無辜むこ)” の例文
また、その神経現象は、奈落——と云った時の淡路君にも現われたけれども、それは却って、無辜むこを証明するものになってしまった。
オフェリヤ殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
或人は庄司署長を攻撃して、功名にはやる余り、無辜むこを陥いれたので、支倉は哀れな犠牲者だと云うその是非についてこれより述べよう。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
その時にふと、将来法律を学んで、こうした無辜むこの人々のために、侃諤かんがくの弁を振ってみようかという考えが、若杉さんの心に浮びました。
若杉裁判長 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
この一家の醜体を現に子供に示して、明らかにこれにならえと口に唱えざるも、その実は無辜むこの小児を勧めて醜体に導くものなり。
教育の事 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
しかしそれら三人の無辜むこの者は、いったい何をしたのか。ただ無鉄砲に、彼らは不名誉を担わせられ、破滅させられる。それが正義なのだ!
死刑囚最後の日 (新字新仮名) / ヴィクトル・ユゴー(著)
無辜むこの民を虐殺して、その上に築かれてゆく血まみれの世界が……その世界のはてに今この白い路が横わっているのだろうか。
苦しく美しき夏 (新字新仮名) / 原民喜(著)
「武道をたしなむ者が道を誤まるとは何ごとじゃッ。無辜むこの人命あやめし罪は免れまいぞ! 主水之介天譴てんけんを加えてつかわすわッ。これ受けい!」
浪花屋を陥れたのは商売上の怨みで、三右衛門の密告状に驚いて、あわてて無辜むこを縛った三輪の万七の器量の悪さは言うまでもありません。
「豚とは、つらいところへ持ちこんだもんだね。無辜むこの動物に罪をきせることはない。放火犯人は、俺だって一向にかまわない」
我が家の楽園 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ドレフュス事件でドレフュス大尉がユダヤ人であるということのために無辜むこの苦しみに置かれていることを知って、正義のために示した情熱。
キュリー夫人 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
しかしそれは愛子の目に自分を非常に無辜むこらしく見せただけの利益はあった。さすがの愛子も驚いたらしい目をして姉の驚いた顔を見やった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
氷海の無辜むこの住民たる白熊しろくまに対してはソビエト探険隊員は残虐なる暴君として血と生命との搾取者としてスクリーンの上に映写されるのである。
空想日録 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
研究して、無辜むこの同胞を救ひたいといふ、考えを持つてゐるんです。どうでしやう弁護士になるには、どの位かかりませう
誰が罪 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
すなわちこれら蒙昧人の他の種族との頻々ひんぴんたる戦争と相互間の不断の闘争、深夜の殺人を促がししばしば無辜むこの流血を惹き起す不思議な復讐心
「ここは其許そこもとのお心一つで、毛利家の安泰も確約され、ふたつには、多くの城兵や無辜むこの民も、つつがなく助け出されることになるのでな……」
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
既に無辜むこの人を殺してなお足れりとせず、更にこれに罪悪をいんとす。これ実に第二の謀殺を行うもの。殺親罪を弁護するはこれを犯すより難し。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
無辜むこの良民であって、単に教会の信条に服さないとの嫌疑のために焚殺されたものは、幾十万を算するではないか。フランス革命の恐怖時代を見よ。
死刑の前 (新字新仮名) / 幸徳秋水(著)
世間はついに、無辜むこの人を殺しました。そうして閣下自身も、そのにくむ可き幇助者ほうじょしゃの一人になられたのでございます。
二つの手紙 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それがためにチベット政府は非常の疑いを増して、無辜むこの知人を獄に下し大いに呵責かしゃく拷問ごうもんして居るということです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
つねに無辜むこの俘囚を獅子、「イヱナ」獸なんどの餌としたりと聞く、かの暗き洞の深き處まで入りしことあり。
そして、暗黙な苛辣からつな口に出せない怨恨えんこんが、病苦の無辜むこな原因者にたいして、子供にたいして、起こってきた。それは、人が思うほど珍しい感情ではない。
憂悶ゆうもんの雲は忽ち無辜むこの青年と、金を盗まれた両親との上におおい掛かる。それを余所に見て、余りに気軽なマリイ・ルイイズは、ねやに入って夫に戯れ掛かる。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
結婚は無辜むこの頭上に荊莿けいきょくの冠を置き、血文字にて私生児てふ恐るべき言葉をきざまないであらうか? 若し結婚がその宣言するあらゆる諸徳を含んでゐるなら
結婚と恋愛 (新字旧仮名) / エマ・ゴールドマン(著)
あらゆる物語の定例によって、汚吏穢商おりわいしょうの類はかくのごとく検挙され、善良無辜むこの市民には平和が回復した。
更に況んや、幾多の無辜むこを罰して顧みざる非人道に想倒する時は、烈日のもと寒毛樹立かんもうじゅりつせずんばあるべからず。
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
世人はひとしく仙之助氏の無辜むこを信じていたし、当局でも、まさか、鶴見仙之助氏ほどの名士が、愚かな無法の罪を犯したとは思っていなかったようであるが
