おだ)” の例文
お前は男だろうとか宗教家だろうとかおだて上げ、自分達を助けると思って白状して呉れと哀れみを乞うように云ったかも知れない。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
おだて、ただ淡々として子供同志の間に、どんな騒動が持ち上がってもそれを風のように裁き、何事も尋常茶飯の間に扱っている。
盗難 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
それに、義弟おとうとの菊次郎を始め、巴屋七平、江崎屋清五郎などは、滅茶滅茶におだててつかわせて、そのかすりを取ることばかり考えているんだ
そいつをおだててうまく入場券を寄附させたから、どうだドン・ホルヘ、一つ日曜日の大闘牛へ行ってみないか、というのである。
壮漢は斯様このようにおどかしといてさて言葉を幾分柔らげて、その大野貝は今うまいから沢山拾って行くがよいとおだてて行って了った。
「そう、まア、恋人ね。御免なさい。ちょっと今夜はいたずらがしたくって、あなたをおだててみたかったの。もう直き来てよ。」
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
冗談じょうだんじゃねえ、おだてに乗るも大概がいい、その高札へお前、指でも差そうものなら、大変なことになるぜ、引込んでいなせえ、いなせえ」
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その癖、出会えば女乞食は今は全く態度をあらためて、わたくしにおもねるような媚びるような、またおだて上げるような所作をして
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
わたくしをおだてないでください、剣呑けんのんでございますよ……あけっぱなしというところまでは、ちょっと当人のわたくしも、行き着きかねますて。
幸子と違って現代式にチャッカリしている妙子は、こう云う場合にちょっとぐらいおだてられてもそうやすやすと財布のひもを緩めない方であった。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
妻はわたしの感じを見抜いてしまっていて、わたしを例によって調子にのっておだてられたのだとはなだだ不きげんなのです。
オカアサン (新字新仮名) / 佐藤春夫(著)
「案外好人物ですよ。金持のお坊っちゃんですから、皆におだてられて威張るんです。谷君は佐伯君の腰巾着こしぎんちゃくです」
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
おだてに乗って張魯はたちまち力を得、かねての野望を達せんと、漢中軍をもって葭萌関かぼうかんへ攻めかかりました
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「阿古十郎さん、おだてるわけじゃありませんよ、決して、煽てるわけじゃありませんが、あなたは凄い」
顎十郎捕物帳:03 都鳥 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「このあいだの仕事はありゃすこし器用すぎる。自分がおだてておいてまた説諭して帰したじゃないか」
渡良瀬川 (新字新仮名) / 大鹿卓(著)
そんなことがちらちらとうわさに立つと、綾之助の高座へ悪戯いたずらをするものが出来た。石井氏の名を知ってあやめようとする者などもあった。養母の鶴勝をおだてるものもあった。
竹本綾之助 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
たとい悪意からでないにしろ、一種の好奇心から彼等がおだててることを、周平はよく見て取っていた。そして、その底にはまだ他に何かあることも、よく感づいていた。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
せば猾智かつち狡才かうさい賄賂を取るにあらねば其の周旋人をおだてる公事師くじしとならずば小股をすくふ才取さいとり
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
おだててやった。「都に行くとお前は宝石店の飾り窓に七宝しっぽうはねをもった黄金の玉虫を見出すであろう。マーメイドの恋人の愛をつなぎたかったら宝石店の玉虫を送り給え。」
吊籠と月光と (新字新仮名) / 牧野信一(著)
「とにかく、その深井とかいう俳優がその場合にせっかく持った真人間らしい考えを、劇評家のおだてでなくさせてしまい、うかうかとまた調子づいて行っちゃア困ります、な」
猫八 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
一座は固唾かたずをのんでしまった。それはいままでのようなおだて半分の感嘆ではなかった。それは、料理といったような、人間として武士としての末技に対する感嘆ではなかった。
仇討三態 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
若い連中はおだてた。煽てる内心には、兵をひどい目に合わせて嘲笑してやるつもりである。
あまり者 (新字新仮名) / 徳永直(著)
「よし、よし」見ている人達は、仲裁するのか、ほめるのか、それともおだてるのかしらん。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
彼らは何日間も男や女のあとをつけてみたり、町角や木戸口に寒い雨の降る晩数時間立番をしてみたり、小僧に金を握らしたり、辻馬車屋や徒僕をおだてたり、女中を買収したり
