くゝ)” の例文
茶碗を預つた一番番頭の利八郎は首をくゝつて相果て、幸吉の父なる二番番頭の幸三郎は、それつきり行方不知になつて了つたのです。
のみ足を投出し居るに九郎兵衞是を見て嗚呼御前おまへうらやましいわしは今此湖水こすゐに身を投やうか此帶で首をくゝらうかと思ひ居たりと云ふを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
らそれから五百匁ひやくめぐれえ軍鷄雜種しやもおとしくゝつて一ぺんつちまつたな、さうしたらねつた」かれにはかこゑひくくしたが、さら以前いぜんかへつて
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
お屋敷へも言訳がえからって、万年橋の欄干へ帯を掛けて首をくゝろうとする処を、己がおめえ掛けなく助けて船へ入れ、お連れ申して来たのだ
雖然其の運命は悲慘な幕におほわれる。父は、お房が十二の年に世間からはくたばツたと謂はれて首をくゝツて死んだ。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
だが、親の間違まちがひで(親といふものはよく間違を言つたり、たりするものなのだ)その四人が五人に殖えたからといつて、何も首をくゝつて死ぬるにも及ぶまい。
世のなかいやになつて、とう/\自殺を仕様と決心したが、海もいや河もいや、噴火口はなおいや、首をくゝるのは尤もいやと云ふ訳で、やむを得ず短銃ピストルを買つてた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
首をくゝる支度の最中にも、出来るだけ死の前に、余計な痛みや苦しみのないやうに、縊死いしに使ふ紐まで、べつたりと石鹸水を濃く塗つておいたと云ふ、一章を忘れなかつた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
我子わがこならば親友しんいうもとる、さなくばくびくゝらうと、乞食こじきをせうと、ゑて途上死のたれじにをしをらうとまゝぢゃ、誓文せいもん我子わがことはおもはぬわい、また何一なにひとつたりと、おのれにはれまいぞよ。
抵当に入れた馬小屋見たよな家は、金主からつ立てられる、到頭たうとう村で建てて呉れた自分の息子の石碑の横で、夫婦が首をくゝつて終ひましたよ、ぢいばゝあ情死しんぢゆうだなんて、みんな笑ひましたが、其時もわし
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
「間違ひもなく首をくゝつて、——それも檢死の樣子では、人にめられたのでは無くて、自分で首を縊つた年寄の巡禮だつたんです」
汝は此のお方様に見棄てられて乞食になるとも、首いくゝって死ぬとも、身を投げるとも汝が心がらで、自業自得だ、子のない昔と諦めますから
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
その時計が学校で盗まれたのを聞くと、校長は自分の同僚が首をくゝりでもしたやうに悲しさうな顔をした。
長病ちやうびやうゆゑ氣力きりよくおとろへ自身に首をくゝることは成ずなどと當推量あてすゐりやうを申立夫のみ成ず金子を貸ぬとそれを遺恨に存じしうとめ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
平次の探索が身近く來て、不意にお桃の方へ外れると知るや、忠義な番頭の佐助は其處で首をくゝつて、罪のつぐなひをして了つたのです。
と云いながら、枕橋を渡って、向うの枕橋を渡りにかゝると、又土手ッぷちで首をくゝろうとしている者が有りまするのを仙太郎が目早く見つけ
くゝる程の氣力は御座なく候はん其上菊事私し方にて金子調達てうたつ致さず候を遺恨ゐこんに存じて母を締殺しめころし候事と存じられ候へば能々よく/\菊を御吟味下され度願上奉つると申立るを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
家の芸が自分で首をくゝらうとするのを見たら、どんなに言ふだらう。
そんな事で玉屋の主人が首でもくゝるやうな事があつちや惡いと思ふから乘出す氣になつたのさ。俺は寶物の詮議など、本來なら眞平だよ
彼奴あいつは男を七人殺しやした奴ですぜ、それが手で殺すのじゃアねえのさ、みんな口でだまして殺すというのは、欺された男が身を投げたり首をくゝったりしやしたのさ
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
もしか日本の監督将校が首でもくゝりさうな顔をしてゐると
「放つて置けば大黒屋の亭主は本當に首でもくゝるかも知れませんよ。それに、品川小町のお關を見ただけでも、飛んだ眼の法樂だ——」
の様に親父は首をくゝって死にますような事になりましたのも、みんなお祖父さん村上松五郎お瀧から起った事でございます、わたくしも子供心に二人の顔を覚えて居ますから
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
おどかすなよ。——うんと金が出來て、岡つ引を止してしまつたら、俺はこの世の中が退屈で、首をくゝり度くなるかも知れない」
