羽搏はばた)” の例文
彼女は灰の上を転げ回り、灰の中にもぐり込み、そして羽をいっぱいに膨らましながら、激しく一羽搏はばたきして、夜ついたのみを振い落す。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
忌々いまいましげに、顔をゆがめ、角三郎は小石を拾って、梢へ投げた。——ぱっと、すごい羽搏はばたきが、そこを離れ、枯野の上を、ゆるった。
御鷹 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
或る大きいものが彼の上で羽搏はばたきをした。そして彼は擾乱と熱火とのうちに巻き込まれた。それから最後に冷たいものを全身に感じた。
少年の死 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
鶴は幾度も頭を下げて、眼から涙をながしてをりましたが、やがて悲しい声を出して、羽搏はばたきすると同時に、空に舞ひ上りました。
竜宮の犬 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
ハタハタハタハタと羽搏はばたきしながら森の隙間を翔け廻わっていたが、またスーッと帰って来たかと思うと空洞うつろの中へ隠れ去った。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
お前は古い唐画たうぐわの桃の枝に、ぢつと止つてゐるがい。うつかり羽搏はばたきでもしようものなら、体の絵の具がげてしまふから。
動物園 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
大きい白鳥が羽搏はばたいて過ぎるときに、落してゆく羽毛ほどだつた。で、このあたりの子供たちは、雪を見るとかう歌つた喜んだ。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
オリンピックのグラウンドや拳闘のリンクに見らるる活力の鼓動と本能の羽搏はばたきのようなものをいくらかでも感ずることが出来るのであった。
私はかごを抜け出した小鳥の心をもって、広い天地を一目ひとめに見渡しながら、自由に羽搏はばたきをした。私はすぐ先生のうちへ行った。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこに、わたくしをして、それほど強い羽搏はばたきをしたがらせず、神妙に寮に落付かせている鬱陶うっとうしいゆとりをあらしめたのでございましょう。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
いつもの云いがかりとは違って、それがほんとうに大切の鷹を驚かしたらしく、俄かに羽搏はばたきをあらくした鷹はその緒を振り切って飛びった。
半七捕物帳:15 鷹のゆくえ (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
船団の真上にさしかかると、英夫の乗った旅客機は、ぐっと高度を下げて、喜びのしるしに、羽搏はばたくように両翼を振った。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
あたかも私自身の思惟イデエそのものであるかのごとく重々しく羽搏はばたきながら、そしてそのつばさを無気味に青く光らせながら……。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
人間の精神、その願望の勇躍、その希望の飛翔、愛へ、可能へ、そうして認識への強烈なその羽搏はばたき。これらのものが到る所で鉄の手に突き当たる。
情に堪えないで、そのまま抱緊だきしめでもしようものなら、立処たちどころにぱッと羽搏はばたきを打つ……たちまち蛇が寸断ずたずたになるんだ。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
大きな声を張りあげてときをつくり、あまつさえ古蓆ふるむしろのように引きむしられたはねでバタバタと羽搏はばたきをやらかしていた。
「死によって、あなたの姿が消え失せても、羽搏はばたきだけは風の中に残らないとだれが断言できるでしょう」
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
鳩(に似た鳥)は、そして片目でウィンクをしてみせると、羽搏はばたきもせず雲の彼方へと消えた。不意に、ジャンはすでに白雲が頭上に遠ざかりつつあるのを見た。
ジャンの新盆 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
なまじ足手まといがなくて反ってよかったとしても、相手の警備の行届いきとどいているのに驚いている頃は、巧妙に作られた罠に陥込おちこんで、免れようもなく羽搏はばたいていたのでした。
十字架観音 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
仮住まいして水面みずもに、何ものかを狙うように羽搏はばたきをするのを見たら、若鮎の群れは、もう丸い小石のならぶ瀬際をひたのぼりに、上流へのぼっていると思ってよろしい。
楢の若葉 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
羽搏はばた元気げんきもしだいにつて、たゞつかれはてたからだは、はげしいきりのながれにつてただよつてゐた。そのとき、ラランのわるはずつとペンペをはなれて、うへほうんでゐた。
火を喰つた鴉 (新字旧仮名) / 逸見猶吉(著)
彼のその足音に驚いて、この地方特有の山鳥が枝から枝へと、銀光の羽搏はばたきを打ちながら群れをなして飛んだ。白い山兎やまうさぎ窪地くぼちへ向けてまりのように転がっていったりした。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
軒端に何か物影がさして其処に烈しい羽搏はばたきの音が聞えたので驚いて見ると、それは半ば枯れて下つてゐる一本の棕梠の葉に止まつた烏が、自分の重みで其の葉を踏折つた
発行所の庭木 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
こうして伸子が何となしくよくよと物を思っているその夜の間も、羽搏はばたきをやすめず前進しているモスクヷ生活で、どんな一つの積極的なことが機嫌からされているだろう。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
蚊の羽搏はばたきににたその音は次第にはっきりして来た。やがて爆音だということが感じられた。
恐竜島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
たてつづけの問いに、——何か小さな鳥が打ちまくられて地上にち哀しく羽搏はばたきしているような、そんな感じのまたたきをしながら、救いをもとめるような顔を、サーちゃんに向けた。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
燕はゆっくり飛んでいるときは翼をひろげて羽搏はばたくが、非常に早く飛ぶときには翼をぴったり身につけ、身を砲弾のように細くして空を斬る。わたしは五十嵐機は丁度あれだと思う。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ヨ! こ、この濡れ燕はナ、手前たちのなまあったけえ血に濡れてえといって、さっきから羽搏はばたきをしてきかねえのだ。ソーラ! この羽ばたきの音がてめえたちには聞こえねえかッ!
