こうがい)” の例文
近寄ってなにをしているかとたずねると、ひとりが手に持っていたこうがいをさしだして、「このような品が壕のなかに落ちていましたので」
日本婦道記:笄堀 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
駿河町の三井呉服店で、衣装も一式調えてやったし、日本橋小伝馬町の金稜堂で、櫛、こうがい、帯止めなどの高価なものも買ってきた。
仇討禁止令 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ミットの頭には、鉄のこうがいが横に出ている。足場綱をゆるめて、船腹の足場を下げるさいに、過って、ロップがはずれない為にである。
最後に彼女はくしこうがいを示して、「これ卵甲らんこうよ。本当の鼈甲べっこうじゃないんだって。本当の鼈甲は高過ぎるからおやめにしたんですって」
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それに櫛だとか簪だとかこうがいだとか、そういった髪飾りやその他の装身具にも、その頃の物には変化に富んだ発達が見られるように思われ
三次も客と見せかけるために、前へいろいろなくしこうがいの類を持ち出すように頼んで、それをあれこれと手にとりながら、声を潜めて言った。
其処に唯一人、あのひとが立ったんです。こうがいがキラキラすると、脊の嫋娜すらりとした、裾の色のくれないを、潮が見る見る消して青くします。
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
笄町という町名は明治以後に出来たもので、江戸時代にはこの辺一帯をこうがいと呼び慣わして、江戸の切絵図にも渋谷の部に編入してあります。
半七捕物帳:65 夜叉神堂 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そなたの腕なら、舞台からこうがいを投げても、三斎めの息の根を止めることは出来ようが、それでは、望みの十分の一を、達したとも申されぬ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
東洋は面白いな。巴里の郊外にも電柱はあったが道筋の家の壁や屋根を借りて取り付けたもので長さも小さく小鬢こびんこうがいを挿したほどの恰好だ。
豆腐買い (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
女はくしだのこうがいだのかんざしだのべにだのを大事にしました。彼が泥の手や山の獣の血にぬれた手でかすかに着物にふれただけでも女は彼を叱りました。
桜の森の満開の下 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
こうがいを挿した髪、下げた帯、左の手にとられた褄。……月のない、ゆきずりの、そのあたりの闇の濃けれは濃いほど、その美しさはいや増した。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
お柳のなりは南部の藍の子持縞こもちじまの袷に黒の唐繻子とうじゅすの帯に、極微塵ごくみじん小紋縮緬こもんちりめん三紋みつもんの羽織を着て、水のたれるような鼈甲べっこうくしこうがいをさして居ります。
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「妾、お姉様の、こうがいと、肌襦袢とを、持って参っておりますが、それを、お父様の、お墓の横へ——お墓を立てましては?」
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
一人の女中の部屋では鼈甲べっこうこうがいかんざしをみんな取り出して綺麗に並べて置いて、銀簪なんぞは折り曲げて並べて行ったとね。
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
平次はそう言いながら、お夏の丸髷まるまげから、まがい物の鼈甲べっこうに、これも怪しい銀の帯をしたこうがいを取って、スッと抜きました。
銀子が今までにしてもらったダイヤの指環ゆびわに、古渡珊瑚こわたりさんご翡翠ひすいの帯留、根掛け、くしこうがい、腕時計といった小物を一切くるめて返すようにと言うので
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
一つ二つとこうがいが、音もなく抜け落ちたかと思うと、両手に抱えたフローラの体に、次第に重みが加わっていく。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
姫君は檜皮ひわだ色の紙を重ねて、小さい字で歌を書いたのを、こうがいの端で柱のれ目へ押し込んで置こうと思った。
源氏物語:31 真木柱 (新字新仮名) / 紫式部(著)
一人は鎌、一人はこうがい、お吉と島君とは恋と意地とで嵐吹き捲く山道を手探り足探りで命を懸けて闘っている。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その従僕茶屋の台所にいると、有名な妓女が来て二階へ上らんとしてこうがいを落した。従僕拾うて渡すと芸子はばかさまと言いざまその僕の手とともに握って戴き取った。
〽あとの雁が先になったらこうがい取らしょ……、小さいときから大好きなこの唄を誦もうともしなかった。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
たらいの中には桜貝さくらがいくしこうがいが浮んでいるだけであった。雪女、お湯に溶けてしまった、という物語。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そりゃあ鼈甲べっこうこうがいがテラテラして、白襟に、あい色の御紋附きだったけれど、目が覚めるようだった。
えたいの知れぬ下手物げてものを並べ、なにがしかのお茶代にありつく趣向、大石良雄討入りの呼子、大高源吾の鎗印、乃至は何代目高尾のくしこうがい、紀文の紙入れなど途方もない珍物。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
地味な着物に黒繻子くろじゅすの帯、長いこうがい櫛巻くしまきにした髪の姿までを話のなかに彷彿ほうふつさせて見せる。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
