発作ほっさ)” の例文
旧字:發作
猛獣の発作ほっさのごとく至って単純なのである。欲望を達した後は、ひそかに気の小さい良心にさえとがめられているふうさえ見える。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼はその手段てだてとして一種の方法を案出した。ある晩餐ばんさんの席へ招待された好機を利用して、彼は急にはげしい発作ほっさおそわれたふりをし始めた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
旗と、人と、体臭たいしゅうと、あせに、もまれ揉れているうち、ふと、ぼくは狂的な笑いの発作ほっさを、我慢がまんしている自分に気づきました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
私は、その瞬間、ぞっとして、背筋を冷たいものが走った様に感じたのでございます——おこり発作ほっさにでもとらわれたようなふるえを感じて参りました。
両面競牡丹 (新字新仮名) / 酒井嘉七(著)
ところで、いったいこの婚約は単なる囈語のために破られたのでしょうか、それとも癲癇てんかん発作ほっさのためでしょうか。
節々ふしぶしはひどく痛みを覚えながら、発作ほっさの過ぎ去った葉子は、ふだんどおりになって起き上がる事もできるのだった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
宇左衛門は、修理の発作ほっさが、夏が来ると共に、漸くおこたり出したのを喜んだ。彼も万一修理が殿中で無礼を働きはしないかと云う事を、おそれない訳ではない。
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
幾回となく発作ほっさが起って、あたしはけもののように叫びながら、灰色に汚れた壁に、われとわが身体をうちつけた。
俘囚 (新字新仮名) / 海野十三(著)
これで又四五日の間は、はげしい発作ほっさ御守おもりをしなければなるまいと、私はいっそ覚悟を極めて了った程でした。
モノグラム (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
肺炎はいえんのふつうの経過けいかとして、かれはまもなくせきをし始めた、この発作ほっさのたびごとに小さなからだがはげくふるえるので、かれはひどくこれを苦しがった。
九月七日の正午十二時に、ヴィール夫人は持病の発作ほっさのために死んだ。その死ぬ前の四時間以上はほとんど意識がなかった。臨床塗油式サクラメントはその間におこなわれた。
ただ狂乱と憤懣ふんまんとの中で、たえず発作ほっさ的に死への誘惑を感じたにもかかわらず、一方彼の気持を自殺のほうへ向けさせたがらないものがあるのを漠然ばくぜんと感じていた。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「父さん」と、にんじんは、こみあげてくる感情の発作ほっさのなかで、締めつけられるような声を出した。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
さっきのありさまから想像すると、女はあくまでも自分を置き去りにしたように男を怨んで、ヒステリー的の激しい発作ほっさから突然に男の喉を絞めたのではあるまいか。
探偵夜話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
道理もっともです。これは少し気をつけて貰わなければならないと思って、家へ帰って、妻に話すと、妻は忽ち発作ほっさを起しました。私が婉曲えんきょくに離縁話を持ち出したと言うんです。
秀才養子鑑 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
源氏は寺へ帰って仏前の勤めをしながら昼になるともう発作ほっさが起こるころであるがと不安だった。
源氏物語:05 若紫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
汽車のなかは案じたる眩暈めまい発作ほっさも起こらず安らかに下関に着きました。その夜は貧しき従姉の家に一泊し、翌朝門司よる筑紫路となり二時間を経て別府に着きました。
青春の息の痕 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
一種の肉体的だけでないめまいの発作ほっさと、かれは戦わねばならなかった。それははげしくこみあげてくる不安の念——逃げ道も見込みもないという感じをともなっていた。
それに、東京に来てから、墨田川へ身を投げようとしたような、発作ほっさを起したこともあった。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
初めて病気の発作ほっさが起った時、ヘルンは自己の運命をすっかり自覚し、死後における妻子の保護と財産の管理とを、親友の法学士に一任して、後に心がかりのないようにした。
それに似た発作ほっさが、それから何度か起きた。街歩きしている中に起きると、タクシーで早速帰宅する。タクシーがつかまらない時は、店にでも何でも飛び込んで休ませてもらう。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
が、不思議ふしぎなもので、だんだん修行しゅぎょうむにつれて、ドーやら情念こころ発作ほっさ打消うちけしてくのが上手じょうずになるようでございます。それがつまり向上こうじょうなのでございましょうかしら……。
「わしは歩くよ」と、ゲルステッカーはまた同じ言葉をいい、咳の発作ほっさを起こした。
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
なぜそうつらいのか合点がてんがゆかぬながらも、それでいて、彼女がにわかにえがたい悲哀の発作ほっさおそわれて、庭へ出てきて、ばったり地面にたおれた有様ありさまを、まざまざと心にえがいていた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
三日後の七月十一日に、同じ町に住む開業医フレンチ医師のもとに、ヘンリイ・ウイリアムズが夫人をともなって診察を受けに来た。聞いてみると、夫人に軽微な発作ほっさが起るというのである。
浴槽の花嫁 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