花火 (新字新仮名) / 太宰治(著)
無辜むこの人を辻斬りして、胆力を養うの必要をまで感じた武士、その武士の子孫が、残忍性遺伝の問題によって、縁組から嫌われたことがありましたでしょうか。
融和促進 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
なげいてゐる。その無智な、無辜むこの人達のために、殊にかれは手を仏に合せなければならないことを思つた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
良雄は遂々とうとう自分の両眼をもって自分の罪をあがなったが、自分の罪が、無辜むこな花嫁にまで及んだことを思うと、今更ながら自分のあさ子に対する行為が後悔された。
血の盃 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
彼にとつては、今、犬は無辜むこの民である。その男は暴君である。彼自身は義民であつた。その男の言ふことが一々理不尽に思へた彼は、果は大声でその男を罵つた。
あたりを兵乱のちまたと化し、無辜むこの民を死傷させ、城地を灰燼かいじんに帰するには忍びないのみか、その災禍が外人に及んだら、どんな国難をかもさないものでもないとは
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼今や無実の罪を着せられ、不当の死に会わんとしている。彼の無辜むこなる血は地に流れんとしている。彼の死後において、彼の血は彼の不当の死を証明するであろう。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
それで何百万人とかいう無辜むこの人間が殺されるようなことが、もし将来この地球上に起ったと仮定した場合、それは政治の責任で、科学の責任ではないという人もあろう。
之は、『十人の罪人を逸するとも、一人の無辜むこを罰するなかれ』という精神から来ているのだ。尤も、この精神そのものがはたして正義の精神かどうか一応考えられぬ事はない。
正義 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
無辜むこの自分が真犯人にされちまうというくらいの逆は、かくべつめずらしいことではないかもしれぬ、とこう思うと、そこがそれ病気だね、無心で交番のまえがとおれない。
放浪作家の冒険 (新字新仮名) / 西尾正(著)
無辜むこの民の幾人かは死し、傷つけられ、監獄につながれたりした。その騒動に、お鯉は何処にかくれていたか、もとより彼女の家は附近に隙間すきまなく護衛が配置されてあった。
一世お鯉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
一文の利得もなく一条の道義もないよしなき戦争、徒なる流血の惨事ではないか。間違へば自分の命はなくなるが、無辜むこの億万人が救はれる。日本六十余州にも平和がくる。
二流の人 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
陳宮悔いて全く豕を殺してわれらを饗する拵えだったに曹操急に疑うて無辜むこを殺したと言う。
おのれを救い得るものただ血あるのみという場合になると(たといその血が時として、ぜんぜん無辜むこなものであろうと、古い法令のために勇ましく流されたものであろうと)
〔血と穢との溝〕無辜むこの血の流され(地、二七・八五以下參照)種々の罪惡の行はるゝところ
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
蒲柳ほりゅうの質にしてしかも能く人一倍遊びたりと思へば、平生おのづから天命をまつ心ありしが故にや、ことしの秋の大地震にも無辜むこの韓人を殺して見んなぞとの悪念を起さず。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
「捕虜」と兵隊は呼んでいたが、軍服は着てなくて、見たところ無辜むこの農民のようだった。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
その次に、南北相戦って東支や山東の地を戦禍の中に曝すのもまた幾多の権益を持つ日本を始め列国にとっても、また無辜むこの支那民衆のためにも、看過すべからざることである。
私が張作霖を殺した (新字新仮名) / 河本大作(著)
と、刃風が立って、ズーンと、この無辜むこの庶民の、肩さきから、大袈裟に、斬り裂いた。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
無辜むこの行人をッ! 憎いやつめ! しかも大岡の屋敷まえと知っての挑戦であろう」
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
人間は、自分自身に向っていくら自分の無辜むこを力説したところで、それはなんの役にも立たない。たいていの場合人間は、自分が不幸だからといって自分を侮蔑するようになるものである。
無辜むこの舞姫に残忍苛刻を加へたり。彼を玩弄ぐわんらうし彼を狂乱せしめ、つひに彼をして精神的に殺したり。しかして今其人物の性質を見るに小心翼々たる者なり。慈悲に深く恩愛の情に切なる者なり。
舞姫 (新字旧仮名) / 石橋忍月(著)
しかるに幕府の始末しまつはこれに反し、おだやかに政府を解散かいさんして流血りゅうけつわざわいけ、無辜むこの人を殺さず、無用むようざいを散ぜず、一方には徳川家のまつりを存し、一方には維新政府の成立せいりつ容易よういならしめたるは
しかるに奸臣跋扈ばっこし、禍を無辜むこに加え、臣が事を奏するの人をとらえて、箠楚すいそ[#「箠楚」は底本では「※楚」]刺縶ししつし、つぶさに苦毒を極め、迫りて臣不軌ふきを謀ると言わしめ、遂に宋忠、謝貴
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
巡査だって何もぼんやり立ってるんじゃなくて、白塗りの棍棒を振り廻しながら盛んに無辜むこの歩行者を白眼にらみつけたり、その余暇に、前を走る自動車にとても忙しそうにやたらに挨拶してる。