おんなは、平常ふだんたいせつにしていた、くしとか、こうがいとか、荷物にもつにならぬものだけをち、おとこは、羽織はおり、はかまというように、ほかのものをっては、なが道中どうちゅうはできなかったのです。
さかずきの輪廻 (新字新仮名) / 小川未明(著)
三人各二本だから合計六本の矢鏃バンデリラを差されて、牛はおいらんのこうがいみたいな観を呈する。
現今の麻布区こうがい町百七十五番地へ住む事になった。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
お坊主の関久和せききゅうわのすがたを見て、血刀を渡し、空鞘からざやの口からこうがいを抜いて、びんの毛をであげた。そして、襟元を直すと、すぐ起ち上って
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そうまでもきますまいが、髪を洗って、湯に入って、そしてその洗髪あらいがみ櫛巻くしまきに結んで、こうがいなしに、べにばかり薄くつけるのだそうです。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そうだよ。頭のものだよ。黄八丈に紋縮緬の着付じゃ、頭のものだって、擬物まがいものくしこうがいじゃあるまいじゃないか。わたしは、さっきあの女が菅笠を
恩讐の彼方に (新字新仮名) / 菊池寛(著)
貴方あんたには済みませんが、し此処で千円出して下されば、仮令たとえ兄が千円出さんと申しましても、私は衣類櫛こうがい手道具から指輪のような物までも売払い
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「値打はこしらえだけです」と清兵衛が云った、「鞘もまだ使えるし、こうがい目貫めぬきが幾らかになるでしょう。もうばらして売っちまおうと思っているんですが」
末っ子 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
櫛やこうがいはみんな落してしまい、春着はめちゃめちゃで、帯までが解けて流れてしまったが、幸いに命だけは無事に助かったので、大難が小難と皆んなが喜んだ。
(新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
こうがいを抜いたりさしたりしてみました。くれないのさしたかおを恥かしそうにながめていました。こうしている間もお君は、自分の身の果報を思うことでいっぱいであります。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
支那事変の影響は、一方、日本趣味の復活に結婚式のくしこうがい等に鼈甲の需要をまた呼び起したと共に、一方大陸へのけ口はとまった。商売は、痛しかゆしの状態であった。
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
島君もこうがいを握り締め、頭の上へ振りかぶり、闇にもそれと輝いて見えるお吉の眼の辺りへ眼を注ぎ、じっと油断なく構えたが、足場は悪しあせってもおり既に危く思われた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
大罪人に用いる上柄かみがら流本繩の秘伝、小刀かこうがいで親指の関節ふしに切れ目を入れ、両の親指の背を合わせて切れ目へ糸を廻わして三段に巻いて結ぶという、これが熊谷家口述くじゅつの紫繩。
または横にこうがいを揷すとかしたら、随分といろいろいいものが相当に出来そうに思います。
好きな髷のことなど (新字新仮名) / 上村松園(著)
ぬれた、青葉のような緑の髪を、立兵庫たてひょうごに結い上げて、その所々に差し入れた、後光のようなこうがいに軽く触れたとき……フローラの全身からは、波打つような感覚が起こってきた。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
雪之丞は、そんな予感に、心を暗くしながら、滝夜叉たきやしゃの変身、清滝きよたきという遊女すがたになって、何本となく差したこうがいも重たげに、華麗な裲襠うちかけをまとい、三幕目の出をまっていた。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
丸髷まるまげに、薄色のくしこうがいをさしたお増は、手ばしこく着物を着てしまうと、帯のあいだへしまい込んだ莨入れを取り出して、黙って莨をすいながら、お今の扮装つくりの出来るのを待っていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「いえ——ナニ——」と稲垣は苦笑にがわらいして、正直な、気の短かそうな調子で、「少しばかり衝突してネ……彼女あいつ口惜くやしまぎれにこうがいを折ちまやがった……馬鹿な……何処の家にもよくあるやつだが……」
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
こうがいに桝の寸法書を入れたのは?」
すると、せっかく骨を折って拾った銭がくなっていた者だの、こうがいを抜かれている女だの、たもとを刃物で切られている者だのが数名あって
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
髪の根はまげながら、こうがいながら、がッくりと肩に崩れて、早や五足いつあしばかり、釣られ工合に、手水鉢ちょうずばちを、裏の垣根へ誘われく。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
というので、是から衣類やくしこうがい貯えの金子までもト風呂敷として跡をくらまし、あけ近い頃に逐電して仕舞いました。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
二人がだんだんに行き詰まって来るのはもう眼に見えているので、はらはらしながら見張っていると、綾衣が新造の綾浪に頼んで蒔絵まきえの櫛とこうがいとを質に入れさせた。
箕輪心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
高島田にこうがいが飴色にえているお京さん。神殿の廊下の外には女子供が立集って、きゃきゃと騒いだ。加奈子もまじった。列席の二三の親しい友達は不思議な美にうたれた。
豆腐買い (新字新仮名) / 岡本かの子(著)