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
目を覺ますと、弟のお清書を横に逆まに貼つた、枕の上の煤けた櫺子れんじが、僅かに水の如く仄めいてゐる。誰もまだ起きてゐない。遠近をちこちで二番鷄が勇ましく時をつくる。けたゝましい羽搏はばたきの音がする。
天鵞絨 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
暗闇の中で伝書鳩がけたたましい羽搏はばたきをし続けた。
(新字新仮名) / 池谷信三郎(著)
芝生の方までやつて来て、私のまはりに羽搏はばたいて
これらの不幸な人々のうちのきわめて少数なあるものだけは、微塵に砕けた残骸から再生する事によって、始めて得た翼を虚空に羽搏はばたきする。
厄年と etc. (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
考えつつ、黙然もくねんと、藪道を掻き分けてゆくと、コー、コー、コーコーッ、騒がしい軍鶏しゃもの声と、羽搏はばたきが近くに聞こえた。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と思ふと又箸をつけない内に、丸焼きのきじなぞが羽搏はばたきをして紹興酒せうこうしゆの瓶を倒しながら、部屋の天井へばたばたと、舞ひ上つてしまふ事もあつた。
南京の基督 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
そうして自分の目を鸚鵡のくちばしで突つかれそうに近く、鳥のそばへ持って行く。鸚鵡は羽搏はばたきをして、しきりに鳴き立てる。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
才蔵の姿は雲か霧か朦朧もうろうとして消え失せたが忽ち猛鳥のハタハタという羽搏はばたきの音が縁から起こり、ただ見る一羽の荒鷲が忽然こつねんとして浮かび出た。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
男のひとりは伏せ籠を持って来て、暴れ狂う鶏をどうにか斯うにか押し込んだが、かれはその籠を破ろうとするように、激しく羽搏はばたきして暴れ狂っていた。
半七捕物帳:51 大森の鶏 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
が、一同が驚いたことには、彼はまるで重さでも足りなかったように、まだ地面へ着かないうちにぱったり止り、そこでひと羽搏はばたきして、また空へ上って行く。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
私がそれをうるさがって、明りを消してベッドにはいってしまっても、まだしばらく物狂わしい羽搏はばたきをしているが、次第にそれが衰え、ついに何処かにしがみついたきりになる。
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
博士は、羽搏はばたきをし、開かれた窓から闇の中に姿を消す。やがて、池の上で聞いたあの叫びが、鳴き交わすように裸木の林のあいだを縫い、池の方角へと遠ざかってゆくのが聞こえる。
博士の目 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
その闇夜の中には日光に輝いた大きな羽搏はばたきが通り過ぎてるのだった。
まるで、コウモリが宙を羽搏はばたいているような感じだ。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
かあいさうに、私のくちの下で羽搏はばたいてゐた
羽搏はばたきてめもやらざる浮寝鳥うきねどり
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
羽搏はばたいて扇が飛んだ。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
でこの境地はひっそりとなって神田川の水音と水鳥でもあろうその川の中で羽搏はばたく音が眠い嘉門の眼を誘うてさらさらと聞こえ、はたはたと響いた
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
鸚哥いんこが、気のちがつたやうに、羽搏はばたきをするやら、まるで、曲馬小屋で、火事でも始まつたやうな体裁です。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
老人の手から投げられた三羽の雀が第四の土蔵へ飛び込むと、やがてその奥であらい羽搏はばたきの音がきこえた。
半七捕物帳:15 鷹のゆくえ (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
息を引きとるような鶏の声がして、けたたましい羽搏はばたきが裏口をかすめたと思うと、そこから、口を結んだ慎吾の血相が、おそろしい勢いで屋内へ飛び込んで来た。
銀河まつり (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夜鴉よがらす羽搏はばたきを聞かぬうちに、花多き国に行く気はないか」とシワルドは意味有気ありげに問う。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)