歌舞伎かぶき)” の例文
客は遠くの花柳界からも来、歌舞伎かぶき役者や新派の女房などもここで顔が合い、堀留ほりどめあたりの大問屋のお神などの常連もあるのだった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
文楽や歌舞伎かぶきに精通した一部の読者の叱責しっせきあるいは微笑を買うであろうという、一種のうしろめたさを感じないわけにはゆかない。
生ける人形 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
歌舞伎かぶき劇場では、演劇をやめ、あの大きな舞台の上に、道具方が自作した貧弱な受信機を、支配人が平身低頭へいしんていとうして借用したのを持ち出した。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
しかもそれは、一寸だめし五分だめし、歌舞伎かぶき芝居の殺し場そっくりの、あのいやらしい、陰惨な、惻々そくそくとして鬼気の身に迫るものであった。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
僕は白状するけれども、前の羽左衛門が大好きでね、あのひとが死んで、もう、歌舞伎かぶきを見る気もしなくなったほどなのだ。
フォスフォレッスセンス (新字新仮名) / 太宰治(著)
女は、芸者にしてはけばけばしい姿なりをしているが、どこか素人しろうとらしくないところの見えるのは、女歌舞伎かぶき太夫たゆうででもあろうかとお高は思った。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
じつあ、余のことじゃねえんですが、だんなはいま奥山に若衆歌舞伎かぶきの小屋を掛けている大坂下りの嵐三左衛門あらしさんざえもんっていう役者のうわさをご存じですかい
右門捕物帖:23 幽霊水 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
「ちがうよ、ちがうよ、武蔵様はあんな人だもんか、あんな歌舞伎かぶきの若衆みたいなかっこうをしているもんか」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
歌舞伎かぶきの舞台では大判事清澄の息子久我之助こがのすけと、その許嫁いいなずけ雛鳥ひなどりとか云った乙女おとめとが、一方は背山に、一方は妹山に、谷にのぞんだ高楼たかどのを構えて住んでいる。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
(残酷な表情)その時もわたしは夫婦の歎きが、歌舞伎かぶきを見るように愉快だったのです。(皮肉な微笑)しかしこれはわたし一人に、限った事ではありますまい。
報恩記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「そうやなア」丸万を出ると、歌舞伎かぶきの横で八卦見に見てもらった。水商売がよろしいと言われた。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
それはたいした景気でさあね。……大名行列もふんだんに見られ、河開かわびらきにはポンポンと幾千の花火が揚がるんですよ。それより何より面白いのは歌舞伎かぶき狂言物真似ものまねでしてね。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
戯場訓蒙図彙しばいきんもうずい」や「東都歳事記とうとさいじき」や、さてはもろもろの浮世絵にみる江戸の歌舞伎かぶきの世界は、たといそれがいかばかり懐かしいものであっても、所詮しょせんは遠い昔の夢の夢であって
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
照葉狂言は嘉永の頃大阪の蕩子とうし四、五人が創意したものである。大抵能楽のあいの狂言を模し、衣裳いしょう素襖すおう上下かみしも熨斗目のしめを用い、科白かはくには歌舞伎かぶき狂言、にわか、踊等のさまをも交え取った。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
また尾鰭おひれについて出しゃばり、浪花節を下品だとけなしてから、子供の頃より好きだった歌舞伎かぶきを熱心にめると、しとやかに坐っていたおくさんが、さも感にえたと言わぬばかりに
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
悪人の女を含まぬ歌舞伎かぶき芝居も、ずっと昔からある悪女を改めて善人にして出すということは出来ないことであるし、又そういう妬婦とふのあることによって善人の女が更に引立つのである。
役者の一生 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
土とかわらと障子と、鈴虫と、風鈴と落語、清元きよもと歌舞伎かぶき、浄るり、による結構な文明、筋の通った明らかなる一つの単位の上に立つ処の文明を今もなお続けている訳であったかも知れない。
油絵新技法 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
「いゝえ! 大好きです。もっとも、今の歌舞伎かぶき芝居には可なり不満ですがね。」
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
大模樣の文身ほりものの發達したのは、歌舞伎かぶき芝居や、浮世繪うきよゑの發達と一致したもので、今日殘つて居る倶梨伽羅紋々くりからもん/\といふ言葉は、三代目中村歌右衞門が江戸にくだつて、兩腕一パイに文身ほりものを描いて
それだけ土地の人たちが歌舞伎かぶきそのものに寄せている興味も深かった。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
歌舞伎かぶき芝居に見るやうな
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
口と犬とを合わせてえるというようにできあがっていると言い、また歌舞伎かぶきについても分解的演技の原理という言葉を使って
映画芸術 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その内の好いものをあとで晴代にも見せるやうにしてゐたものだが、育つた世界が世界なので歌舞伎かぶきの座席に納まつて
のらもの (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
「うちにいたんじゃあしたいようにできないからさ。おんな歌舞伎かぶきのほうに出ていたんだよ」
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