仕様がねえから男女ふたりで身い投げておっんでしまおうとか、林の中へ入って首でもくゝるべえというような、途方もねえかんげえを起して、とんでもねえ間違まちげえが出来るかも知んねえ
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
主人の宗右衞門はそれを苦に病んで首をくゝり、家も藏も人手に渡つて、一人息子の宗次郎が、裸一貫で投り出されてしまひました
斯ういう時にはなまじいに泳ぎを知ってるのはいけないナア、首をくゝって死のうかしらん、しかし能く往来中の松のの枝などへぶら下ってるのが有るけれども、随分ざまの悪いもんだ
だまして、到頭身代限りの目に逢はせ、首までくゝらせた上、今の總右衞門を伴れ込んで、自分が采配さいはいを振つて居たさうですよ
濡紙を取って呼吸を見るとパッタリ息は絶えた様子細引を取って見ると、咽喉頸のどくびに細引でくゝりましたきずが二本付いて居りますから、手のひらで水を付けてはしきりに揉療治を始めました。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
手代の千代松と嫁合めあはせ暖簾を分ける筈だつたが、近頃大黒屋は恐ろしい左前で、盆までに二三千兩まとまらなきや主人の常右衞門首でもくゝらなきやならねえ
うちでは多助が翌日になっても帰って来ないから、おかめの了簡では、彼奴あいつは江戸へでも往ったか遠い所へでも往ったか、大方うちの辛い所を思って、首でもくゝってしまったのであろうと
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「親分さん、とゝさんを助けて下さい。父さんは頸をくゝつて死ぬんだといつて、何うなだめても聞いてくれません」
これへ縛り付けてくからは、身でも投げたか、但しは雑木山へでも入って首でもくゝって死んだかと思って、山川を捜したが判りませんので、おかめは心の中で嬉しいが、外面うわべでは五八に言付けて
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「首をくゝつた者は、大概たいがい自分の足で思ひ切り踏臺を踏飛ばすものだ。踏臺が足にさはつて居ちや、それが未練になつて、一と思ひに死ねるものぢやない」
それからというものは悪い事だらけさ、手こそおろして殺さないでも口先で人を殺すような事が度々たび/\で、私の為に身を投げたり首をくゝって死んだ男も二三人あるから、みんな其のばちで今う遣って居るのも
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「伏見屋傳七は病死といふことになつてゐるが、本當のところは、首をくゝつて死んだといふ噂ですから、怨みを繼いだ子分か身内がないとは限りません」
「女ですよ、親分。死んだ此處の主人と來たら、男も良かつたが、名題のはうきで、捨てられて首をくゝつた女も、騙されて身投した女もあるといふ話ですよ」
平次はさう言つて常右衞門をなぐさめずには居られませんでした。この主人は、本當に首でもくゝりさうだつたのです。
あの女がもう二月三月生きて居ると、清水寺の清玄のやうにされて、首でもくゝるか、身でも投げるか、地獄へ眞つ逆樣に落ちるより外に道はなかつたんだ
田圃で首をくゝつて死んで居るのを、宗之助が見付けて、お春の春吉に手傳はせて引摺り込み、心の弱つて居る峰右衞門を脅かす道具にしただけの事だらう
「俺はもう歸つて一杯やつて寢るよ。浪人者の高利貸が首をくゝつたところで、晩酌ばんしやくを休むわけには行かない」
家も、屋敷も、商品も、二重にも三重にも抵當に入つて、この盆には、素裸すつぱだかはふり出されるか、首でもくゝるより外に、貫兵衞の行く場所は無かつたのでした。
「まだありますよ、——手代の千代松、——こいつは一番怪しい。不動堂の堂守——二日前に首をくゝつて死んだ海念坊のをひで、主人重三郎は言はば叔父の敵だ」
銭形平次捕物控:130 仏敵 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
「それに、窓を開けつ放したまゝで、死んで居たつて言ふぢやないか。景色を見乍ら首をくゝる奴はあるかも知れないが、暗闇を眺め乍ら喉を突く人間は無いよ」
「待つてくれ、八、大地主の金持の、内儀が下谷一番綺麗な多之助は、何が不足で首なんかくゝつたんだ。そんなに首を縊り度きやはりにブラ下がるもあるのに」
入谷の親分が一人、子分に見放され、千五百石の旗本がつぶれ、名題役者が一人首をくゝりました。——外面如菩薩によぼさつ、内心如夜叉によやしや、——恐ろしいことで御座いましたよ
「遠慮をするなよ。首をくゝる眞似くらゐは、時々やつて見るものだ。その度毎に、親の遺書かきおきを思ひ出す」
私は勝ちました。土壇場どたんばですつぽかして、駒次郎に首でもくゝらせようと思つたのが、あんまり執拗しつこくからみ付かれて、ツイ庖丁を振り上げて了ひました。私は娘を
平次は尤らしく手などをこまぬきました。首をくゝるのが譽れである筈はありませんが、それを末代までの耻にする、この人達の氣持にも解らないところがあつたのです。
それがせめてもの——翌る日は死んで行く私の腹癒はらいせだつたのです。その晩歸ると、奉公人に皆んな暇を出し、この家に火をつけて、私は首でもくゝるつもりでした。