貴君あなたは少し何だが、御子息はどうして中々のものだ、末恐しい俊童だ、精一杯念入にお育てなさるがいゝ、などと口を極めておだてるので、人の好い父は全くその氣になつてしまひ
古い村 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
などとおだて上げ、天下の愚夫愚婦から、相当な金額を絞り取り、下らぬ本を作ってはそれをまた高く売付けるという・話にも何にもならない・仕掛にかかったに違いないのである。
狼疾記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
相変わらず如才じょさいねえことを云って、ひとをおだてちゃあいけねえ。堅気になってもう十年、めっきり老い込んでしまった甚右衛門が、売り出しのお前さん達に何の指図が出来るもんか。
この問題にくらべると、他のことはすべて、どれもこれも、些々ささたりびょうたることに過ぎない。阿賀妻などのことは吹けば飛ぶ問題だ。おだてあげ喜ばせて開拓の方針に沿わすればよい。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
尺八の稽古といえば、そのころ村に老人としよりがいまして、自己流の尺八を吹いていましたのを村の若い者がおだてて大先生のようにいいふらし、ついに私もその弟子分になったのでございます。
女難 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
おだて好きで、理窟屋の象山は、鉄砲打の術も理窟の上ではなかなかくはしかつた。
そして見得を張り又人々からおだてられたり、せられたいため札ビラを切る。
ゆびさすところをじっと見守っていると、底の水苔を味噌汁のようにおだてて、幽かな色の、小さな鮒子がむらむらと浮き上る。上へ出てくるにつれて、幻からうつつへ覚めるように、順々に小黒い色になる。
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
ゆえに卑怯ひきょう者もたくさんあったが、何ごとなりとも命令を受くると、人がろうと居るまいとを問わず、神のためと思ってその任務を果たすことにつとめた。しかるに日本兵はおだてなければ働かない。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
「何だらう、山師をおだてて又一儲けしようてんだらう」
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
その持ち上げ方にはおだてるような趣きがある。
茂吉の一面 (新字新仮名) / 宇野浩二(著)
彼もおだてられすぎて、すこしてれてゐたのだ。
大凶の籤 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
「そんなにおだてると今度は踊りたくなるぞ」
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「や! こいつ、おだてやがる。」
口笛を吹く武士 (新字新仮名) / 林不忘(著)
えもいへぬ風は折々私をおだてた。
それに、義弟の菊次郎を始め、巴屋ともゑや七平、江崎屋清五郎などは、滅茶滅茶におだててつかはせて、そのかすりを取ることばかり考へて居るんだ
「それみよ。」と秋三はおだてて云って、勘次の額に現れ始めた怒りの条を見れば見る程、ますます軽快に皮肉の言葉が流れそうに思われた。
南北 (新字新仮名) / 横光利一(著)
さんざん人をおだてておいて、この暴風雨あらしになると、みんなわたしにかずけて、人身御供ひとみごくうに海へ沈んでくれとはよく出来た。
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
出世したさに上役へ賄賂わいろを贈り饗応きょうおうをする、しかもそれが他人から借りた金だし、その金のために婚約をしながら、うまくおれをおだてて娘を押付け
恋の伝七郎 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
と例によって寛一君がはたからおだて上げる。新太郎君にぐらつかれると洋行の方が模様替えになるから一生懸命だ。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「そいつあ、面白えな。色魔だな。うまくおだてて石膏の一つも売りつけてやれ。売りつけねえと承知しねえぞ」
百喩経 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
……近来、叔父のおだてもきかなくなって、久しく物のかたちをしたのも咽喉を通さなかった。
顎十郎捕物帳:16 菊香水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
それが仲間内から、若いのに名人だとか、上手だとか、おだてられておるだけに、こんどのような場合には、いやでも、人優ひとすぐれた腕をみせなければ、この村にもいたたまれまい。
銀河まつり (新字新仮名) / 吉川英治(著)
取り出さうとするには、自分で自分に愛相あいさうが尽きて、あとで胸が悪くなる位のことをいはなくつちや、何の効目ききめがあるものか。むかうからおだてられて、いゝ気になつてゐるなぞ若い、若い。
しかしそんなことは、私は何の気懸きがかりもなかった。級長の上野が、私より学力が劣っていてどうだとか、なんて云って私をおだてる同級生もいたのだが、私にはそんなことはどうでもよかった。
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
下宿の老婆をおだててうちじゅうから買物の空箱あきばこやら、クリイニングから洋服を入れてくるボウル紙の箱や何かをありったけ徴収し、それへ手当り次第に放り込んだのを糸で縛ってタキシへ投げ入れ