こういう発作ほっさが非常に猛烈におこって、かの幻影に対する不可抗力的の憧憬がわたしを狂わせるようになったので、私は往来へ飛び出して不思議な家の方へ走ってゆくと、遠方から見た時には
なよたけ ああ、文麻呂! 文麻呂!……(発作ほっさ的に衣裳いしょうえりに手をやって、苦しそうに)この重っ苦しい着物をがして!……この着物がいけないんだわ!……苦しい、……息がつまりそう。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
一時発作ほっさの病と視做みなし一時これを慰めて後に大に戒しむるは止むを得ざる処置なれども、其立腹の理非をも問わず唯恐れて順えとは、婦人は唯是れ男子の奴隷たるに過ぎず、感服す可らざるのみか
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
法師丸は全然豫想もしなかった恍惚郷こうこつきょうに惹き入れられて、暫く我を忘れていた。それがどう云う感情の発作ほっさであったかは、後になって理解したことで、当時の少年の頭では何も自覚していなかった。
僕は意地張いじばりという点において、どっちかというとむしろ陰性の癇癪持かんしゃくもちだから、発作ほっさに心をおそわれた人が急に理性のために喰い留められて
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
葉子はけさの発作ほっさの反動のように、田川夫人の事があってからただ何となく心が浮き浮きしてしようがなかった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ときには、ひどい発作ほっさを起して、流石さすがの百合子も介抱にこうじ果ててしまうことさえまれではありませんでした。
赤耀館事件の真相 (新字新仮名) / 海野十三(著)
貴顕豪商というと彼女は生れぬまえからの仇敵きゅうてきのように反抗したくなるのである。——奔馬の前の危険な強請ゆすりも、稀〻たまたま興味的にやりたくなる衝動の発作ほっさなのであった。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「あなたは私が持病の発作ほっさのために、どんなにひどく体をこわしているかをご存じないでしょう」
敗れた埃及軍を追うて、いにしえ白壁しらかべの都メムフィスに入城した時、パリスカスの沈鬱ちんうつな興奮はさらに著しくなった。癲癇てんかん病者の発作ほっさ直前の様子を思わせることもしばしばである。
木乃伊 (新字新仮名) / 中島敦(著)
にがい笑いは、何か生理的な発作ほっさのように、無く湧き上ってまなかった。私は立ち上り、訳文を当直士官に差し出した。指揮官卓にいた準士官等の視線が、それに集った。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
ふだん黄いろく肉の落ちた顔が、どこと云う事なく痙攣けいれんして眼の色まで妙に殺気立って来る。そうして、発作ほっさが甚しくなると、必ず左右のびんの毛を、ふるえる両手で、かきむしり始める。
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
心痛のきょく一時的狂気の発作ほっさを起し、窓から飛降りる様なことになったのです。
「閣下に因果を含められて、軽い発作ほっさを起したのかも知れない」
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
じっとして見らるるに堪えない心の起こったのは、そのくせ女の腰をおろすやいなやである。三四郎はすぐ口を開いた。ほとんど発作ほっさに近い。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかしあの発作ほっさ以後ますますヒステリックに根性こんじょうのひねくれてしまった葉子は、手紙を読んだ瞬間にこれは造り事だと思い込まないではいられなかった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
私は時子を砂の上につきたおして逃げたのである。其のとき、時子は発作ほっさに襲われて激しくせきこみながら叫んだ言葉がある。それは「デルタ、デルタ」というのだ。
三角形の恐怖 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「いえいえ。一時の、発作ほっさとはおもわれますが、苦しげに、口に泡をふき、眼をつりあげ、顔色蒼白となって、転々と、もがき抜いている有様。いつもの、容体ともおもわれません」
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もっとも発作ほっささえすんでしまえば、いつも笑い話になるのですが、………
一夕話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「その後もう発作ほっさは起りませんか?」
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
御米およね発作ほっさはようやく落ちついた。今では平日いつものごとく外へ出ても、うちの事がそれほど気にかからないぐらいになった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
突然柿江が能弁のうべんになった。彼が能弁になるのは一種の発作ほっさで、無害な犬が突然恐水病にかかるようなものだ。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「だまれ。上司から来た調書によれば、元来汝には、時折り狂癲きょうてん発作ほっさがあるよしがしたためてある。狂気を打ちすえても、御法の殺威棒の主意にかなわん。正気の折に打ってくれよう」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこまで云った政は、発作ほっさみたいな様子となり、言葉のあとをブツブツ口の中でつぶやいて、それから急に気がついたかのように、ワナワナ慄える両手を、周章あわてて背後に隠したのだった。
夜泣き鉄骨 (新字新仮名) / 海野十三(著)
これは結婚前後が最もはなはだしく、一時は私とさえほとんどことばを交えないほど、憂鬱になった事もございましたが、近年は発作ほっさも極めて稀になり、気象も以前に比べれば、余程快活になって参りました。
二つの手紙 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)