けれども、春秋座は、それこそ大名題おおなだい歌舞伎かぶき役者ばかり集って組織している劇団なのだ。とても僕のような学生が、のこのこ出かけて行って団員になれるような劇団ではない。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
久し振りの歌舞伎かぶきが楽しみだとか、福助が早く見たいとか、何日いつの音楽会は誰さんのピアノが一番聴きものだとか、女の癖に東京風の牛鍋ぎゅうなべが早くたべたいとか、とか、とか、とか
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
彼女の作るのは仏蘭西フランス人形風のもの、純日本式の歌舞伎かぶき趣味のもの、その他さまざまで、どれにも他人の追随を許さない独創の才がひらめいていたが、それは一面、映画、演劇、美術
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
初期の浮世絵師が日永ひながにまかせて丹青の筆をこめたような、お国歌舞伎かぶきの図を描いた二枚折りの屏風が立て廻されてあって、床には、細仕立ほそじたて乾山けんざんの水墨物と香炉には冷ややかな薫烟くんえん
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
柳町やなぎまちくるわにいたのは、まだ三十を越えていない、あから顔にひげの生えた、浪人だと云うではありませんか? 歌舞伎かぶきの小屋をさわがしたと云う、腰の曲った紅毛人こうもうじん妙国寺みょうこくじ財宝ざいほうかすめたと云う
報恩記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
百太夫は死骸の足の方に、泣き疲れて俯向うつむいたお玉の方を指しました。これはお銀の妹にしては、色も淺黒く、柄も大きい娘ですが、顏立ちは非常に立派で、名ある歌舞伎かぶき役者にも比べられるでせう。
もっともこの関係は歌舞伎かぶきでも同様なわけであろうが、人形芝居において、それがもっとも純化され高調されているように思われるのである。
生ける人形 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
若い歌舞伎かぶき俳優と媾曳あいびきして夜おそく帰って来ると、彼はいつでもバルコニイへ出て、じっと待っているのだった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
湯島あたりのかげまか、歌舞伎かぶきの若衆でもなければ見られない面映おもはゆい扮装いでたち……。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「だからまず、斎藤氏の意見なども聞いて、いい劇団へはいって五年でも十年でも演技をみがきたいという覚悟なのです。あとは映画に出ようが、歌舞伎かぶきに出ようが、問題ではないわけです。」
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
額には歌舞伎かぶき芝居の御殿の背景みたいに、いくつもの部屋を打抜いて、極度の遠近法で、青畳あおだたみ格子天井こうしてんじょうが遙か向うの方まで続いている様な光景が、あいを主とした泥絵具どろえのぐで毒々しく塗りつけてあった。
押絵と旅する男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
剣劇の股旅またたびものや、幕末ものでも、全部がまだ在来の歌舞伎かぶき芝居の因習のなわにしばられたままである。
映画芸術 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ちょうど時間がよかったので、小夜子の望みで彼は久しぶりで歌舞伎かぶきのぞいてみることにした。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
春秋座には歌舞伎かぶきの古典が歓迎されるだろうという兄さんの意見で、黙阿弥もくあみ逍遥しょうよう綺堂きどう、また斎藤先生のものなど色々やってみたが、どうも左団次や羽左衛門うざえもん声色こわいろみたいになっていけない。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
歌舞伎かぶき全盛の時代で、銀子たちも、帝劇、新富、市村と、月に二つや三つは必ず見ることになっており、若林も切符を押しつけられ、藤川や春よしのお神にもたかられた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
某百貨店の理髪部へはいって、立ち並ぶ鏡の前の回転椅子かいてんいすに収まった。鏡に写った自分のすぐ隣の椅子に、半白で痩躯そうくの老人が収まっている。よく見ると、歌舞伎かぶき俳優で有名なIR氏である。
試験管 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
このたび、坪内博士訳の「ハムレット」を通読して、沙翁の「ハムレット」のような芝居は、やはり博士のように大時代な、歌舞伎かぶき調で飜訳ほんやくせざるを得ないのではないかという気もしているのである。
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
明治時代の政権と金権とに、楽々とはぐくまれて来たさすが時代の寵児ちょうじであっただけに、その存在は根強いものであり、ある時は富士や桜や歌舞伎かぶきなどとともに日本のほこりとして
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
過去何百年来歌舞伎かぶきや講談やの因襲的教条によって確保されて来た立ち回りというものに対する一般観客の内部に自然に進行するところのリズムがまさしくスクリーンの上に躍動するために
映画雑感(Ⅰ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
歌舞伎かぶきを一幕のぞいて見ようか。」笹村は尾張町おわりちょうの角まで来たとき、ふと言い出した。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ベナレスの聖地で難行苦行を生涯しょうがいの唯一の仕事としている信徒を、映画館から映画館、歌舞伎かぶきから百貨店と、享楽のみをあさり歩く現代文明国の士女と対照してみるのもおもしろいことである。
映画雑感(Ⅲ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
友人と一緒にねかえす人込みの銀座へ出て、風月で飯を食ったことや、元日に歌舞伎かぶきで「関の」を見て、二日の朝はやくにけたたましいベルに起こされ、妻がにわかにたおれたことを知り
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)