にもこっちを振り向いて、私と顔を合わせそうな気がして……そうしたら、何かしら大変な事が起りそうに思えて……身体からだじゅうが自然おのずと固くなるように感じつつ……。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
枝路のことなればひろからず平かならず、が造りしともなく自然おのずと里人が踏みならせしものなるべく、草に埋もれ木の根に荒れて明らかならず、迷わんとすること数次しばしばなり。
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
これが風説うわさの心中仕損しそこない。言訳をして、世間が信ずるくらいなら、黙っていても自然おのずから明りは立つ。面と向ってきさまが、と云うものがないのは、君が何にも言わないと同一おんなじなんだ。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私は身体からだ中の毛穴が自然おのずと引きまるように感じた。
あやかしの鼓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
浮きたる方こそ樹末こずえなれ、根の方は木理きのめつみて自然おのずと重ければ下に沈むなりと答へけるに、天神はまた同じやうなる牝馬めうま二匹をゆびさして、那箇いずれが母か那箇が子か、と詰り問ひぬ。
印度の古話 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
自然おのずから気が映ってなったらしく、女の児と同一おなじように目をねむって、男の児に何かものを言いかけるにも、なお深く差俯向さしうつむいて、いささかも室の外をうかが気色けしきは無かったのである。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
くや額に玉の汗、去りもあえざる不退転、耳に世界の音もなく、腹にうえをも補わず自然おのず不惜身命ふじゃくしんみょう大勇猛だいゆうみょうには無礙むげ無所畏むしょい切屑きりくず払う熱き息、吹き掛け吹込ふっこむ一念の誠を注ぐ眼の光り
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
誰言うとなく自然おのずと通じて、投遣なげやりな投放むすびばなしに、中を結んだ、べに浅葱あさぎの細い色さえ、床の間のかごに投込んだ、白い常夏とこなつの花とともに、ものは言わぬが談話はなしの席へ、ほのかおもかげに立っていた。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
此の世盛よざかりの、思ひ上れる、美しき女優は、樹の緑せみの声もしたたるが如き影に、かまち自然おのずから浮いて高いところに、色も濡々ぬれぬれ水際立みずぎわだつ、紫陽花あじさいの花の姿をたわわに置きつゝ、翡翠ひすい紅玉ルビイ、真珠など
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
長らく先生の教を受けて居る中に自然おのずと左様いう地位に立たなければならぬように、自然と出来上がった世話役なので、塾は即ち先生と右の好意的世話役の上足弟子とで維持されて居る訳なのです。
学生時代 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
樹の緑蝉の声もしたたるがごとき影に、かまち自然おのずから浮いて高い処に、色も濡々ぬれぬれと水際立つ、紫陽花あじさいの花の姿をたわわに置きつつ、翡翠ひすい紅玉ルビイ、真珠など、指環ゆびわを三つ四つめた白い指をツト挙げて
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)